Little Lover
みぬきがビビルバーのショーに出かけ、成歩堂はいつものようにふらりといなくなり…。
事務所で王泥喜が一人留守番をしていると、夕方頃、珍しいお客がやって来た。
珍しいお客・・・と言うよりは、客自体が珍しいのだが…。
「ごめん下さい。どなたか、いらっしゃいますでしょうか」
控えめな声と、少し丁寧過ぎる挨拶。
必死に掃除をしていた王泥喜は、声に気付いて慌てて顔を出した。
「は、はい!いらっしゃいませ!成歩堂なんでも事務所です!」
目の前に飛び込んで来たのは、みぬきと同じ年くらいの女の子。
妙な和装に、淡い茶色の髪の毛に、白い肌に、くりくりの大きな目。
(う、うわ…。随分可愛い子だな…)
それに、大人しくて、いかにもおしとやかそう。
第一印象はそんな感じだった。
つい、じっと顔を見ていると、その少女は何だか照れたように、両手で頬を覆った。
「あ、あの…失礼ですが、あなたさまは…?」
「……あ」
折角来てくれたお客さんを、ぼうっとして逃してしまってはいけない。
王泥喜はすぐに我に返ると、しゃきんと背筋を伸ばして笑顔を作った。
「す、すみません!俺は王泥喜法介です。弁護士です!」
「では…あなたが…!」
「……?」
「あなたが、ここの新しい弁護士さんなのですね。そう言えば…そのバッジは、確かに…」
大きな声で挨拶すると、片手で口元を覆った彼女から、意外な反応が返って来た。
「……?俺を、知ってるんですか?」
「いえ…。そう言う訳ではないのですが…」
尋ねると、彼女は再び両手で頬を覆った。
何だかよく解からないけれど、事情がありそうだ。
「…あの、立ち話もなんですから、良かったら中へどうぞ」
お茶くらい出しますよ。
そう言うと、少女は嬉しそうに笑って、こくんと頷いた。
ごちゃごちゃに物が詰め込まれた、整頓されていないようでされている事務所。
そこに窮屈そうに置いあてるソファに、彼女はきちんと姿勢を正して腰掛けていた。
王泥喜がお茶を出すと、丁寧に頭を下げて、それから口を開いた。
「実はわたくし…風の噂で、この事務所に新しい弁護士さんがいらしたと聞いて、いても立ってもいられず、来てしまったのです」
「え……?」
新しい弁護士と言ったら、この自分のこと以外にない。
一体、何がいても立ってもいられないのだろう。
「ですが、新しい方が殿方で安心致しました。それに、こんなにご立派なツノまでお持ちで…」
「……??」
何を言われているのか解からなくて、物凄く訝しげな顔になる。
でも、ふざけている様子はない。
「あ、あの、それは…どう言うことですか?」
意図が理解出来ずに尋ねると、彼女は突然、すぅっと厳しい表情になった。
「それは勿論…なるほどくんのことが心配だったからです」
(……え?)
「な、なるほどくん?」
なるほどくんとは…。
察するに、成歩堂龍一…のことだろう。
それは解かるけど、まだ意味がさっぱり解からない。
王泥喜がぽかんとしていると、彼女は更に続けた。
「わたくし、新しい弁護士さんの噂を耳にしまして…。もしその方が女の方で、なるほどくんと四六時中ご一緒だと思うと、もう、いても立ってもいられず…!!こうして来てしまったのです!ええ、それはもう、我慢出来ずに!!」
「え、え…?」
突然、その子は物凄い勢いで声を荒げると、ぐいと和服の袖口を捲り上げて叫んだ。
(な、何なんだ、この子は、一体!)
