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 先ほどからずっと、中途半端な勢いでシャワーのヘッドから温かいとも冷たいとも言えない湯が、降り注いでいる。
 次々と流れ落ちるそれが、ゆっくりと一条の肢体の上を流れて、足元に滴り落ちた。
 それと同じように、中途半端に密着した男の手が、緩慢な仕草で肢体の上を弄っている。
 激しくもなければ、緩くもない。それだけに、逃れることが出来ないような気がしてしまう。
 狭いバスルームの中、間近で身を寄せ、ひたすら触れてくる馬堂の手。
 彼の行為は、何だかひた隠しにしている内面まで暴いてしまいそうで苦手だ。
 鋭い両の目に終始捉えられていると、視線を伏せたくなる。乱暴ではないのに、適度に力の籠められた指先が肌を滑る度妙な息苦しさが込み上げてしまう。
 無意識に酸素を取り込むように、一条は薄っすらと唇を開いた。
「……は……」
 その途端に、乱れる呼吸を塞ぐように馬堂の唇に塞がれた。
「……んっ」
 噛み付くように隙間なく塞がれて、捩じ込まれた舌が絡み合う。
 こうしているだけで、既に犯されているような感覚に陥って、一条は咄嗟に掴んだ馬堂の肩に押し返すように力を込めた。けれど、本気で抵抗することは出来ないし、彼も自分を逃すつもりはないらしい。
 やがては、引っ切りなしに聞えて来る水音が、シャワーから落ちるものせいなのか、キスのせいなのも、解からなくなってしまう。
 こんな戯れは、何度目だろう。こうして、深くキスを繰り返し、衣服を取り去られた肌の上を、彼の手が這い回る。あくまで、それだけの行為だ。それ以上に進んだことは、まだない。
 けれど、彼の中に渦巻いているものは理解しているつもりだ。
 彼の、自分へと注がれる欲。気持ちだけでは飽き足らず、一条の全てを手に入れなければ、安心出来ないとでも言うような。そして、解かっているのと、受け入れられるかどうかは別の話だ。
 馬堂は焦ってはいないだろうが、それでも、いつまで先伸ばしに出来るものか。
 勿論、一条にとっても、彼は頼もしい相棒で、十分信頼に足る人物だ。
 けれど、だからこそ得体の知れない恐怖がある。彼の求めに応じてしまったら、自分の理性も何もかも飲み込まれてしまって、溺れてしまう気がする。
 情けない話だ。いい年をした男が、こんなことで――。
 でも、いつまでも逃れている訳にいかないことも、解かっている。
 現に今も、はっきりと拒めなかったせいで、こんなことになっているのだから。
「……っ」
 胸板を滑る指先に、少しずつ思考が麻痺して行くのを感じながら、一条は途切れそうになる意識を何とか繋ぎ留めようと、きつく目を瞑った。
 そうしている内に、確かめるように這っていた指先が不意に腰を撫で、下肢の方に降りて来て、びく、と身が強張る。
「馬堂さん……」
 呼び声を上げて、固く閉じたままだった目を開くと、彼はいつの間にか自分を壁に追い詰めて、逃げ道を塞ぐように体を寄せていた。
 そのことに反射的に怯んだのか、なんなのか。
「く……っ!」
 動きが止まった一瞬の隙を見て、彼の指先が奥へと潜り込んで来た。
 下肢を走り抜けた痛みに苦痛の声を漏らすと、指先は躊躇するように一度動きを止めたが、またすぐにゆっくりと動き出した。
「うっ、……つっ」
 痛みを訴えようとしても、喉が震えただけで、声にならない。
 ごつい指先が中で蠢く度に、痛みに混じって僅かな快楽が痺れるように這い上がる。
「心配するな。優しくしてやる」
「……っ、馬鹿言って……」
 耳元に囁かれた言葉など、笑い飛ばしてしまいたかったのに、語尾は漏れた吐息に混じって消えてしまった。
 そんな中、馬堂はゆっくりと顔を寄せ、一条の滑らかな首筋に緩く噛み付いた。
「ん………ッ」
 一瞬だけ鋭い痛みが走った場所を、今度は熱い舌先は這い回る。擽ったい感覚さえ、じわじわと快楽に還元されてしまい、一条はきつく眉根を寄せて耐えた。
「う……、く……っ」
 ここまでしておいて、今更だけど、これ以上の醜態は晒したくない。こんな姿も、彼の瞼に焼きついてしまうのかと思うと、居た堪れない。
 けれど、こちらの思惑とは裏腹に、馬堂の指先は止まらない。
「ぁ、――っ」
 ぐい、と中を広げるように蠢いた指先に、苦痛の声が唇を突いて出た。途端、思い切り唇を塞がれ、呼吸もままならないほど貪られる。
 絡め取られた舌が吸い上げられ、逃れようとすればするほど追い掛けて来る。舌先が痺れを切らし、呼吸もすっかり乱れてしまった頃、我が物顔で動き回っていた指先はようやくゆっくりと出て行った。
「……!馬堂、さ……」
 ぐい、と足を押し広げられ、続く行為を予想して咎めるように声を上げると、彼の鋭い目と視線が合った。
「もう、遅い。一条」
「馬堂、さ……、っ!!」
 何事にも動じないような声色せ囁かれた直後、先ほどとは比べようも無い衝撃が襲って、一条は喉の奥で悲鳴を上げた。
「んぅ、く……っ!」
 腰を抱く手に力が籠もり、馬堂が身を割り開いて侵入して来る。
 悲鳴を殺すだけで精一杯なのに、容赦なくぶつけられる激しさに足元が揺らぐ。
「く、ぅ……っ」
 奥底まで犯されるような感覚に喉の奥で呻くと、まるで煽られたように彼の動きが激しくなった。
「いっ、痛い……、馬堂さん」
「……」
 何とか抗議の声を上げると、彼はようやく動きを止めた。
 そうして、耳元に唇を寄せ、そこに甘く噛み付いてから、そっと笑いを含んだ声を上げた。
「もっと大人しくしていれば、優しくしてやれる」
「……っ!冗談じゃ、ない……っ」
 屈辱的な言葉に、ぎり、と唇を噛み締めながら言い返すと、馬堂が目を細めるのが視界の隅に映った。
「……そうだろうな」
「……あ、いっ」
 途端、ぐい、と奥まで侵入されて、一条は引き攣った声を上げた。
 痛みで一瞬視界が霞む中、耳元に馬堂の吐息の吐息が絡み付く。馬堂の声は、低く掠れて一条の鼓膜を揺らした。
「お前は、こう言う方が好きだろう」
「……!ち、違うっ、なに、を……っ」
 そこで唇が乱暴に塞がれて、言葉は途切れてしまった。
「くっ」
 そのまま荒っぽい動きが再開され、一条は痛みで喉を鳴らした。
「んぅ、う、……ん」
 けれど、次第に体が慣れ始め、感じているのが痛みばかりではなくなる。
 そうして、やがては体中を這い上がる痺れに、意識まで飲み込まれてしまう。自分の中が全て馬堂で満たされて、何も考えられなくなってしまう。
 それが、怖かったから、逃れていたかったのに。
 ――こう言う方が、好きだろう。
「……っ……」
 先ほどの馬堂の言葉が蘇り、一条の背筋をぞくりと痺れに似た感覚が走った。
 ――本当は。
 ずっと、こうして強行されるのを待っていた。
 迷いも戸惑いも全て押し流して、自分の中に彼が割り入ってくるのを待っていたのだと。
「……く……」
 先ほどの馬堂の台詞は、そんな風に一条の胸中を暴いているように思えて、一条はぎゅっと目を閉じた。