結末2




もう少し、冷静でいられると思っていたのに。
彼を目の前にしたら、そんなものはまやかしであると気付かされた。

「お前の顔なんか見たくもなかった」

久し振りの再会の後、そう言い放った成歩堂の目は、こちらへの怒りを隠そうともしない、真っ直ぐなものだった。
以前と少しも変わっていない。
相変わらず曇りのない目。
その様子に、早く彼をまた自分のものにしてしまいたいと、妙な焦りが生まれた。
でも、込み上げる焦燥感に追い立てられながらも、御剣はまず、失った信頼を回復させることに努めた。
幸い、彼は思い違いをしているだけだったので、元の関係に戻るまで、そう時間は掛からなかった。
けれど、あの裁判の後。
又以前と同じように、自分に向けられるくったくのない笑顔を見て、何かの箍が外れてしまった。
狩魔冥を見送ったその足で、御剣は成歩堂の自宅へと向かった。



「い、やだ、御剣…」

そう言う成歩堂の声は弱々しく掠れていて、抵抗も酷く力ないものだった。
もし本気で嫌がっていれば、あの真っ直ぐな目を自分に向けて、力の限り抵抗し、真っ向から拒絶しているだろう。
でも、今の彼はそうしない。
あの時も。
初めて与えられる痛みを必死で堪えながら、御剣を受け入れてくれた。
それが、同情とか憐憫の情であっても、構わない。
彼の優しさにつけ込んだのだとしても、それでも自分のものにしてしまわなくては、と思った。
勿論、あんな無茶な行為を強いて、それだけで彼が自分のものになっただなんて、本気で思っていた訳ではないけれど。
それだけ、あの時自分には余裕がなかった。
今も…。
御剣の内側に、言いようのない渇欲が浮かび上がって、じわじわと外側に溢れ出す。
彼に向かって膨れがあった気持ちは、もう歯止めが利かないように思えた。



ボタンの外れたシャツの隙間から手を差し入れて、温かい胸元を探るように撫でる。
その度に、こちらの動きに合わせて返って来る反応に、煽られる。
御剣が触れた部分が熱い。
彼が、こちらの体温と触れる指の感触に、少なからず興奮しているのだと思うと、余計に抑えが利かなくなった。
それでも相変わらず、素直に落ちてくれそうもない。

「だから、止めろよっ」

暫くすると、成歩堂はそんなことを言い出して、腕の中で身を捩ってもがきだした。
でも、抵抗は本当に小さく、御剣が自主的に放すのをただ待っている、曖昧なものだ。

「嫌だって、御剣…ッ」

そんな風に震える声で抗議をして、中途半端に抵抗してみせるのが、逆効果なのだと気付いてはいないのか…。

「嫌なら、逃げればいいだろう。私を突き飛ばして」
「……!!」

少し意地悪く言うと、彼は小さく息を飲み、困り果てたような顔になった。
その頬に掌で包むように触れ、彼の顔を上げさせる。
視線が合うと、彼は本当にどうして良いか解からないように目を見開いて、体を強張らせた。
そっと唇を塞ぐと、びく、と肩が揺れる。
あの時のように、思い切り深くキスをして、今すぐにでも体を組み敷いてしまいたかったけれど。
今は時間がたっぷりある。
急ぐ必要はなかった。
濡れた舌先で唇をなぞり、何度か甘く噛んで吸うと、固く閉ざされていた唇は徐々に綻んで、少しずつ御剣を受け入れ出した。
お互いの舌を絡め合って一層深いキスをすると、御剣は成歩堂の体をそっと押し倒した。



「み、御剣…っ」

暫くして上がった声は、やたらと切羽詰ったものだった。
成歩堂は既に乱れ捲くっている衣服を申し訳程度に纏って、御剣に組み敷かれていた。
埋め込んだ指先の侵入を拒むように、彼の体は強張って、両足は小さく震えていた。

「何だ…成歩堂」
「い、痛い…よ」

更には、目に涙を湛えて痛みを訴えてくる。
扇情的なその様子に煽られながら、御剣はそっと唇を歪めて笑った。

「…それは良かった」
「なっ、何だよ…!」

涙目になったまま、成歩堂が文句を言うように声を張り上げる。
酷いヤツだよ、お前は!
そんな怒鳴り声に笑みが込み上げるのを堪えながら、御剣は抱えた成歩堂の足をぐい、と胸に付く辺りまで押し上げた。
腹部が圧迫されて、彼が息を詰まらせる。
少し苦しそうにしながらも、彼は尚も真っ直ぐな目でこちらを睨み付けて来た。
強い意思を秘めている双眸は、たまにどきりとするほど綺麗で、我も忘れて目を奪われる。
無言のまま、少しだけ彼の中に埋め込んでいた指先を、広げる様にぐるりと回した。

「あ、…っ!」

びく!と内股が引き攣って、成歩堂はぎゅっと目を瞑った。
同時に、溢れそうになっていた涙が頬を伝ってシーツの上に滴り落ちる。

「…さっきのは、悪い意味ではないのだ、成歩堂。この一年誰もきみに触れていないという証拠だからな」

それに、この先誰にも触れさせる気はない。
そう言うと、何度か瞬きした後、その頬がみるみる真っ赤に染まった。

「よ、よくそんなことが言えるよ…。ど、どうかしてる…!」
「……」

確かに、そうかも知れない。
切羽詰った声を上げる成歩堂に、御剣は胸中でそんな返事を返した。
彼のことになると、自分でも訳が解からなくなることがあるから…。

「だが、本当のことだ」
「……!!」

真意を全て伝える代わりにそう告げると、意表を突かれたように息を飲む様を見下ろす。
そのまま早急に指を引き抜くと、御剣は改めて彼の足を左右に押し広げた。

「み、御剣…!」

少し怯えたように逃げる腰を抱き抱えて、そっと頬に唇を寄せる。

「大丈夫だ。無理はさせない」
「……!」
「…あの時より、少しは余裕があるつもりだ」
「……っ」

淡々とした声で告げると、成歩堂はぐっと息を飲んで、それから羞恥を堪えきれないように顔を背けた。
膝を広げる手に力を込めると、尚も腰が逃げるようにもがく。
そう言えば、あの時も。

―御剣、どうして…!!

