Lazy Relation




「悪い、成歩堂……!ちょっと遅くなっちまった」
「遅いよ、矢張!ちょっとって、一時間じゃないか!」
「成歩堂ぉぉ、ごめんな……」
「もういいよ、別に。でも今度、何か奢ってくれよ」
「解かってるぜ!任せとけ!10円までなら奢ってやる」
 そんな感じのやり取りをしていたのは、もう七年も前のことだ。遠い昔みたいな気がするほど、ずっと前のことだ。
 ちょっと昔のことを思い出して、矢張は切ない気持ちになってしまった。
 どうしてかと言うと……。
「何だよ!まだ来てねぇのかよ、成歩堂!」
 思わず吐いてしまった悪態の通り。成歩堂と待ち合わせをしたのだけど、彼が大幅に遅れているのだ。かれこれもう三十分待っているのに、メールも何もない。そう言う矢張も、二十分遅れたのであまり人のことは言えないのだけど。通算すると五十分の遅刻だ。こうなったら、もう一時間と同じことだろう。
 じっと待ってるなんて落ち着かないし退屈だから、事務所にでも迎えに行こうか。そう思ったところで、背後から声が掛かった。
「矢張」
「……!成歩堂!遅いだろ!」
 自分の失態も忘れて怒鳴り声を上げると、さらりとした返事が返って来た。
「だってさ、お前どうせ遅れて来ると思ったから。それに合わせて来たんだけど」
「何だよそれ、可笑しいぞ!」
 前は、前はこんなことなかったのに。
「こんなんだったら、事務所で待ち合わせでいいじゃねぇかよ。俺だってたまには顔出したいんだぞ」
 そう言うと、彼は即首を横に振った。
「駄目だよ。みぬきの教育上良くないから」
「何だよそれ!」
 思い切り喚くと、成歩堂は曖昧な笑みを浮かべてこちらを見詰めた。
(……なんだよ、その顔は!)
 その目に見られると、思わず何も言えなくなってしまう。
 成歩堂、龍一。
 幼馴染で、彼が弁護士だったときにもかなり世話になった。昔は散々好き放題して、結構振り回してしまったこともある。
 でも、きっと、あの頃と彼は何も変わってない。ただちょっとだけ、やさぐれてると言うか、荒んでいると言うか。そう思いたいけど、何だかいつも漠然とした不安が消えない。
「父親がちゃんとした職についてない方が教育に良くないと思う訳よ、俺的には」
「バイトクビになってばっかりだったくせに、お前も言うようになったよ、矢張」
「それを言うなよ!」
 とにかく、こんな他愛もない会話ばかりしていても埒が明かない。自分には、ちゃんと目的があるのだ。はーっと溜息を吐くと、矢張は成歩堂の腕を強引に捕まえた。
「まぁ、いいや。行こうぜ」
「どこへ……?」
「事務所、駄目なんだろ、だったら決まってんじゃんか」
「……」
 前だったらきっとここで、言わなきゃ解かんない!とか、そんな返答が返って来るのだろうけど。成歩堂は軽い溜息を漏らしただけで、矢張に引かれるままに体を預けていた。
 何と言うか、反応がないから、こっちもムキになってしまう。彼の反応を引き出したくて、少しだけ、焦ってしまうのだ。

「決まってるって、ここかよ」
 目当ての場所に着くと、成歩堂はそんな感想を漏らした。自分だって、もう見慣れすぎている自分の家にわざわざ戻って来る気はなかったのだけど。仕方ない。
「いいから、入れって」
 ふざけたような口調でそう言うと、矢張は成歩堂の肩に腕に回して、中へと押し込んだ。

「ま、何て言うか、確かに良くないかもな、教育上」
「何言ってんだよ、今更」
 徐にベッドの中に引きずり込んで体を寄せると、成歩堂は溜息混じりにそう返して来た。
 気だるい物言いと視線に、何だか胸がざわざわする。
 そんな嫌な感触から逃げたくて、矢張は夢中で成歩堂の首筋に顔を埋めた。
「いてっ!痛いよ!」
 物凄く性急に指先で押し入ると、成歩堂は本当に痛そう声を上げて身を捩った。そりゃ、そうだろう。何度もこう言うことをしていても、女の子とは違うのだ。それは解かっているのだけど。
「解かってるんだけどなぁ」
「くっ、ぅっ!」
 酷薄な言葉をさらりと吐きつつ、矢張は埋め込んだ指先をぐるりと回すように蠢かせた。びく、と投げ出したままの両足が引き攣る。
 でも、こうして繰り返していると、やがて反応が良くなって来ることも知っている。
「うっ……、や、はり、痛いって……」
 そんな風に訴える彼を見て、少しだけ、胸がすくように思うのは、何でか解からないけど。
 ただいつも安心したくて、彼が変わってないことを安心したくて、ちょっと無茶なことをしてしまう。
「大丈夫だって!これから優しくするから、任せとけ!」
「全く、酷いヤツだよ、お前は……」
 彼はそう言って目を閉じると、矢張を押し返すようにしていた手からそっと力を抜いた。

 その後。
 お互いだるそうにベッドに身を投げ出した状態で、矢張はぼんやりとした声を上げた。
「なぁ、成歩堂」
「ん?」
「お前、ちゃんと幸せなのかよ」
「何だよ、急に」
 と言うか、あんなに無茶苦茶しておいて言う台詞か。
 そうとでも言いげな怪訝な目で、成歩堂がこちらを見る。
 そりゃ、自分でも何を言ってるのかと思うけど。何だか、聞かずにはいられなかった。
「いいから、答えろって」
 急かすように声を荒げると、成歩堂は小さく溜息を吐いて、それからだるそうに口を開いた。
「幸せに決まってるよ、みぬきがいるから」
「……」
「それに、お前もいるしね」
「……!!あ、そう、そうよなぁ?」
「そうだよ」
 そう言われて、一気に有頂天になってしまった自分の方は本当に相変わらずだけど。
 まぁ、そんなことは何でもいい。彼が幸せだと言うならそれでいい。
 締まりのない笑顔を浮かべる自分に、成歩堂は意味有り気な笑みで口元を綻ばせた。