君の香り

ゴドナルver




 ふわり、立ち上る。
 とくり、跳ね上がる。




 深い、秘境の森へ降り注いで大気を潤す水滴。
 ゴドーと違って、詩的な表現を得意としない成歩堂が何とか捻り出した、フレグランスの形容。強烈な個性を持っていてそう簡単に真似できない所は、ゴドーそのもの。
「ゴドーさんだから、つけてもオカシくないんだって・・」
 ボールペンを動かす度。
 書類を捲る度。
 何もしなくても。
 セクシュアリティが強すぎる、と常々感じている香りが成歩堂の嗅覚を刺激する。ゴドーがいないのに。
 原因は、夕方まで用事で出掛ける事になっていたゴドーが、『虫避けだ』とよく分からない理由を嘯いて成歩堂の許可なく首筋と手首につけた、ゴドー愛用のトワレ。
 おかげで、御剣からは『君にはそぐわない。今度、もう少しマシなものを用意しよう』とダメ出しされたし、糸鋸刑事には『ヤッパリくんもおシャレするッスか! 何だかさびしいッス!』と絡まれたし、冥にいたっては『馬鹿な香りは削り取ってあげるわ!』と散々鞭を振るわれた。
 『虫避け』所か災難ホイホイだ、と成歩堂は肩を落とした。しかも蚊に刺されたので、虫避けにすらなってない、とも。
 ―――相変わらず、鈍い成歩堂だった。
 検事局での用事を済ませて事務所に帰ってきてからも、どうしても気になってしまう。ゴドーが、すぐ側にいるようで。
 ゴドーのフレグランスとはどこか違う感じもするが、小さな差異を除けば、この香りで連想されるのはゴドーだけ。
「ゴドーさんに抱かれてるみたいだな・・」
 いつしか手が止まり、呟いていた。
「いやいやいや、ナニ言ってんだ! 恥ずかしいぞ!」
 忽ち我に返り、激しく己にツッコむ。熱を帯びた顔に書類で風を送ったが、当然、香りも撒き散らされて。
「うう、ゴドーさんのバカ・・・」
 その後、成歩堂はやっとの思いで仕事を片付けたのだった。




 『家に来ないとお仕置きだぜ!』とこれまた傍若無人な命令により、成歩堂は渡されていた合い鍵でゴドーのマンションへやってきていた。夕食は道すがら済ませたので、シャワーを借りる事にする。
「香水って、石鹸で落ちるのか・・?」
 濃度に差はあれゴドーは24時間トワレの香りがしている為、いつもより多めにボディソープを使い、念入りに身体を洗う。すると、必然的に風呂上がりのゴドーの匂いになってしまったものだから、成歩堂は少々ゲッソリとして風呂場から出た。
「濡れそぼったコネコ・・1日の疲れが吹き飛んじゃうぜ!」
「ゴドーさん! お疲れさまです!」
 バスルームの扉を開けたらそこにゴドーが立っていて、驚きつつも成歩堂は労を労った。
「ぁぁあ、ちょっ、向こう行ってて下さいよっ!」
 ワンテンポずれ、とっても無防備な姿を晒している事に気付き、慌てる。同じ男なのだから、これが矢張辺りだったら成歩堂も狼狽えたりしない。ゴドーが相手故の反応だ。
「折角、まるほどうがサービスしてくれたんだ。ありがたく頂戴するかィ」
「異議あり! サービスじゃないので、近寄らないで下さいっっ!」
 バスタオルとパジャマは、ゴドーの後ろ。擦り抜けて確保できるだろうかと牽制しながらタイミングを窺っていたものの。やはりというか、あっさりゴドーに確保される。
 まだ服を着たままのゴドーは濡れるのも構わず成歩堂を抱き竦め、肩から臀部まで水滴を弾き飛ばすスピードで撫で下ろした。
「ぅうわぁっ! ぬ、濡れますって! 離れて下さいよっ」
 いやらしすぎる手付きに成歩堂は全身を粟立たせ、腕を突っぱねたが、所詮コネコパンチ程度の威力。
「まると、グチュグチュに濡れてぇなぁ・・」
「っく!」
 耳へ直接唇を付けながら囁かれた、尾てい骨直下型の淫靡な声音の威力に叶う訳がなく、ガクリと腰も膝も砕けてすっぽりとゴドーの腕に収まった。ゴドーはそのまま抱き上げ、当然のように寝室を目指しながらふと成歩堂の首筋に顔を近付けてくる。
「クッ・・オイタなコネコちゃんだ。俺の許可もなく、マーキングを取っちまったな?」
 2・3度息を吸ってから再度成歩堂へあてられた双眸は、危険な光を湛えて眇められていた。今度は純粋な恐怖で、肌が総毛立つ。
「マーキングって、何の事です?」
 猛々しく歪められた唇の下から牙が現れそうな気がして、コネコ呼びへの抗議はさておく。
「天然な恋人を持つと、気苦労が多くて白髪になりそうだぜ」
 ポイとベッドに成歩堂を放ったゴドーは、これ見よがしに溜息を付くと、1動作でスマートにネクタイを抜き取った。
「お疲れなら、お風呂にゆっくり入って、さっさと寝た方が・・」
 4箇所程突っ込みたい単語があったが、やはり成歩堂的にヤバイ展開を阻止する方が先だ。泡を食ってブランケットを濡れた身体に巻き付け、ゴドーと反対側へ移動を試みるが、結果はいつも通り芳しくなかった。
 成歩堂を裸に剥くのと同じ素早さで一糸纏わぬ姿になったゴドーに、あっさり組み敷かれる。ブランケットも、瞬きの間になくなっていて。
「まるほどうにマーキングの意味をじっくり教えたら、しっぽり2人でバスタイムといくかィ」
「ま、待った! ・・・っ、ぁ・・」
 上から下まで素肌を添わせたゴドーの身体から、ふわりとトワレが立ち上り。
 改めて薫ったそれに、成歩堂は上げかけていた抗議を途切らせた。
 今日1日成歩堂を包んでいたものよりも、もっと深くて、ウッディーで、艶っぽいトワレを約半日振りに意識した途端、とくりと鼓動が高鳴ったのだ。
「まる・・?」
 急に固まった成歩堂へ不思議そうな声が掛かったが、応える余裕はない。
 トクリ、トクリ、トク、トクトク
 どんどん早まっていく脈拍が解いたロジックは。
 1日離れていて、淋しかった事。
 もしくは、会えて嬉しいという事。
 昼間の比ではない乙女思考に、かぁっと血が沸き立つ。
 顔の赤みは見えなくても、体温の上昇は為す術もなくゴドーに伝わってしまうだろう。
 ゴドーは、羞恥と居たたまれなさで藻掻き始めた成歩堂をしばし観察していたが。
「ふぅん。ちィとは分かりかけてるみたいだな」
 酷く愉しそうに笑い。
 嬉々として、成歩堂にマーキングの意味を実践付きで教えたのである。





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有沢圭さまより。圭さまのサイト三万ヒット記念にて、お持ち帰りフリーとなっておりましたお話を頂いて来ましたvゴドナルー!ゴドーさんがカッコ良いです!ゴドさんの香りってどんな感じなのでしょうね。何だか凄くセクシーな気がします。御剣さんや冥たんの突っ込みも物凄く萌えました。天然な成もひたすら可愛かったですv