Eternal Triangle
「いやあ、良かったよな!全部解決して」
能天気な声が室内に響いて、その声の発信源に呆れたような目が向けられたのはすぐ後のことだった。
「…一体、何が「良かった」のか説明してもらおうか」
向かいのソファーに座る矢張を睨みつけながら、御剣は深い息を吐いた。
睨みつけられた方はと言えば、不思議そうに瞬きをしている。
「良かっただろ。あやめさんも、まあいろいろあったけど、本当の犯人じゃないって分かったしさあ…」
今度、会いに行かなきゃな!と言いながら、矢張は隣に座る成歩堂の肩を叩く。
彼はまだ調子が戻っていないのか、ソファーに深く腰掛けて眠そうな目だけを隣に向けた。
「…それは良かったけど…」
どこか歯切れの悪い言葉の直後に、テーブルを叩く音が響く。
だん、と言う音に、矢張と成歩堂は条件反射のようにそちらを向いた。
「それ以前の問題だろう!」
「何怒ってんだよ」
訳が分からない、と言うように首を傾げた矢張を呆れたように眺めて、御剣は肩をすくめる。
その目は未だ「怒っている」と言うのにふさわしかった。
「貴様…意味の分からない電話で人を呼び出したのは一体誰だ」
「意味分かんなくないだろ!テキカクな状況判断だぜ!」
「成歩堂が死んだと言っただろう!」
何か言おうとして、言葉を止めた矢張が眉をひそめて考え込むように視線を上げる。
その隣で、成歩堂がひとつ欠伸をした。
「…あれ、そんな事言ったっけ…?いや、でも」
「言わなければ私は帰ってきていない」
「…うわ、俺が緊急に助けを求める声は無視なのかおまえ!」
最低だ!と喚く声を無視して、御剣は続けた。
「貴様の「緊急」が「緊急」だった事など一度もないだろう」
「…だったら何で俺の電話で帰ってくるんだよ…」
その呟きに、御剣の眉がぴくりと動く。
「だから、『成歩堂が死んだ』とは一体何だったのだ!死んでなどいないではないか!」
再び首を傾げた矢張が、目を見開いた。
「思い出したぞ!死んだなんて言ってないだろ」
「間違いなく言った!」
「ちゃんと『かも』って続けたって!おまえが早とちりなんだよ!」
御剣の言葉が止まり、成歩堂が小さな声で「どっちもどっちだろ」と呟いた。
「僕は大風邪引いてるって言うのに、2人共入れ替わりで押しかけてくるしさあ。最初の日全然寝れなかったよ」
だいたい御剣が帰って来るなんて聞いてなかったし、どれだけ驚いたと思ってるんだ、
と言う成歩堂のぼやきを聞いて、2人は眉をひそめた。
「少し待ちたまえ、成歩堂」
「そうだぜ、ちょっと待て成歩堂」
隣と向かいから身を乗り出されて、成歩堂は軽く身を引く。
「…なんだよ」
不審そうな表情で立ち上がりかけた成歩堂は、矢張に肩を押さえられて、仕方なさそうに再びソファーに深く腰かけた。
その顔は「やってしまった」と言う後悔に満ちていた。
「だいたい、おまえが橋から落ちたのが原因だろ!普通死んだと思うぜ、あんなとこから落ちたら」
「その通りだ。よくもあんな馬鹿な真似が出来たものだな」
成歩堂の目は、返す言葉を探るように彷徨っている。
「それは、だって真宵ちゃんが…」
「君が橋から落ちても何も解決しない」
「う…」
「おまえ、俺が御剣を呼ばなかったらどうするつもりだったんだよ」
「そ、それは…僕が、法廷に立ってたよ…」
『「あの風邪でか?」』
二重に重なった声で言われて、成歩堂は諦めたように黙り込んだ。
その目は少し恨めしそうに2人を見ている。
「…分かってるよ、僕が悪かったよ!」
「全く、君はもう少し考えて行動したまえ」
「本当だぜ」
「…こんな時だけ結託するなよ…」
聞こえないくらいに小さく呟かれた成歩堂の声は、どうやら2人には届かなかったらしい。
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「だから!しょうがないだろ!俺はあやめさんが飛んだと思ったんだって…!」
「全く、貴様の頭は…人が飛ぶなどという事がある訳がないだろう…!」
