DOOM2
目が覚めると、辺りは暗くなっていた。
一瞬、自分が事務所のソファで転寝をしてしまったのではと、錯覚する。
けれど、目を開いて数秒後、自分の置かれている状況を無理矢理にでも認識させられた。
薄っすらと見える部屋は見慣れた事務所ではない。
けれど、見覚えがある。
そうだ、確か…王都楼の家の、貯蔵庫…?
慌てて起き上がろうとした成歩堂は、自分が少しも身動き出来ないことに気付いた。
手と足に、重たい感触。金属の擦れる、冷たい音。
「……っ」
何だ、これは…。
手足が鎖のようなもので拘束されて、床に転がされている。
悟ると同時に、頭の天辺から一気に血の気が引いた。
「やっと起きたのかい、先生。待ちくたびれたよ」
「……!!」
暗闇の中からした声の方へ、首だけ向ける。
声の主は、十分に解かっていた。
ずきずきと痛む頭に鞭打って思考を巡らせる。
そう言えば、飲み物を口にしてから、体に異変が起こった。
彼が何か入れたのは聞くまでもなかった。
「どう言う、つもりなんだ」
その代わり、彼の意図が知りたくて声を荒げる。
けれど、長い間意識がなかったせいか、怒鳴ったはずの声は掠れてしまった。
喉が渇いて、ひりつくように痛い。
「俺さ、ずっと退屈してたんだよな。あんなところにずっと入れられて」
「な、に…?」
目を見開く成歩堂を尻目に、王都楼は棚からワインのボトルを一つ取って、栓を抜いた。
ひやりとした部屋の中に、咽返りそうに濃いアルコールの香りが立ち込める。
「とにかく、飲み直そうぜ、弁護士くん。勝利の美酒ってヤツだよ」
そう言うと、彼はボトルを直接口に含み、傾けて中の液体を喉の奥へと流した。
ごく、と音を立てて、彼の喉が鳴る。
それから、こちらへ向けて歩み寄ると、屈み込んで成歩堂の口元にボトルを押し当てた。
「あんたも飲めよ、先生」
「んっ……、っ」
無造作に口内に捩じ込まれたボトルの先から、強いアルコールが流れ込んで来る。
思わず何口か飲み込んだものの、すぐに咽返ってしまった。
「零すなよ、勿体無いなぁ」
唇から零れ落ちた液体を、王都楼が顔を寄せて、舌先で舐めて掬い取る。
生温かい濡れた感触に、成歩堂は引き攣った声を上げた。
そのまま顎を強く掴まれて、深く口付けられる。
「や、止めろ!離せ!」
もがいて必死で顔を逸らして叫んだ途端、耳元に乾いた音が聞こえて、頬に痛みが走った。
「黙ってろよ、俺だって、あんまり酷いことはしたくないんだぜ」
「……っ」
殴られたことに気付いたのは、口元に生温い感触が広がったからだ。
弾みで少し切れてしまった成歩堂の口元を、王都楼は優しい手つきでなぞった。
「あの検事と…二人して共謀めいたこと言いながら、俺を追い詰めてくれたよな」
うっとりとした口調で言いながら、王都楼は少しずつ成歩堂の衣服を緩めていく。
恐怖を煽るために、わざとゆっくり、釦を一つ一つ時間を掛けて外しているのが解かる。
シャツが左右に割り開かれ、日に当たっていない白い肌が剥き出しになった。
「そんなに怖がるなよ、先生。どうせ、あの検事ともこんなことしてたんじゃないのか」
「……?!」
嘲りを含んだその言葉に、今まで羞恥を堪えるようにきつく閉じていた成歩堂の目が開かれ、そこに怒りの色が満ち溢れた。
突然生気に満ちたように、その顔が生き生きと輝きを帯びる。
「御剣を…あいつを侮辱するな!」
「ああ?何だ、先生?」
「お前に、お前みたいなヤツに、あいつをそんな風に言う資格はない!!」
