Abhorrence
「あの、検事さま」
「…?何かしら」
先ほどから、怪しまれない程度にわざとゆっくり、からくり錠を解除しながら。
ちなみは一旦手を止めて、隣に立っている人物に声を掛けた。
振り向いたその人物は、少しきつめの美少女で…ついさっきまで、あの男と一緒に行動を共にしていた。
でも、あの彼の反応を見るに、多分…近しい関係ではないのだろう。
鞭でバシバシに叩かれて、涙目になっていた。
こんな年下の少女に泣かされるなんて、相変わらず、情けない男。
そう考えながらも、ちなみは彼が現れるに至った経緯について、少し思い巡らしてみた。
あやめにはざっと事情を聞くことしか出来なかったから。
それならば、少しでも情報を引き出したい。
「一つ…お聞きしたいのですが…」
「……?」
奥ゆかしい態度で懇願すると、少女…狩魔冥と言っただろうか、彼女は少し首を傾げてみせた。
「あの、成歩堂さまは…」
「成歩堂、龍一?」
「修験者さまと、真宵さまとどのような関係なのでしょう」
「え……?」
意外なことを聞かれたと言うように、狩魔検事の目が丸くなる。
「あんなミドリ色の顔をして、あんなに辛そうにしてまで、何故こんなところに…」
あくまで純粋に彼のことが心配なのだと言う風に俯くと、狩魔は少し戸惑ったような表情になった。
「…さ、さぁ。助手と言う以外には、わたしには詳しいことは解からないわ…」
「そ、そうですの…」
「でも……」
「……?」
「わたしは、あの男が綾里真宵の為に何度も必死になる姿を見て来たわ」
「……」
「前にも事件に巻き込まれて、その時も呆れるくらいに必死になっていた」
「そう、ですの…」
必死になる、あの男が…。
いつか、あのペンダントを必死で噛み砕いたように…?
「本当にバカバカしいくらいにね」
「……」
ああ…。本当に、バカバカしかった、あの時も。
今はその馬鹿正直なまでの純粋さが、あの綾里真宵に向けられているのだろうか…。
だから、どうと言うことはない。
ただ、酷く勘に触るだけ。いつもいつも。
どうして、あの男は自分の胸の中を掻き乱して、不快にさせるのだろう。
どうして…。
「そう、でしたの…とても、大事な方なのですね」
「え、ええ…。きっと、そうだと思うわ」
確信は持てないのだろうけれど、狩魔冥はぎこちなく頷いてみせた。
「……」
「…?どうかして?」
俯いたまま黙り込んだちなみに、狩魔冥が不審そうな声を上げる。
「いいえ…」
すぐさま笑顔を作って、ちなみはゆっくりと首を横に振った。
「何でも、ありませんわ…。検事さま…」
翌日。
裁判の途中で、ちなみはあやめとして、綾里真宵のことを証言した。
彼女に罪を着せる為に。
驚いて問い詰める成歩堂龍一に、ちなみは冷たい声で問い掛けた。
「真宵さまは…あなたの、大切な方、なのですよね…?」
「……!」
彼が小さく息を飲み、僅かに顔色が変えるのを、ちなみは一度も目を逸らさずにじっと見つめていた。
その両目に、溢れそうなほどに憎しみの色を湛えて。
END