こうして怯えて、そう叫ぶ彼の声に応えずに、そのまま無理をさせてしまった。
あの時胸と喉の奥につかえて、口にすることが出来なかった言葉は、今だったら、言えるような気がした。

「成歩堂…」
「……?」

足に添えた手から一旦力を抜いて、そっと呼び掛けると、涙に濡れた彼の目が声に反応してこちらを見た。

「きみが好きだ。だから…続けてもいいだろうか」
「……!!」

静かに告げられた言葉に、成歩堂は弾かれたように顔を上げた。
まるで、その答えをずっと待っていたとでも言うように。
見開いた彼の双眸は真っ直ぐに御剣を捕えて、大きく揺れた。

「成歩堂…」

答えを促すように、頬をゆっくりと指先でなぞる。
少しの間の後。
彼の頭が、殊更ゆっくりと縦に振られるのを見て取り。
御剣は彼の足を割って中へと身を進めた。



「くっ、……ん!」

ぐいと屈み込んで唇を塞ぐと、苦しそうな声が漏れる。
少しでも腰を動かせば、その度に熱い内壁が御剣を飲み込むように蠢いて、掠れた声が上がった。
眉間にきゅっと皺を刻んで、浮き出た汗が肌の表面を濡らしている。
少し辛そうには見えるが、どうやらそれだけではなさそうだ。
初めてこうしたときよりも、幾分だが反応が良い。

「あッ、あ…っ!」

時折漏れる甘い声に煽られて、御剣は少しずつ動きを早めていった。
空白を埋めている。不思議と、ごく自然にそんなことを思った。
けれど、こうして自分のものにしているつもりなのに、彼を抱く前よりも、じわじわと大きくなる焦燥感に、胸が押し潰されそうになる。
どうしていつもこうなのだろう。
先ほども感じたけれど、たまに、本当に自分のしていることが解からなくなる。
再会した後、わざわざ留置所まで足を運んだのもそうだ。
姿を消す前のことも…。
彼と言う存在はいつも御剣の内心を掻き乱して、冷静さを失わせて、凡そ自分らしくない行動を取らせる。
それなのに、今となっては、どうしても切り離すことなど出来そうもない。
繰り返す動きに合わせて、ただ掠れた声を上げる成歩堂を見下ろして、御剣はそっと彼の頬を撫でた。
何度も繰り返して頬を撫でていると、きつく目を閉じたままだった彼がゆっくり瞼を持ち上げて、焦点の定まらない視線でこちらを見上げた。

「御、剣…?」

少し困惑したような成歩堂の声が耳に飛び込んで、ふっと唇を歪めて笑う。

「何でもない、成歩堂」

優しい声で言って、御剣は再びゆっくりと彼の中を突き上げ始めた。



「だいたい、お前はいっつも滅茶苦茶なんだよ、急過ぎるし、何も教えてくれないし」

行為が終ると、成歩堂は鬱憤を晴らすように恨みがましい声を上げた。

「…すまない…」
「いいよ、別に、怒ってないから」

言い訳の仕様もなくて、目を逸らしながら謝ると、彼は深々と溜息を漏らした。

「本当は、色々聞きたいことがあったんだけどな…」
「聞きたいこと…?」
「もういいよ、聞かせてもらったから、さっき」
「そうか…」

少しホッとしたように返事をして、少し間を置くと、御剣は思い立ったように顔を上げた。

「私も、きみに聞きたいことがあるのだが」
「何…?」
「きみが、私のことをどう思っているか、だ」
「……」

先ほど、彼に好きだと言ったとき、拒まれはしなかったけれど。
まだはっきりとした気持ちを聞いていない。
今更ながら、と言うのは解かっているし、成歩堂が滅茶苦茶だと言うのも解かるが。
だからと言って聞かない訳にも行かない。
が……。
暫くの間、無言で答えを待っていたけれど、いつになっても成歩堂は口を開こうとしなかった。

「成歩堂?」

怪訝そうに名前を呼ぶ。
続いて顔を覗き込むと、彼はようやく口を開いた。

「そうだな…。あと一年たったら、答えてやるよ」
「……!」

一瞬、言われた言葉の意味が解からなくて、御剣は目を丸く見開いた。

「ぼくだって、一年も放っておかれたんだから、御剣なら余裕だよな」

水を得た魚のように生き生きとして、笑顔を向ける成歩堂の顔。
ようやく、その意図が解かって、御剣はムキになったように声を荒げた。

「き、きみは…まだ怒っているのだな?!」
「当たり前だろ!」

悪態を吐くその腕を乱暴に掴んで、引き寄せる。

「痛…っ!」

このままで、済ますはずない。
御剣は彼に負けじとふてぶてしい笑みを浮かべた。
一年前とは違うのだ。見くびって貰っては、困る…。

「では…答えたくなるように、してやろう」
「……!?」
「存分にだ」
「え、ちょ、ちょっと…御剣?!」

ぎょっとしたように引き攣る顔を見つめて、止めろと言う慌てた声を綺麗に無視して。
御剣は成歩堂の腕を掴んで、再び彼と共にベッドに沈み込んだ。



END