思わず、この凶悪な男さえ圧倒するような気迫。
純粋な怒りに震える成歩堂の両目を、王都楼は無言で見下ろしていた。
けれど、暫くの間の後。
「……へぇ」
興味をそそられたような、愉悦を含んだ声が降って来た。
「気が変わったよ、弁護士先生」
「……?」
「数日遊んだら解放してあげようと思ってたけどさ…」
「……っ」
不意に耳朶を甘く噛まれて、びく、と肩が震える。
「本当に俺のものにするまで、帰してやらない」
そして、囁くように告げられた言葉に、成歩堂は驚愕のあまり目を大きく見開いて息を飲んだ。
「さ、触るな!嫌だ!」
「そんなに邪険にされると、傷付くなぁ」
カチャと音がしてベルトの金具が外される。
成歩堂は自由の利く限り精一杯暴れ出した。
拘束された手足を滅茶苦茶に動かす度、鎖が擦れ合って、耳障りな音が響く。
「無駄だよ、先生」
「……ぐっ」
「忘れたのか?俺、こう見えて体もかなり鍛えているし…。あんたがちょっと暴れたくらいで、どうってことないんだよ」
言い終えるなり、王都楼は既に半分ほどはだけていた成歩堂のシャツを思い切り左右に引き裂いた。
悲鳴のような嫌な音が辺りに響いて、成歩堂は体を強張らせた。
「い、…つ!」
ぐい、と奥へ捩じ込まれた指先に、息が止まりそうな圧迫感と痛みを感じる。
羞恥と恐怖で、頭の中はとっくに混乱で満ちていた。
「や、止めろ…っ」
「いいねぇ、そう言う顔を、して貰わないと…」
「く……っ!」
敏感な場所をなぞられて、思わず息を詰める。
勝手に這い上がる痺れはどうしようもない。
成歩堂の反応に気付いたのか、王都楼はそこばかりをしつこいほど弄り出した。
「俺に必ず思い知らせてやるって、意気込んでいたよな、やってもいいんだぜ?出来るなら」
「……っ」
揶揄の言葉に、何か言い返す気力もない。
気を抜けば、自分の意志とは裏腹に見っとも無く声が出てしまいそうだった。
けれど、吐き出す息には徐々に甘さが混じり始めて、頬は高潮して内股は小さく震え出してしまう。
少しずつ理性が削られて翻弄されて、そのことが一番成歩堂を怯えさせた。
「気持ち良いのか、先生」
「ん、ん…ッ」
無意識に収縮する内壁に煽られたように、王都楼はぐっと奥まで入れた指をゆっくりと引き抜いた。
そのまま膝を押し上げられて、不自由な体勢ではどうすることも出来ない。
「先生……」
「あ…っ、ぅ!」
直後、今までとは比較にならない痛みが走って、成歩堂はぎゅっと目を瞑った。
「…はぁ、あぁ…っ」
息を吐く間もなく揺さ振られて、意識が飛びそうになった。
そのまま、どの位時間が過ぎてか。
不意に王都楼は荒っぽく繰り返していた動きを止め、されるままになっている肢体をじっと見下ろした。
変化に気付いて、虚ろな目をゆっくりと上げる。
視線が合うと、彼は屈み込んで耳元に唇をそっと寄せて来た。
「帰りたいか…?あんたの場所に…」
「……っ、っ」
声を出そうとしたが言葉にならず、成歩堂はゆっくりと首だけを縦に振った。
その仕草に気付いた王都楼は顔を離し、それから手を伸ばして涙で濡れた頬をなぞった。
彼の指先は、まるで壊れ物でも扱うように成歩堂の肌の上を辿る。
「そんなこと言うなよ。大丈夫だって」
「……」
「なぁ、先生。俺が、ずっと…」
優しく囁くような言葉が耳に届く。
その後に続けられる言葉を待たないまま、成歩堂の意識は暗い闇の中へ落ちて行ってしまった。
END