告白




「ねぇ、パパ」
「なんだい、みぬき……」
 いつものようにそう返事をして顔を上げて、成歩堂は一瞬、どきりと心臓の音が跳ね上がるのを感じた。ときめきだとか、そう言う鼓動の音じゃない。
 ただ、何となく、まずいなと、そう思った。
 そして、その予感はどうやら当たっていたようだ。
 みぬきは大きな目をじっとこちらに向けながら、小さな拳をぎゅっと握り締めていた。どこか覚悟を決めたような、女の子の目。今まで、何度かだけど目にしたことがある。
 そのとき、自分は咄嗟に何か誤魔化すようなことを、彼女の気を削ぐようなことを言うべきだったのかも知れない。でも、喉をついて出たのは、ただ緊張したように強張った吐息だけだった。
 成歩堂が黙っていると、みぬきは先ほどよりも強く拳に力を込めて、それからぐっとこちらに身を乗り出して来た。そして、ゆっくりと開いた可愛らしい唇が、成歩堂をびくりとさせる言葉を躊躇いもなく吐く。
「パパ、みぬきね、パパのこと好きなの」
「みぬき、ありがとう。ぼくも好きだよ」
「違うの、そうじゃなくて、みぬきはパパが好き。愛してる」
 平静を装って告げた言葉も物ともせず、すぐに引っ繰り返されてしまう。ひたすら向けられる真っ直ぐな視線に、成歩堂は戸惑うように視線を伏せた。
「愛してるなんて、軽々しく言うことじゃないよ」
「みぬきが軽々しく言ってるかどうか、パパには解かるでしょ」
「……」
 鋭いところを突かれて、また言葉を飲んでしまった。
「みぬきには解かるもん、パパ、凄く動揺したでしょ」
「……」
 そうだ。この子に誤魔化しは効かない。解かってることだったのに、そんなことにも頭が回らなかった。
「そりゃね、びっくりするよ。大事な娘にそう言うことを言われたら」
「やっぱり、びっくりしたんだ」
「ああ、したよ」
 頷くと、みぬきは何だか少し嬉しそうに口元を綻ばせた。
「でも、良かった!みぬき、少しは見込みがあるってことだよね」
「……みぬき」
 軽く咎めるように名前を呼んで、成歩堂は思わず溜息を漏らした。どうして、そう言うことになるんだ。何の為に、大事な娘ってところを強調したと思っているんだろう。
 そう突っ込もうとしたけれど、成歩堂はまた口を噤んだ。自分でも解からない感情を口にすれば、またボロが出る。
 でも、彼女を気持ちがこれ以上育つのを、黙認は出来ない。何か、言わなくてはいけない。
「みぬき、ぼくはね」
「いいの、パパは何も言わないでね。みぬきが伝えたかっただけだから」
「……」
 言い掛けた言葉は、はっきりとしたみぬきの言葉に遮られてしまった。そして、止めてしまった言葉はそれ以上は出て来ない。
「聞いてくれてありがとう、パパ!みぬき、いつか絶対パパに好きになって貰うから」
「みぬき……!」
 それだけ言って、みぬきはこちらの呼び声にも耳を貸さず、何だか楽しそうに軽やかな足取りで去って行った。
 追い掛けたところで何をどう言って良いか解からなかったので、成歩堂は力なくソファに身を沈め、そして溜息を吐いた。この先のことを思うと、色々荷が重い。
 みぬきのことは大事だけど、本当に娘みたいに思ってる。いや、でも、それだけじゃない。けれど、何だか、それと認めるような類の感情じゃない。でも、口にしてはいけないような、そんな予感さえする。そもそも、はっきりしたことなんて何もない。戸惑うばかりだと言うのに。
「何も言わせてくれないなんて……狡いなぁ、みぬき」
 静かに呟いて、成歩堂はそっとみぬきの消えて行った扉の奥に視線を向けた。