圧倒的な迫力に気圧されて、王泥喜が返す言葉をなくしていると、不意に背後から聞き覚えのある声がした。
「春美ちゃん…?」
「……!なるほどくん?」
いつの間に帰って来たのか。
事務所の扉から顔を覗かせていた成歩堂の目は、少女の姿を認めると、驚きに見開かれた。
そして、次の瞬間。
「なるほどくん!!」
「……わっ!」
呼び声と共に、ドン!と言う衝撃が来て、王泥喜はその場からすっ飛ばされてしまった。
何事かと振り向くと、その少女が成歩堂に向かって走り寄り、彼の腕に抱き抱えられているのが見えた。
場面は少し違うけれど…何だか、このパターンは覚えがある…。
少し前に訪れて来た女刑事が、今と同じように王泥喜を押し退けて、成歩堂の方へと走って行ったような・…。
「春美ちゃん、来てたんだね」
「はい、お久し振りです、なるほどくん」
そんな回想に浸っている間にも、二人はにこやかに挨拶を交わして、事務所の奥へと入って来た。
「申し遅れました。わたくし、綾里春美と申します。不束者ですが、どうぞ宜しくお願いします」
「あ、いえ…。ど、どうも、ご丁寧に…」
深々と頭を下げられ、王泥喜は視線をあらぬ方向に逸らしながら返事をした。
成歩堂の知り合いだと思うと、何だか対応に困る。
しかも、今の挨拶、ちょっと可笑しくないか。
普通…不束者、だなんて言わないだろうに。
それに…。彼女、春美がここへ来た目的。
『なるほどくんが女の方と四六時中ご一緒だと思うと、もう、いても立ってもいられず』
それはつまり、嫉妬…と言うヤツで。
彼女は、成歩堂が好きなんだろう。
彼の方は…いつもみぬきを子供扱いしている訳だし、考えるまでもなさそうだが…。
いや、でも…万が一、と言うことも…。
王泥喜が、そんな果てしない妄想へと意識を飛ばしている間にも、二人は何だかんだと盛り上がっていた。
「じゃあ…今度また、一緒に遊園地にでも行こうか」
「はい!わたくし、お勧めの場所があるのです」
成歩堂の提案に、春美は嬉しそうに頷いて、バッグの中から雑誌を取り出した。
遊園地の特集が載っているらしく、二人はそれを楽しそうに見ている。
面と向かって会話に混ざれなかったので、王泥喜はそれを横目でちらりと見てみた。
この雑誌、何だか、見覚えがある。
少し前に、茜が持って来たものと同じような…。
「人気あるんですね、ここの遊園地。確か前に、茜さんが行こうと言っていたのと同じ…」
何気なく…そう口にした、直後。
「しっ!オドロキくん!」
「もが……!」
急に、慌てた様子の成歩堂にガバリと口を塞がれ、王泥喜は変な声を上げた。
一体、何事か。
何が起きたのか解からず、目を見開いた王泥喜は…目の前の美少女の笑顔がみるみる曇り、瞬く間に怒りの表情に摩り替わるのを目撃した。
そして……。
「い、今…何とおっしゃったのですか?なるほどくん!」
「い、いや…。ち、違うんだよ、春美ちゃん」
「女の方と、遊園地に…?!わたくし、許しません!」
パァン!
「……!!」
小気味良い音がして、春美の渾身の平手が成歩堂の頬に直撃するのが見えた。
更に…。
「だから、その…茜ちゃんとは何も…」
「言い訳するのですか!恥をお知りなさいっ!!」
パン!パン!
「……!!」
成歩堂の弁解など、全く聞く耳持たず…。
連続で飛んで来た平手のせいで、成歩堂の顔が大きく左右に揺れるのがみえた。
(う、うわ……)
他人事ながら、物凄く痛そうだ。
しかも、春美はそのまま、勢い良く事務所から走って出て行ってしまった。
「だ、大丈夫ですか?!成歩堂さん」
あまりのことに、暫くは呆然としていたけど。
弾みでソファからずり落ちた成歩堂に駆け寄って、彼を抱え起こす。
まさか、この彼に手を上げる人物がいたとは。
いや、真っ先に殴った自分が言うのもなんだけど。
「あの、すみません…。俺…余計なこと言っちゃいましたか?」
うろたえながら尋ねると、成歩堂は真っ赤に腫れ上がった頬を掌で擦りながら、こちらに顔を上げた。
気のせいか、ちょっと目が潤んでいる。
「まぁ、ね…。あの子に女の子の話題はタブーなんだよ。例え誰のことでも」
「そ、そうなんですか…」
「みぬきのことも、説得させるのに凄い大変だったんだよなぁ…」
全く…参ったよ。
そう言って、成歩堂は本当に困惑したように、ニットから覗いた目を曇らせた。
彼のこんな顔は、何と言うか…初めて見る。
それに…。
今までの出来事を総合すると、どう考えても、この二人…。
(つ、付き合ってる…?!)
それしか、考えられないではないか。
ちょっと嫉妬深いけれど、かなり可愛くて、みぬきとそんなに年の変わらない、女の子…。
可哀想だけど、茜には最初から見込みはなかったのか…。
(ま、まずい。何だかドキドキしてきた)
「やれやれ、ぼくちょっと、追い掛けてくるよ」
「はい!解かりました!み、みぬきちゃんにはナイショにしますから!俺、応援します!」
「……」
王泥喜がそう叫ぶと、成歩堂は何故か酷く疲れたような顔をして、深い溜息を漏らした。
「誤解だよ、それは…」
成歩堂はそう呟いたのだけど、その声は王泥喜の耳には届かなかった。
そうして、まだ痛そうな両の頬を撫でつけながら、彼は事務所を出て行った。
いつもより少し元気のない、その姿を見送って。
初めて知った彼の恋人の秘密に、ちょっと胸がドキドキして、王泥喜はその日一日中落ち着かなかった。
END