曇硝子2




御剣の体温があまりにも近くにある。
もう慣れている温度の筈なのに、意識しているせいか、やたらと体が強張ってしまう。
それに、心臓の音が早くてうるさくて、息が上手く出来ない。

「い、嫌だ。こんなとこで…」

成歩堂は弱々しく首を振って、御剣の体を押し返そうと試みたけれど、彼はびくともしない。
弱い抵抗を無視して、首筋にキスを落とし、ネクタイを引き抜くと、耳元で囁いた。

「きみは、部屋に行けば逃げ出すだろう?」
「…っ、そんなの、ここだって一緒だ!」

声を上げた途端、御剣の掌が下衣を掻き分けて侵入して、思わず息を飲み込んだ。
直に肌の上を這う手の感触に身が竦む。
こちらの緊張が伝わったのか、御剣はわざと揶揄するような言葉を吐いた。

「一度しているのだ、心配はいらない」
「…!よ、よくそんなことが…っ!」

あんなに無理矢理しておいて。
逃げ出す成歩堂を取り押さえて組み敷いたのは、他でもない彼ではないか。
激高する自分にお構いなく、あの時よりも手馴れた様子で、彼は成歩堂の下衣を引き降ろすと、膝の裏に手を回してぐっと持ち上げた。

「あ…っ!」

そのまま左右に割り開かれて、奥へと侵入して来た指先に、恐怖で足が震える。
何よりも、こんな場所で…。
今更ながら我に返り、恐怖でいっぱいになる。

「いっ、嫌だ!誰かに…見られたら」
「大丈夫だ、外からは見えない」
「そんな訳ないだろ…!」

無茶苦茶な台詞を吐く御剣に、成歩堂はムキになって反論を試みた。
いくら、吐き出す息でガラスがすっかり白くなっているとは言え、安心出来る訳ない。
けれど、彼は至って平然としたまま、溜息混じりに吐き出した。

「心配なら、きみが早く済むように協力すれば良いだろう」
「な…っ!!」

あまりの台詞に、怒りと羞恥で頬が朱に染まる。
頭に血が昇って、一瞬何も考えられなくなった。

尚も、もがく成歩堂の首筋に御剣が唇を寄せる。

「…ぁ!や、め…っ」

濡れた舌が肌の上を這う感触に、背筋にぞくぞくと甘い痺れが走る。
力の緩んだ隙を見て、指先は更に奥まで入り込む。

「あ…っ、嫌だって、御剣…っ!」

無意識に逃げるように腰を引くと、途端、グイと無理矢理指先が埋め込まれた。

「ぐっ、ぁ…んっ!」

体の中心に走る痛みに耐え切れず、必死に首を振って痛みを訴えたけれど、聞き入れられるはずもない。

「ん、ん…ぅ、は…」

やがて。
何度も荒い息が吐き出され、鳴き声に似た声が上がり出す頃には、きついだけだったその場所が、少しずつ綻びを見せ始める。
こんなこと、信じられない。
早く逃げ出さなければ。
頭ではそればかりを思い巡らしているのに、ろくな抵抗も見せられない。

「……っ!!」

やがて、引き抜かれた指の代わりに彼のものが強引に侵入して来て、成歩堂は息を殺して痛みと衝撃に耐えた。



それから、どのくらいの時間が過ぎたのだろう。
車内には、じっとりと水分を含んだ気だるい空気が溢れて、引っ切り無しに上がる掠れた声は、自分のものではないようだ。

「狭いな」

そんな中、容赦なく突き上げる動きを続けながら、御剣がぽつりと呟きを漏らした。

「……?」

声に反応して、無意識に顔を上げる。
彼の言った内容を理解するのに、少し時間が掛かった。

「あ、当たり前だろ…!こんなところでっ」
「……」

吐き出された台詞を理解するなり、ここぞとばかりに非難の言葉を浴びせると、御剣は少しだけ黙り込んで、何か考えるような素振りを見せた。
そうして、一体何を思ったのか。
彼は突然力任せに成歩堂の体を抱き抱えるようにして、ぐいと持ち上げた。

「……?!」

組み敷かれていた体がふわりと浮いて、あっと言う間に体勢が反転して、御剣に圧し掛かる形になる。

「な、なに…」

背中からシートの感触が消えて、急に宙に放り出されたような気分に陥る。
不安に揺れる目に、いつもと何も変わらない御剣の顔が映し出された。
その形の良い唇が、ゆっくりとした動きで開いて、信じられない言葉を吐く。

「成歩堂、きみが動け」
「……え?」

一瞬、何を言われたのか解からなかった。悟ると同時に、頭にカッと血が昇った。

「で、出来るわけないだろう!そんなことっ!」
「それなら、いつまで経っても終らないが…良いのか?」
「…!な、何を…」

何故、自分がそんなことを。
だいたい、これは彼にほぼ強要されているようなものだ。
それなのに、そんなこと、出来るはずがない。

「な、何を言ってるんだよ、お前っ!」
「誰か来ても良いと言うなら、そのままそうしていれば良いだろう」
「……つ、んっ!」

そう言うと、彼は下から成歩堂の中を数回軽く突き上げた。
じわ、と走った甘い痺れに、きゅっと眉根を寄せて耐える。
けれど、体が求めるものよりも、羞恥の方が強過ぎる。
成歩堂が動けないでいると、御剣はゆっくりと手を伸ばして、成歩堂の中心に柔らかく刺激を与え始めた。

「ん…っ、い、嫌だ…っ」

這い上がる痺れに、身を捩って逃げようにも、狭い車内ではどうしようもない。

「く…っ、ん…」

それに、このままでは、本当に誰かに見られてしまうかも知れない。
そのことを考えると、どうにかなってしまいそうだ。

「御剣…っ!」

哀願でもするかのように、声を振り絞る。
けれど、彼は聞き入れる素振りなど微塵もなかった。
本当に、本気で言っているのだ。
その事実を突きつけられて、絶望的な気持ちになった。

「終らせたければ、動け。成歩堂」
「……っ!」

もう一度。
ゆったりとした、けれど有無を言わさない口調でそう言われて、息を飲む。
御剣の言葉が、まるで絶対に逆らえない威令のように耳に届いて、体が勝手に強張った。
もう、どうしようもない。
この状況から逃げ出すには、彼の言う通りにするしかない。
激しい羞恥を堪えてきつく唇を噛むと、成歩堂はゆっくりと彼の上で身を揺らし始めた。



「成歩堂、着いたぞ。起きろ」

「……ん」

何度か肩を揺さ振られて、成歩堂はまどろみの中から引き上げられた。
何とかことを終らせた後、疲れきって眠ってしまったらしい。
目を開けると、見慣れた自宅が目に入った。
痛みとだるさを訴える体を引き摺って、車を降りる。
ぎこちない動きで扉を閉めると、窓がゆっくりと開いた。

「すまなかった、無理をさせて」
「……!」

それだけ言うと、すぐに窓は目の前で閉まって、御剣の車はそのまま走り去ってしまった。

「な、何なんだよ…」

何がなんだか、全然解からない。
後に一人残されて、もどかしい思いが全身を駆け回る。
謝るくらいなら、どうしてあんなことを。しかも、二度目だ。
もっと、他に言うことがあると思うのに。
でも…。
自分の気持ちは、もっと解からない。
これから、どうなるんだろう。少しは何か変わるのだろうか。
車が完全に見えなくなるのを見送ると、成歩堂は痛みを堪えながら、自室のドアに鍵を差し込んだ。



END