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「……一条」
「何です」
 不機嫌に発した声は酷く掠れて、途中で途切れてしまった。
 喉がからからに渇いているのは、冬で部屋の中が乾燥しがちだとか、水分を取っていないだとか、そんな理由じゃない。
 考えるだけでも頭の奥が沸騰しそうな、そんな理由だ。
 それなのに、先ほどまで散々一条を鳴かせていた男は、表情も変えずにそっと髪を撫で、言葉を紡いだ。
「もう一度、いいか」
「……それを、俺に聞かないで下さい」
 答えは否定的なものに決まっている。もっと、場の状況を読んでくれ。状況判断は彼にとってお手の物じゃないか。
 そう思って溜息混じりに返したのに、目の前の男は未だ平然としたまま言葉を返した。
「仕方ないだろう。無理矢理する訳にはいかん」
「そう言うことを、言ってるんじゃ……」
 反論し掛けて、一条は途中で口を噤んだ。何も、言い返すのが馬鹿馬鹿しくなったからばかりではない。密着する肢体と、二人分の重みで沈んだソファに、妙な緊迫感が漂ったからだ。
 そんな中、申し訳程度に羽織った衣服を掻き分けて、馬堂の手が肢体の上を直に這いだす。
「……んっ」
 小さく声を上げた後、一条はぎゅっと唇を噛んで顔を逸らした。
 確実に背筋を這い上がる快楽は堪えようもない。耐えるように目を固く閉じると、気配でふと、覆い被さる男の雰囲気が和らいだような気がした。
「俺を拒むな、一条」
「拒んだつもりは、ない」
「なら、もっと力を抜け。痛いぞ」
「何を、……っ」
 何を言うのかと、怒鳴り声を上げようとした声が、掠れた吐息に代わった。
 まだ余韻の残る肌の上をなぞる指先が、ゆっくりと中へ潜り込んで来たからだ。
「……ぁ、……うっ」
 じわりと残り火のように巣食っていた熱が再び疼き、一条は慌てた。逸らした喉に食い付くように唇を寄せられ、まともに声も出ない。
「馬、堂さ……」
 ようやく上げた声は、すっかり掠れて、乱れた吐息の入り混じったものだった。
 目の奥が熱くて、視界がぼやける。緩やかに与え続けられる快感は拷問にも似ている。馬堂の指先で暴かれて犯され、少しずつ理性が削り取られて行く。
 恐怖すら感じるこの瞬間を、彼の腕にしがみ付いて耐える。この感覚を与えているのは、紛れもない彼本人だと言うのに。
「く……っ、うっ」
「いつまで経っても慣れないな、お前は」
「……っ」
 ふと、揶揄するような声が降って来て、一条は力を振り絞って自分を組み敷く人物を睨み付けた。
「慣れる訳、ない。こんな、こと……」
「もっと要領良くなれ。でないと……」
「ん……っ、あ……っ」
 そこで馬堂が何と言おうとしたのか、一条には解からなかった。
 ただ、言葉の先を誤魔化すように荒く蠢きだした指先に、意識が弾けたのを覚えている。
 膝を抱えられ、抜かれた指先の代わりに押し当てられたものになす術もなく侵入を許して。叩き付けられる律動を受け止めながら、一条はきつく唇を噛んだ。
 要領良く――、なんて。
 そう出来れば、幾分か楽だったのかも知れない。葛のこと、彼女の妹のこと。思うままに行かない法のこと。もっと割り切ってしまえたら。
 けれど、後悔はしていない。そのつもりなのに、たまに圧し掛かる迷いやら罪悪やらに押し潰されそうな気がする。後ろ暗い感情が込み上げて、それに支配されそうになる。
 でも、そんな感情を、馬堂は洗いざらい流してくれる。
 力ずくで一条の腰を抱き、下肢を貫くのと同じような強引さで。
「拒んだり、してない」
「……」
「俺にも、あんたが必要ですよ」
 途切れ途切れに上げた声が、馬堂に届いたのかは解からない。
 けれど、少なからず緩くなった律動に、痛みに代わって甘い痺れが背筋に走り抜け、一条はきつく目を閉じてそれをやり過ごした。