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「馬堂、さん……」
 掠れた呼び声が幾度も耳元を掠めていることに、先ほどから気付いてはいた。
 けれど、どうせ些細なことか、今の馬堂にとって不本意な内容に決まってるから、敢えて聞こえないふりをしていた。
 すると、遠慮がちに上がっていた声は、やがて少しずつ大きくなり始めた。
「馬堂さん……!」
 切羽詰った声は、露になった腿の辺りに手の平を這わせた直後に上がった。衣服の間を縫って忍び込んだ手から逃れるように、細身の腰が揺れる。
「馬堂さんて!」
 ついには焦ったような声と共に、彼の手は馬堂の腕を押し返すようにもがいた。
「……どうした」
 今初めて気が付いたように白々しい声を上げると、薄っすらと潤んだ目が下から睨み付けて来た。
「ここじゃ、嫌……なんですけど」
 案の定。不本意な台詞を吐いた唇を、馬堂は反射的に顔を寄せて塞いだ。
 空いた手で背後から長めの髪を捕まえて、逃れられないように引き付ける。
「んっ、ん、……ぅ」
 ぐっと強く唇を押し付け、捩じ込んだ舌先を絡めると、一条は苦しげな声を漏らした。
 腿に這わせていた手を更に奥へと進めると、ひくりと喉が上下する。薄っすらと汗ばんだ肌は手の平に吸い付くようで心地良い。
 濡れた温かい舌を夢中で吸い上げると、彼は本気で抵抗を始めた。
「嫌、ですって……!」
「なら、ホテルにでも行くか」
「……っ」
 ようやく唇を解放した後、表情も変えずにそんなことを言うと、一条は乱れた息を吐きながらぐっと唇を拭った。
「馬鹿なこと言わんで下さい」
「俺は大真面目だ」
「……っ、それは……、嫌だ」
「……」
 それは、そうだろう。彼が了承しないことくらい、解かっている。
 泊まる訳にも行かないし、第一そんな場所に行けば、好きなだけ翻弄されるのは解かっているのだろう。
 それに。そう言うことは、もっと前に言って欲しいものだ。
 もう、遅い。疼き出したものは、抑えようがない。それは、彼も同じであろうに。
「なら、我慢しろ」
「……っ」
 耳朶に甘く噛み付きながら、馬堂は絡め取るように捕まえていた髪の毛を離し、代わりに指先を彼の口元へ押し当てた。
 濡れた音と共に、それを口内へ押し込んで舌先を弄ぶようにゆっくりと抜き差しする。
「んっ、ぅ……」
 引き攣った呻き声を漏らし、一条の舌先は異物を押し返そうと蠢いた。せめてもの反抗なのか、指先に立てられた歯がぐっと食い込むのを、馬堂は目を細めてやり過した。
 やがて、そっと引き抜いた指先を奥へと宛がうと、彼は小さく息を飲んだ。緊張に肢体が強張る。
 これから起こる衝撃に耐える為か、彼はのろのろとした仕草で自身の拳を口元へ運び、口元に押し当てた。
「小娘みたいな反応だな」
「……!」
 揶揄するように囁くと、普段は何物にも染まらないように思える真っ直ぐな眼差しが、熱と僅かな背徳感に浮かされた様で、こちらを睨んだ。
「そんなこと、言わないで下さい!」
「……」
 余裕のない声にふっと口元を綻ばせながら、朱に染まった首筋に吸い付くと、馬堂は押し当てた指先を奥へと潜り込ませた。


「……っ!……ぅ!!」
 びく、と痛みに引き攣る四肢を押え付けて、強引に侵入を試みる。強張った肢体をあやすように撫でながらも、馬堂は彼の中へと半ば無理矢理身を沈めて行った。
「力を抜け、きついぞ」
「……うっ」
「一条。もう少し、足を開け」
「く……っ」
 屈辱的な言葉に、ぎり、と唇を噛み締めながらも、彼は言われるままにゆるりと足を広げた。途端、それを見計らったように、柔らかい内壁を押し広げて進む。
「あ……っ、……ぅっ!」
「もっと集中しろ。長引くと、困るのはお前だろう」
「……くっ、う」
 乱暴に律動を刻むと、彼は拳を握り締めて動きに耐えた。
「……っ、はっ」
 それでも、気まぐれに与えられるもどかしい快感に翻弄されるのか、時折甘い声が唇を突いて出る。
「馬堂……、さんっ、もうっ」
 ややすると、長く続く行為に堪らなくなったのか、彼は視線を伏せ、もがくように首を打ち振った。
 哀願するような声に、ほんの少しの罪悪が込み上げる中、顎を捉えて無理矢理視線を合わせると、馬堂は敢えて揶揄するような言葉を告げた。
「最後まで付き合え、一条。俺とお前の、仲だろう」
「っ、く……」
 何か言い返そうと動かしかけた彼の言葉は、ぐい、と内部を突き上げてやると、途中で掻き消えてしまった。
「あ、……ぁっ」
 そのまま緩く浅く動きを刻むと、あとはもう、意味を成さない言葉が、引っ切りなしに零れるだけになった。
 それを勿体ないと思う気持ちと、哀れむような思いが馬堂の中で入り混じって消える。
 けれど、幾度も耳元を掠める微かな声に、やがてはそんな感傷も吹き飛んでなくなってしまった。