真夜中のキス
新しく出来たパパ…成歩堂龍一は、ちょっと頼りないけれど、とても優しくて、みぬきのことをよく気遣ってくれた。
本当のパパがいなくなって凄く寂しかったけれど、このパパといると、何とか耐えられそうな気がした。
そうして、一緒に暮らすようになって、数年が過ぎた頃。
ある時、二人仲良く歩いていたら、突然知らない男の人に声を掛けられた。
「成歩堂先生じゃないですか」
「ああ…。お久し振りです。でも、ぼくはもう、先生なんかじゃありませんよ」
そう言うときの成歩堂の顔はいつも少し寂しそうで、みぬきはすかさず二人の間にずいっと割り込んだ。
「パパのこと、いじめないで下さいね、オジさん」
にっこりと笑顔を作ると、相手の男の人はかなり驚いた顔になった。
「成歩堂さん?パパって…」
「ああ…紹介します。みぬきです。ぼくの、娘です」
成歩堂がみぬきを紹介すると、相手はますます驚いたようだった。
でも、何だかんだで納得してくれて、最後にこんなことを言い残した。
「じゃあ、成歩堂さんには、この子のママになってくれる人が必要かも知れないね」
「ははは、そうですね」
成歩堂は笑っていたけれど、その言葉に、みぬきは急に不安になった。
(そんなことになったら、パパは他の人のものになっちゃう)
そう思って、慌てて成歩堂を見上げたけど、彼の態度には何の動揺も見当たらなかった。
取り敢えず少しホッとする。
でも、いつか、成歩堂の気持ちは変わってしまうかも知れない。
みぬきは知っている。
このパパが、結構…女の人に弱いこと。
何とか、しなくちゃ。
みぬきは小さな腕を組んで、うーんと首を傾げた。
夜中になって、みぬきは成歩堂のベッドによじ登ると、彼の腰のところを跨いで馬乗りになった。
「ねぇ、パパ」
そして、そっと声を掛けて起こす。
「ん…?どうしたんだい、みぬき」
暫くすると、成歩堂はゆっくりと眠そうな目を開き、みぬきに気付いて、顔だけこちらに向けた。
起き上がると、上に乗っかっているみぬきが落っこちてしまうからだ。
「もしかして、また眠れないのかい」
「うん、そうなの、パパ」
「何か、怖い本でも読んだのかい」
「そうじゃないの。パパにお願いしに来たんだ」
「……?」
深刻な顔で言うと、成歩堂は一度目を擦って、それからこちらに向き直った。
「何だい、言ってごらん」
「うん、あのね…」
みぬきは、一度大きく息を吸い込んで吐き出すと、少し乗り出すようにして、成歩堂の顔を覗き込んだ。
「あのね…みぬき、パパに、大人の女にしてもらいたいの」
「……?どうしたんだい?急にそんなこと言い出すなんて」
流石に、少し驚いたような声が聞こえた。
でも、それはほんの一瞬のことで、成歩堂はすぐに優しく諭すような目をこちらに向けた。
「みぬきはみぬきだよ、まだ子供でいいんだよ」
みぬきは必死で首を横に振る。
「それじゃ駄目なの、お願い!パパ」
「みぬき、そう言うことはね…もっと大きくなって、好きな人に言う事だよ」
成歩堂の手がゆっくり伸びて、みぬきの頬を撫でた。
優しくて温かい、男の人の手。
でも、本当のパパに撫でられるのとは、少し違う。
「解かってるもん、そんなこと。だから言ってるの。みぬき、パパがいい」
みぬきはムキになって声を上げた。
解からずやの新しいパパに、何としても聞き入れて貰おうと思って。
「お願い、パパ」
圧し掛かったままで、ぐい、と顔を寄せて頼むと、成歩堂は少し黙り込んで、それからこくんと頷いた。
「うん……いいよ」
「本当?!」
「ただし…今はまだ駄目だ」
「……!」
パッと顔を輝かせたみぬきだけど、すぐにがっかりする羽目になってしまった。
「どうして?!」
「みぬきがもっと大人になったらね」
「も、もう大人だもん!」
「でも、まだ駄目だ」
きっぱりと言われてしまって、みぬきは力なく俯いた。
「それじゃあ、駄目なの…。みぬきが大人になるまでに、パパはきっと、他に好きな人が出来ちゃうよ…」
「みぬき…」
「そうなってからじゃ、遅いのに…。みぬき、子供かも知れないけど、誰よりもパパのこと好きなのに。年が追いつかないだけで、狡いよ、そんなの…」
そう言うと、成歩堂の手が頬からこめかみを伝って、ゆっくりと頭の後ろに回された。
そのまま、ぐいっと側に引き寄せられる。
「心配いらないよ、みぬき…」
みぬきの耳のすぐ横に唇を寄せて、成歩堂は優しい声で囁いた。
「約束するよ、みぬきが大人になるまで、誰とも恋はしない」
「…本当なの?パパ?」
「勿論だよ。それに…ぼくがもし約束を破ったら、みぬきにはちゃんと解かるだろう?」
そう、何故か解からないけれど、みぬきには相手が嘘を吐いたり何かを隠していると、すぐ解かるのだ。
「うん……」
ようやく納得したように、みぬきは首を縦に振った。
「じゃあ、パパ…。キスしてもいい?」
「うん、いいよ」
頷いた成歩堂に顔を寄せて、いつもしているように、みぬきは彼の額に唇を寄せた。
額の後は、鼻に、頬に、髪に。
唇にしようとすると、そっと人差し指で止められた。
「こっちは…その時までとっておこうね」
「…うん、解かったよ、パパ」
「じゃあ、お休み、みぬき」
そう言って、今度は成歩堂の方からみぬきの頬に優しく唇で触れて来た。
その時したキスは、いつもするお休みのキスより、ほんの少しだけ、大人の味がした。
END