After That
「オドロキさん、知ってますか?パパってば、本当に片付けが苦手なんですよ」
「う、うん。何となく、そう思うけど…」
「だからパパ、本当にみぬきがいないと駄目なんですよね」
「そ、そうだね…」
先ほどからこんな感じで、みぬきが明るく無邪気な様子で話し掛けて来る。
相槌を打ちつつも、王泥喜は思わずうーんと唸ってしまった。
多分、意識はしていないんだろう。
けれど、決して気のせいじゃないはずだ。
さっきからみぬきが話しているのは、成歩堂のことばかりだ。
それも、自分だけが知っているような成歩堂の秘密とか、彼がどんなに娘思いなのか、とか。
勿論、変な感じは全くしない。
でも…。
王泥喜は少し考えて、やっぱり黙っていられずに声を上げた。
「あのさ、みぬきちゃん」
「はい、なんですか?」
にこ、とみぬきが笑顔を向ける。
この満面の笑み。こんなことを言うのは憚られるのだけど。
「ええと、その…。俺の気のせいでなければ、今日はずっと成歩堂さんの話ばっかりだよね」
そう言うと、みぬきは大きな目を何度かぱちぱちと瞬かせた。
それから、人差し指を顎に当てて、考え込む仕草を見せる。
「うーん、そう言えば…そうかも知れないですね」
(やっぱり、無意識か…)
別に、彼女が義理の父親との仲の良さを自慢したからと言って、何も支障はない。普通なら・・・。
でも、彼女は王泥喜の気持ちを知っている。
と言うことは、これって…。
「何て言うんでしょう、こう言うの…。えっと、牽制ってヤツですね」
「……」
王泥喜が胸中で呟く前に、みぬきはズバりと言い切ってみせた。
つまりは、成歩堂龍一を巡ってのライバルへの、それ…。
そんなにあっさり言われてしまうと、毒気なんてすっかり抜かれてしまう。
まぁ、いくらライバル宣言されたからって、この子に敵意なんて持つ訳ないけど。
やっぱり遠慮があるからか、あの日以来成歩堂とは何もない。
キスくらいはするけれど、いい加減それだけじゃ満足出来ない。
でも、何となく…。
ぼんやりそんなことを思い巡らしていたら、みぬきのはきはきした声が上がった。
「あ、そう言えば!オドロキさん!」
「ん?何…?」
顔を上げると、きらきらした目と視線が合う。
「あの、オドロキさんてば、ずっと牙琉検事のお部屋に泊まってたんですよね?」
「え、うん、そうだね」
事務所を飛び出して数週間、迷惑だと思いつつも他に当てがなくて、彼には世話になった。
でも、それが何か?
続く言葉を待っていると、みぬきはほんのりと頬を染めてぎゅっと拳を握り締めた。
「王子さまの部屋、どんな感じだったんですか!教えて下さい!」
「気になるの?」
「はい、勿論!年頃の男の子のお部屋がどんな感じなのか、みぬき、気になります」
そう言えば。
牙琉検事のことも好きだって言ってたっけ。
見ている限りでは、どっちかって言うと憧れに近そうだけど…。
「そうだなぁ…。あのオフィスとあんまり変わらなかったかな。でも広くて高そうだったよ。ガリューウエーブのグッズもいっぱいあったし…」
「そうですか!」
これだけの情報なのに、パァッとみぬきの顔が輝く。
きっと、色々頭の中で思い描いているんだろう。
こう言うところは、恋する女の子みたいで何だか可愛い。
つい、少し後押ししたくなってしまう。
「今度行ってみれば?場所教えてあげるから」
「え……っ!」
そう言うと、みぬきはますます顔を輝かせ、それから急に真顔になった。
「……」
「…みぬきちゃん?」
(あれ?どうしたんだ?)
何だかまずかったのかな。
じっと見詰められて、居心地の悪さを感じる。
どうしたのかと、続く言葉を待っていると、彼女は明らかに不安そうな声を上げた。
「オ、オドロキさん…」
「な、なに?」
「さては、オドロキさん。みぬきと王子さまをくっつけて、パパを独り占めするつもりなんですね!?」
「えええ…?!」
予想外の台詞に度肝を抜かれる。
「い、いやいや、ち、違うよ!」
慌てて否定すると、みぬきはぐいっと身を乗り出して来た。
「本当ですか!信じて良いんですね」
「も、勿論だよ…!」
力強く頷くと、みぬきはやっとホッとしたように笑顔を浮かべた。
「良かった。みぬき、安心しました」
「ええと…。じゃあ、牙琉検事の家に行くのは止める?」
そう言うと、みぬきはシルクハットがずり落ちそうなほどぶんぶんと首を振った。
「いえ!それはそれ、これはこれです。みぬき、行きます!王子さまに会いに!」
「そ、そっか」
じゃあ・・・。それはそれ、これはこれってことで・・・。
こっちも、その間に成歩堂のこと、好きにさせて貰おうかな。
本当に久し振りだし、このくらい良いよな。
そう思った瞬間。
みぬきが今までで一番可愛らしい笑顔を浮かべて、王泥喜に向き直った。
「でも、みぬき、オドロキさんも大好きですから!」
「……!!」
「勿論、ライバルには変わりないですけどね」
「…う、うん、ありがとう…」
曖昧な笑みを浮かべながら返事をして、王泥喜はハァと溜息を吐いた。
それは、自分もそうだ。やっぱり、この子には敵わない。
本当はもう、成歩堂とは色々あったのだけど…。彼に内緒って言われてるし。
まぁそれはさておき、この笑顔に免じて、今回の抜け駆けはナシにしよう。
(まぁ、いずれは何とかなるかな)
根拠はないけれど、本当に心底そう思って、王泥喜も攣られるように笑顔を浮かべた。
END