「結局ホントに飛んでたじゃないかよ!」
「あれは、あやめさんではない!」
言い争う声が室内に響き渡る中、ずず、とソファーが擦れるような小さな音がした。
「そんなの、関係ないだろ!……ん?」
ふと気がついたと言うように、矢張が隣を見る。
先程までぼんやりと2人の会話を聞いていた成歩堂が、すうすうと寝息を立てていた。
その頭がかくん、と傾いて矢張の肩に寄りかかる。
「…寝てるよ」
「…そうだな」
2人の視線を受けても、彼は起きる様子もない。
それをじっと眺めていた御剣と矢張はやがて、ふう、とひとつ息を吐いた。
「こんなとこで寝て、どうする気なんだろうなこいつ」
首を捻って苦笑を浮かべる矢張を見て、御剣も悩むように眉間に皺を寄せる。
「…起こした方が良いだろうな」
いつまでもこんな場所にいる訳にもいかない、と呟いて彼は成歩堂の肩に手を置いた。
成歩堂の体を揺すろうとしたその手を、慌てたように矢張の手が止める。
「いや、いいって御剣!…おまえ先に帰ったらいいだろ、せっかく寝てるんだし」
「座ったまま寝ているのが、体にいいとは到底思えないのだが」
「大丈夫だってそんなの!それにさーホラ、
きっとこいつ俺の隣で安心して寝ちまったんだぜ!起こしたら可哀想だろ」
うんうん、と勝手に頷いて『寝てたらカワイイんだけどなー成歩堂も』と言いながら矢張が笑っている。
「…何を馬鹿な事を。成歩堂は病み上がりで眠いだけだ」
だいたい、控え室で寝るくらいこの男はしょっちゅうやっている、と呆れたように呟き、御剣は肩をすくめた。
そのまま眠っている成歩堂を起こそうと、御剣の手が軽く彼の体を揺する。
成歩堂の口から小さな息が洩れて、ぐっと眉をひそめた彼はもぞもぞと体を動かした。
何かを探すように伸ばされた手が、ぎゅう、と隣にあった矢張の服を掴む。
「…ほら、だから言ってるだろ!」
掴まれた袖を眺めて、声をひそめた矢張が御剣を睨む。
御剣は小さく唸ると、成歩堂の肩から手を離した。
「……寝惚けているのだろう」
仕方なさそうに首を振って、口元に笑みを浮かべる御剣を眺めて、矢張がため息をつく。
「なんなんだよおまえ…いい加減諦めて帰れって」
矢張の体が少し動いたのと同時に、成歩堂の口が僅かに動いた。
2人はそのまま、彼の口元をじっと窺う。
「み……」
なにやら解読不能な言葉を続けて、成歩堂はすやすやと眠っている。
「な…成歩堂…」
眉をひそめて矢張が呻く。
「見てみたまえ。間違えているだけではないか…!」
その声が続いた直後、成歩堂の口が再び動いた。
「ううん……みやなぎさん……」
しばらくぽかん、と彼の幸せそうな寝顔を見つめていた2人は、やがて神妙に顔を見合わせた。
矢張の腕が動いて、成歩堂の肩を揺する。
「おい、とっとと起きろ、成歩堂!」
その声にはっと目を覚ました成歩堂は眠そうな目で瞬きを繰り返し、きょろきょろと辺りを見回した。
探しているものは見つからなかったらしく、彼の口からはため息が洩れた。
「なんだよ…いまたぶん、すごくいいゆめを……」
「早く起きたまえ。帰るぞ」
ソファーから成歩堂を立たせて、2人は先に歩き出す。
わけがわからない、と言うように成歩堂は首を傾げている。
「…なにふたりとも怒ってるんだよ…」
眠気を振り払うように頭を振ると、彼は部屋を出て行った2人の後に続いた。
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「fs.IDEA」さまの企画でリクエストさせて頂いたお話です。
しかも続きまで・・!許可を頂いたので飾らせていただいちゃいました。
このトリオの会話、何とも言えずツボです・・!仲良くしつつ喧嘩したり時には結託したり・・。特に矢張のキャラ・・・本当に彼らしいですvそれにこのオチが、オチがなんて最高なんですかー!まさかそこでみやなぎさんが出ていらっしゃるとは!成歩堂の反応に一喜一憂している二人、大好きです。月葉さま、素敵なお話をありがとうございましたv