エチルアルコール




「成歩堂さんてば!聞いてるんですか!?」
「…聞いてるよ、オドロキくん」
「さっきからそんなことばかり言って…。じゃあ、俺が今なんて言ったか、言ってみて下さい!」

ダン!と空になった瓶をテーブルに置きながら言うと、成歩堂は困ったように肩を竦めた。

「きみ、飲み過ぎだよ」
「そんなこと、ありません!」
「もう、それで三本目だろう?そんなに急に飲んだりしたら、どうなっても知らないよ」
「まだまだ大丈夫です!このくらい!」
「そうかな、顔が大分赤いよ?」
「それは…成歩堂さんが人の話を聞かないから、怒ってるんです!」

言いながら、王泥喜はもう一本ボトルを手に取ると、やけになったように一気に飲んだ。

「ああ、そんなに飲んだら駄目だって…」

成歩堂が慌てたように止めるのにもお構いなく、中身を全部飲み干すと、王泥喜は手の甲でぐいっと唇を拭った。
そして、再び彼に向き直る。

「それより、質問に答えて下さい!」

じろりと睨むように視線を向けると、流石にしらばっくれている訳にも行かなくなったのか、彼は考え込むような仕草を見せた。

「…ええと」
「……」
「…何だったかな」

でも当然、答えは出て来ない。

「やっぱり…聞いてなかったんじゃないですか!あなたって人は…」
「まぁまぁ」
「そんなことじゃ、誤魔化されません!」
「……!」

大声で言い放つなり、王泥喜は手を伸ばして、成歩堂の体をソファの上に押し倒した。
そのまま上に圧し掛かると、彼の目が驚いたように見開かれる。

「成歩堂さん…」

ぎゅっと体重を掛けるようにして身を寄せると、成歩堂は狭いソファの上で少しだけ後退した。

「何だか、俺…変な気分です」
「きみは酔ってるんだよ、オドロキくん」
「人間は、グレープジュースでは酔いませんよ」
「なら、グレープジュースで絡むのは止めてくれないかな」

確かに、その通り。
床に数本転がっている空のボトルは、いつも成歩堂が愛飲しているグレープジュースだ。
だから酔う筈はないので、王泥喜のこの態度は確かに可笑しいのだけど。
自分で自分がよく解からない。
何だか、本当に酒に酔ったように思考が痺れて纏まらなくて、ちょっと…乱暴な衝動が込み上げて来るような。
目の前にいる成歩堂のこと、滅茶苦茶にしてしまいたいような…。
いや、滅茶苦茶にしたい訳じゃない。
何故なら、自分は彼のことが好きなのだから。
だから、もっと真剣に相手をして欲しいと言うか、振り向いて欲しいと言うか。
でも、今は何故かその段階さえすっ飛ばして、彼に触れたくて仕方なかった。
とにかく、何だか知らないけれど勢いがついてしまった。
ぎゅっと彼の腕を捕まえると、王泥喜はすぐ近くまで顔を寄せた。

「さっきは、取り消して下さいって言ったんです」
「な、何をだい?」
「前に言ったじゃないですか。俺のこと…使えないマスコットだって」
「そう、だったかな」

成歩堂の目が、ほんの少し空を泳ぐ。
彼が王泥喜の言葉に動揺している証拠だ。
普段だったら、これだけでも満足出来る反応なのに。
何だか、今日はとても治まりがつかなかった。

「本当に俺が使えないかどうか、試して下さいよ!」

そう言いながら、突然ガバリとベストとシャツを脱ぐと、成歩堂が目を見開いて息を飲むのが解かった。
こんなに動転している彼は、見たことがない。
ソファの上でずり上がろうとする、往生際の悪い腰を両手で抱き抱えて、体の下に組み敷いた。

「オドロキくん、ちょっと待った。それは、そう言う意味じゃ…」
「駄目です!」
「……!!」

そっと逃げ出そうとしていた腕をがしりと捕まえて、王泥喜は強引に彼の足を割って中に体を押し込んだ。
そのまま、衣服を緩めようと下衣に手を掛ける。
当然、彼は聞いたこともないような焦った声を上げながら、必死にもがき出した。

「ちょっと、待つんだ!こう言うことを無理にするのは、幾らなんでもまずい…」
「あなたがいけないんですよ!あなたが…!」
「オドロキく…」
「だから、ちゃんと確かめて下さい!」
「うわっ!」

何とか説得しようとしている成歩堂の言葉を遮って、王泥喜は彼のパーカーのジッパーを勢い良く引き下ろした。
意味が通らないことを言っている自覚は、ない。
とにかく、何とかしなくては。
目の前に剥き出しになった彼の肌に、頭で考えるより先に手が勝手に動く。
後でどんなことになるかなんて、全然考えられない。
それに。
最初のうちこそは、焦りや苦痛を訴えるだけだった声が、少しずつ甘みを帯びて来て、肌が粟立つような興奮を覚える。
もう、止まれない。
そうして、王泥喜はほぼなし崩しにことを進めてしまった。

その後、全てが終ると強烈な眠気が襲って来た。
ろくに衣服も整えないまま、王泥喜はぐったりと成歩堂の上に乗っかったまま眠ってしまった。



それから数時間後。
ショーを終えて事務所に帰って来たみぬきは、ボトルを抱えたまま気持ち良さそうに寝ている王泥喜と、床に転がっている空のボトルを見て、目を丸くした。

「これ、オドロキさんが全部飲んだの?」
「そうだよ、みぬき」
「ええー?こんなに飲んじゃって、大丈夫だったのかな…」
「…?どう言うことだい」
「うーんとね。実は、パパがお医者さんに止められているのにグレープジュース飲むの止めないから、茜さんに手伝って貰って、中身を入れ替えておいたの」
「…え、何に?」
「ワインに。結構きつめの」
「…」
「グレープジュースだったら駄目だけど、ワインだったら大丈夫でしょ」
「…そうかも知れないね。普通なら…」

と言うか、普通、気付くだろうに…。
深い溜息と共に吐き出された成歩堂の呟きは、当然…王泥喜に聞こえることはなかった。



END