大迷惑




「じゃ、じゃあ……よろしくお願いするよ」
「ああ、任せてくれないかな」
 不安たっぷりに怪訝な顔で響也が言うと、成歩堂は余裕に満ちた笑みを浮かべてみせた。

 成歩堂なんでも事務所に、響也が依頼を入れのは数時間前のことだ。
 内容は、響也のマネージャーが高熱で倒れてしまい、急遽人手が欲しいのだが誰も捕まらない。使える人材を一人寄越してくれ、と言うもの。
 当然、王泥喜法介やみぬきの方が適任だと思えたのだけど、響也の前に現れたのは、物凄いやる気の削がれる格好をした成歩堂龍一だった。
「な、何であんたが!」
「丁度うちも人手が足りなくてね。オドロキくんはちょっと裁判所に用事だし、みぬきを寄越せばきみが何をするか解からないし」
「あんた、ぼくを何だと思っているんだい」
 ハァと溜息を吐きつつも、来てしまったものは仕方ない。誰かがついていた方が良いのは事実だし、この男だって昔は世間にその名を轟かせた弁護士だ。少しは役に立つだろう。
 仕方なく響也は頷き、先ほどの挨拶を口にした。
「別に、あんたに過度な期待はしてないよ。ただ、ぼくのフォローを少ししてくれればいいから。取り敢えずその辺のもの纏めておいてくれないかい。この後、ステージが終ったらすぐに移動なんだ」
「ああ、解かったよ」
 ステージに上がる時間が近付いていたので、響也はざっとそんな説明をして、楽屋を後にした。

 その数十分後。
 歌い終えて楽屋に戻って来た響也は、目の前に広がる惨状に唖然としてしまった。
 タオルくらいは用意してくれているだろう。そんなささやかな期待すら、抱いたのは間違いだったようだ。
「こ、これは……」
 楽屋の中は、さっきよりも盛大に物が散乱して、あちこち引っ掻き回したような形跡が残っている。しかも、隅にあるソファには、この部屋を片付けておくべき男が実に気持ち良さそうに体を投げ出して眠っていた。
「ちょっと、な、何やってるんだい、あんた!」
 急いで揺すり起こすと、成歩堂龍一はぱちりと目を開け、そして微笑んだ。
「ああ、お疲れさま、牙琉検事」
「い、や……そんなことより!何なんだい、この惨状は!!」
「ああ、すまないね。何か金目のものでもないかと思って……少し……。でも見付からなかったから……」
 だから飽きて、ソファで眠ってしまった、と……。
「こ、こそ泥みたいな真似は止めてくれないかな!!」
 予想を上回る役立たずぶりに、額に青筋を浮かべながら怒鳴ると、響也は頭を抱えた。
「怒鳴ったらお腹が空いたよ……。あんた、スタッフからお弁当受け取っていないかい」
「ああ、それなら、そこに」
 頷いた成歩堂が指を指した先は、テーブルの上。
 響也が視線を移すと、そこには空っぽになったお弁当箱が我が物顔でのさばっていた。
「こ、これは、どう言うことかな」
 怒鳴りだしたいのを我慢して引き攣った笑顔を浮かべると、ちっとも悪びれた様子のない返答が返って来た。
「ああ、何だか凄く美味しそうだったから、ぼくが食べちゃったよ。もしかして、きみのだったのかい」
「……っ!!当然だろう?!何であんたのなんだよ!全く……!」
 お腹が空き過ぎて、怒る気力もない。
 がっくりとその場にへたり込むと、流石に心配になったのか、成歩堂が気遣うように顔を覗き込んで来た。
「すまないね、牙琉検事。グレープジュースだったらあるから……」
「あ、ああ。頂くよ」
 喉も相当渇いていたので、響也は彼の手から素直にグレープジュースの瓶を受け取った。
 けれど、口に含んだ直後。
「……?!」
 あまりの不味さに、そのままブーッと噴出してしまった。
 スターにあるまじき行いだけど、仕方ない。
「な、何だい、この変な味は!」
「ああ、それは……ぼくの健康を気遣ったみぬきに水で薄められてしまったものなんだけど……それで良かったら」
「いらないよ!そう言うことは先に言ってくれ!!て言うか、もう帰ってくれ!」

 そんな訳で。
 成歩堂龍一は僅か数時間でマネージャーをクビになり、事務所へと強制送還されることになってしまった。