Game2




「そう言う訳で、明日ぼくは有休でいないからね。何かあったらよろしく頼むよ、刑事くん」
「仕事ですもん。解ってます。それに、あなたがいなくたって、あたし大丈夫ですから」
 少し拗ねたようにそっぽを向いて答える宝月刑事に、響也は笑顔を向けた。いつもあまり愛想のない彼女だけど、与えられた仕事は一生懸命してくれると知っているから、安心だ。
「でも、こんな時期に有休なんて珍しいですね。もしかして、デートですか」
「何言ってるんだい。ぼくがそんなことでわざわざ休みを取るはずないよ」
「そうですか。失礼しました」
 大袈裟な口調で言って、茜はそれ切りふいと背を向けて行ってしまった。
「お疲れさま、刑事くん」
 その背中に言葉を投げ掛けて見送った後、響也は自宅へと足を進めた。

 家に着くと、響也は自分が牙琉響也だとは解らないように軽く変装をして、やや浮き足立った様子で再び外出した。
 響也の胸の中にはある野望と言うか、一つの企みがある。
(今度こそ……あんたを唸らせてやるよ、成歩堂龍一)
 改めて目的を確認するように、響也は胸中で呟きを漏らした。
 今抱いている企みは、あの成歩堂龍一に関することだ。今度こそ、自分の存在を軽く見たあの男に思い知らせてやるつもりだ。
 けれど、その場面を他の誰かに見られる訳には行かないのだ。
 何故なら、検事局でもロック界でもスターな自分が、たかがゲームソフトの発売日に徹夜で並ぶなんてことは、あってはならないからだ。
 それと言うのも、以前彼にド××エとゲームのことを尋ねられたことがあった。
『今ド××エってゲームやってるんだけど、きみ、コインを安く買う裏技、知らない?』
 あのときの台詞は、今でも思い出すと忌々しい。響也は彼の質問に答えられず、あっさりと会話を終了されてしまったからだ。全く、何がカジノのコインだ。何が裏技だ。下らない。
 そう思いつつも、その後中古で売っていたそのゲームを見付けて、徹夜でやり込んだ。それでも解からなくて、古い雑誌を貸して貰って調べたり知人に聞いたりと奔走した。それでようやく成歩堂の質問に答えられると思っていたのに、彼は既に他の人物から情報を聞いて知っていた。恐らく、王泥喜辺りだろう。
(全く、あの男は……)
 あの真面目で一直線な弁護士は、あの元弁護士にいいように利用されているに違いない。
 まぁ、それはさておき。今日はそのゲームの新作が何年ぶりかに出るのだ。これは、またとないチャンスだ。誰よりも早く攻略して、カジノの秘密を調べて、あの男にひけらかしてやろう。スターであり、天才検事ともあろう自分が、たかがゲームのカジノごときに振り回される訳には行かないのだ。いや、寧ろ振り回されているのはあの男にだ。
 そんなことを思いながら、ゲームを買い求める人々の行列に紛れていると、ふと、背後から聞き覚えのある声が掛かった。
「あれ、牙琉検事じゃないですか」
「……!お、おデコくん……」
 振り向くと、そこには王泥喜が立っていた。何故かあっさりと変装が見破られてしまったらしい。
「どうしたんですか、牙琉検事……」
「ちょっと、声が大きいよ、おデコくん」
 声を潜めるように頼むと、彼は素直に頷いた。出会ったときの騒ぎで懲りているのかも知れない。
「きみも、買いに来てるのかい」
「そうですよ。成歩堂さんとみぬきちゃんに頼まれたんです」
「そ、そうかい」
 やはり、成歩堂は今回もこのゲームに手を出すつもりらしい。しかも王泥喜に徹夜までさせるとは。余程情熱があるらしい。それなら、自分で並べばいいものを。
「でも、意外ですね。牙琉検事がゲーム好きだなんて」
「ま、まぁね。ぼくほどのスターになると、そう言うギャップも魅力の一つと言うかね」
「へぇ……スターも大変ですね」
 何をどう思ったのか、彼は素直に感心している。
 きっと、成歩堂の為にこんな場所にいるなんて、気付きもしないのだろう。けれど、それでいい。
 余裕を見せるようにパチンと軽く指先を鳴らしたところで、王泥喜が全くもって邪気のなさそうなあどけない声を上げた。
「ところで、聞きましたか?牙琉検事」
「な、何をだい?」
 続く彼の言葉は、響也の心を奈落の底まで突き落とすことになった。
「今度のド××エ、カジノないみたいですよ」



おわり