Draw Game
今日はパパ…成歩堂龍一の友達が久し振りに事務所に来ると言うことで、みぬきは朝から楽しみにしていた。
成歩堂の今までの友人と言えば、ひらひらした検事さんとか、ちょっと変わった格好の素敵な女の人とか。
みぬきと同じ年くらいの可愛い女の子とか。
そんな人たちばかりで、とても楽しかった。
今度はどんな人なんだろう。
期待に胸を膨らませていると、突然事務所の扉がバン!と開いて、大きな声が聞こえて来た。
「よぉ!成歩堂!」
「矢張?お前、午後に来るって言ってなかったか?」
「ま、固いこと言うなよ。今日は珍しく早起きしたから」
いきなり始まった会話に、みぬきはきょとんとしてしまった。
この人は、今までの成歩堂の友達と少しタイプが違うみたいだ。
とにかく、ご挨拶をしなくては。
そう思って、みぬきは成歩堂の横からちょこんと顔を出して、頭を下げた。
「初めまして、矢張さん」
みぬきの顔を見ると、彼は何度か瞬きして、物凄い笑顔になった。
「お!可愛い」
と、そんなことを呟いて、それから成歩堂に詰め寄った。
「成歩堂!この子、あんたの何なのさ!」
「な、何なのさって、メールに書いたろ!ぼくの娘になったんだって!長々と事情説明したじゃないか!」
「あー俺、メールは最初の一行しか読まないから」
「だ、だからお前、いつも待ち合わせ場所も時間も間違えるのか!」
何と言うか、かなりアバウトな人のようだ。
みぬきが呆然とする中、成歩堂は仕方なく一から親子の出会いについて語り出した。
その間、矢張と言うその男の人は、終始笑顔で「うんうん、それは大変だよなぁ」とか「そうよなぁ、解かるぜ」とか言っていたけれど、どうもあんまり感情が籠もっていないような気がした。
「と、言う訳なんだよ、解かったか?」
ようやく長い話が終って成歩堂が言うと、彼は腕を組んで、とても考え深そうにとても軽薄な言葉を吐いた。
「いやーでも、ついにお前も母親か」
「い、いやいや!!父親だろ?普通に考えて」
「え?何で。お前が産んだんだろ」
「そんな訳ないだろ!て言うか、人の話聞いてたのかよ!」
成歩堂がムキになって抗議している。
そんなに顔を真っ赤にして大声出していたら、酸欠になってしまう…。
みぬきはちょっと心配になった。
「パパ、あの…」
「ああ、みぬきちゃん。気にしなくていいよ、こいつの存在は」
「こいつはないだろ、成歩堂!」
それからも、散々そんな会話を交わし捲くった後。
不意に、成歩堂がある提案を持ち出した。
「なぁ、矢張。ポーカーしないか」
「へ?ポーカー?」
突然の申し出に、矢張の目が丸くなる。
「いいか、矢張。ポーカーって言うのは…」
「し、知ってるぜ!俺だって中学は出てるんだ!でも、何でだよ。珍しいよな?」
「ちょっとさ、これから仕事に使えるかなと思って。試しに勝負の相手してくれよ」
「おお、百円までなら賭けてもいいぜ」
「い、いや、お金は賭けちゃマズイだろ。何か代わりのもの、賭けようよ」
成歩堂が言うと、矢張は一瞬黙って、それから腕組みをして考え込んだ。
「そうなぁ、俺が勝ったら、お前が俺の為に何でもするとか」
「う…。い、嫌な条件だなぁ」
でも、みぬきがいれば負けない。
成歩堂にはそんな自信があったようで、少し戸惑いはしたものの、結局条件を飲んだ。
そして、いざ勝負、と言うときになって、矢張が首を傾げる。
「どうでも良いけど、成歩堂。お前の賭けるものは?」
「ああ、ええと…」
それは、みぬきも気になる。
成歩堂の賭けるものって、何だろう。
「そうだなぁ…。この先色々不安だし、お前に養って貰おうかな、結婚でもしてさ」
「お、いいぜ。月三千円しか入れられないけどな」
「…やっぱり、いい」
悪い冗談のつもりだったのだろう。
成歩堂はハァ、と溜息を吐いて、勝負を始めた。
多分、成歩堂の目的はゲームに勝つことだから、賭けるものは何でも良いのだ。
これは、いわゆる腕慣らしと言うヤツだ。
みぬきは成歩堂の隣に立って、矢張の仕草や表情をじっと見詰めた。
「みぬきちゃん、どう?」
局面になって来ると、成歩堂は早速みぬきの耳元に囁いて来た。
いつもなら、ここで彼の役に立つ情報を教えてあげられるのだけど。
みぬきは先ほどから非常に困っていた。
ゲームが始まってからこっち、矢張のことが一つもみぬけないのだ。
良いカードを手にしたときの喜びも、勝負を賭けるときの緊張も、彼からは何一つ感じない。
こんなことは初めてだ。
「ご、ごめんなさい、パパ。みぬき、何も解からない」
「ええ?な、何で?!」
「ご、ごめんね!」
成歩堂が焦った声を上げるのに、みぬきも焦って謝った。
このままでは、負けてしまうかも知れない。
「どうしたよ、成歩堂?」
「な、何でもないよ!」
これでは、まずい。
まさか、みぬきの能力が通用しない人間がいたなんて!
