Game




 牙琉響也が、成歩堂龍一に携帯の電話番号をメモして渡したのは、もう大分前のことだ。
 別に、何か思惑があった訳ではない。あくまで、ただ何となくだ。だって、そうだろう。この検事局でも天才と言われ、ロック界ではまごうことなくスターのこの自分が。あんな男が気になって仕方ないなんて、そんなはずない。
 そもそも、自分が誰かに電話番号(しかもプライベート用)を渡すなんて滅多にないことなのだ。そんなことをしようものなら、今までの経験上、皆その日の内か翌日には掛けて来てくれたのに。響也の電話は、いつになっても鳴らなかった。
 こんなにやきもきして苛々するなら、いっそ、この携帯なんて解約してしまおうか。新しいのを買うのも悪くない。そうは思うものの、どうしても未練たらしく着信履歴をチェックしてしまった。

 そんなある日。その成歩堂から電話があったのは突然のことだった。
 コール音にびくりとして、電話をひったくるように取ると、思わず目を疑ってしまった。
(な、成歩堂龍一!)
 遂に、遂に掛かって来た!彼のことだ、きっと、気後れして掛けられなかったのだろう。そんなタマには到底見えないが、そこは目を瞑って。こうして掛けて来てくれたのだから、良い。
 高鳴る鼓動を抑えて、響也は通話ボタンを押した。
「もしもし……、何か、用かい」
 苦心して何でもないような気取った声を出すと、紛れもない、成歩堂龍一の声が聞こえて来た。
『もしもし、牙琉検事?』
「ああ、そうだけど……」
『ちょっと、きみに聞きたいことがあるんだけど』
「な、何だい?」
 まさか、唐突に今付き合っている人がいるのかと、そんなことを言われるんじゃないだろうか。あり得ない、あり得ないのは解かっているけれど、それでも一瞬でも期待してしまうのが人だ。
 響也は誰も見ていないのにしきりに指を鳴らして気を落ち着けようと努力した。
 そして、次の瞬間。
『今ド××エってゲームやってるんだけど、きみ、コインを安く買う裏技、知らない?』
「…………は」
 耳元に飛び込んで来た言葉は、理解不能だった。
「な、成歩堂さん、もう一度言ってくれるかな」
『だからね、カジノのコインだよ。確かそんな裏技があったと思うんだけど』
「い、いや、ぼくはゲームはしないから」
『そっか、じゃあいいや』
「え、あ……」
 それだけ言って、電話はぶつりと切れてしまった。
「…………」
 後に残された響也は、暫しの間呆然としたように立ち尽くしていたけれど。やがて、いても立ってもいられなくなったように部屋を飛び出した。
 まっしぐらに向った先は、中古のゲームが大量に売っている店だった。



おわり