彼みたいな人がこれからボルハチの客として現れたら、非常にまずい。
負けは、絶対に許されないのに。
「ど、どうしよう、パパ」
「み、みぬきちゃん…」
お互い困ったように顔を見合わせた、その時。
「あのよぉ、成歩堂」
「な、な、何だよ、矢張!」
「な、何ですか!ヤハリさん!」
突然矢張の声が掛かって、二人は飛び上らんばかりに驚いた。
そんな親子にお構いなく、彼は腕組みをして、何だか難しそうな顔をしながら口を開いた。
「さっきから思ってたんだけど…」
「う、うん…」
「これって…どうなったら、勝ちな訳?」
「……は?」
「……え?」
成歩堂とみぬきは同時にそんな声を漏らし、ハトが豆鉄砲を食らったような顔になった。
まさか、ルールを、知らない…?
確か、さっきは知っていると言ったはず。
いや、知っていると言ったのはあくまでポーカーだけで、ルールについては触れられなかった。
「矢張、お前…まさか」
「その、まさか…みたいだぜ?成歩堂」
「か、カッコつけてる場合か!びっくりしたじゃないか!!」
「ご、ごめんよぉ…」
バァン!!とテーブルを引っ叩いて成歩堂が怒鳴ると、矢張は怯えたように目をうるうるさせた。
ルールを知らないなら、良いカードが来たかどうかすら解からない。
そう言う、ことか…。
成歩堂と一緒に、みぬきはホッと安堵の吐息を漏らした。
結局、勝負はつかないまま、矢張は大騒ぎして帰って行った。
彼の背中が見えなくなると、みぬきは成歩堂の衣服の裾をぎゅっと握って引っ張った。
「ねぇ、パパ」
「何?みぬきちゃん」
「あのね…。実はあの人…ゲーム以外でも全然みぬけなかったの。何でだろう」
「え……?」
これも本当のことだ。
嘘だけじゃなくて、何かを強烈に思い出したり感じたりすると出るはずのクセが、一つも感じられなかった。
みぬきが首を傾げると、成歩堂は少し考えてから口を開いた。
「うーん…。きっとあいつ、何も考えてないんじゃないのか」
「そう、かな…」
「それしか考えられないよ、矢張に限って」
「そっか、そうだね」
本当にそうかも知れない。
でも、じゃあ…。あれは…何だったのだろう。
たった一度だけ。
彼がこの事務所に来てから、本当に一度だけ、酷く狼狽した瞬間があったのだけど。
あれは確か、成歩堂が何を賭けるかを話していたときだった。
でも……。
(……?)
会話の内容を思い出して、みぬきはますます首を傾げた。
「ヤハリさんて、結婚に何かトラウマでもあるのかなぁ」
「え……?」
「離婚したことあるとか!婚約者に逃げられたとか!」
「…女の子にはしょっちゅう逃げられてるけど、それはないかなぁ…」
「そ、そっか…」
じゃあ。考えられることはもう一つ。
(でも、そんな…)
それじゃあ、まるで…矢張は成歩堂のこと…。
「みぬきちゃん?どうかした?」
「な、何でもないよ!パパ!」
まさか。まさか、ね。
頭に浮かんだ思いを打ち消して、みぬきは成歩堂に満面の笑顔を見せた。
END