Merry Christmas




「では、わたくしはこれで…」

クリスマスイブに夕方からパーティを開いて、何だかんだと飲んだり食べたり騒いだりした後、急に春美がそんなことを言い出した。

「え、春美ちゃん、泊まって行かないの?」

てっきり今日は、真宵と自分と春美の三人でお泊りだと思ったのに。
成歩堂が尋ねると、春美は少し照れたように手の平で頬を覆った。

「ええ、お二人のお邪魔になりますから」
「ええー帰っちゃうの、はみちゃん!」
「申し訳ありません、真宵さま。でも、今日はクリスマスイブですから…是非なるほどくんとお熱い夜を過ごされて下さいね」
「は、春美ちゃん!」
「もう、はみちゃんてば…!」

結局、春美は何だか浮き足立った様子で倉院の里に帰ってしまった。

真宵と二人だけになった後も、最後までこちらを見つめていたうっとりした春美の目を思い出して、成歩堂は溜息を吐きたくなった。
あの子の思い込みは本当に困ったものだ。
でも、誤解をきちんと解く方法も解からない。
その前に、真宵はどう思っているんだろう。
最近は、何だか一緒になって面白がっているような気がする。
明らかに遊ばれている。
ソファに腰掛けながら頬杖を突いて、ぐるぐると考え込んでいると、不意に真宵の呼び声が掛かった。

「なるほどくん」
「ん……?」

声に反応して顔を上げる。
途端、口元に何かが軽く触れた。
柔らかくて温かい感触。

(……?!)

何事かと、よく目を凝らして見ても、何も見えない。
何かがアップになり過ぎていて、視界がぼやけているから。

(え……)

一体、何が起きたのか。
成歩堂がそれを悟ったのは数秒後のことだった。
間近にあった、黒とか紫とかの物体がゆっくりと離れて、見慣れた真宵の姿が浮き上がる。

(え……え……?)

どうして、真宵がこんなにアップに?
じゃあ、たった今口元に触れた感触は、まさか…?!

「ま、ま、真宵ちゃ…」

引き攣った声を漏らしながら、思わず目を見開くと、目の前で真宵が声を上げて笑い出した。

「あはは、びっくりしてる」
「…!あ、当たり前だろ!な、な、何するんだよ、いきなり!」
「だって、はみちゃんに言われた手前、一度くらいはちゃんとしておこうかな、と思って」
「だ、だからって、しないだろ!普通は!」
「そうかも知れないけど…。でも、そんなに怒らなくても…」
「え、あ…」
「そんなに嫌だったんだね、なるほどくん」
「え…え…?」
「なるほどくんにそんなに嫌われてるなんて、あたし…知らなかったよ」
「ち、違うよ、真宵ちゃ…」
「もういいよ。あーあ、折角クリスマスイブなのになぁ…」

そう言うと、彼女はくるりと成歩堂に背を向けてしまった。
凡そ真宵らしくない、あんまりにも暗いその声に、成歩堂は焦って彼女の顔を覗き込んだ。

「ま、真宵ちゃん!ちょっと待って!そうじゃなくて、ちょっとびっくりしただけで…」

必死にフォローしようとそこまで口にして、成歩堂は真宵の肩が震えていることに気付いた。

(ま、まさか!!)

もしかして、泣いている?

「真宵ちゃん、だから、ぼくは…」

慌てて取り繕うとしたけれど、すぐには言葉が出て来ない。
一体、どうしたものか。
成歩堂が青褪めたり赤くなったり汗だくになっていると、突然泣いているはずの真宵から思い切り楽しそうな笑い声が上がった。

「なんてね!びっくりした?なるほどくん」
「……!!」

くるりとこちらに向けられた、いつもと変わらない真宵の笑顔に、思わず言葉もないほど驚いて目を見開く。
やられた。
さっきのは、泣いていたんじゃなくて、笑いを堪えていただけだったのか…!
からかわれたことに気付いて、成歩堂は深い溜息を吐いた。

「全く…。あんまりふざけてないで、そろそろ片付けるよ」
「うん、そうだね」
「今日買えなかったから、明日買いに行くんだろ、クリスマスプレゼント」

確か、トノサマンのグッズが大量に欲しいって、もうかなり前から騒いでいた。
明日はきっと、また彼女の買い物に付き合わされて大変な目に遭うんだろう。
考えただけで疲れる。
でも。
ぐったりと肩を落とす成歩堂に向けて、真宵は意外な言葉を告げた。

「うーん、プレゼントは、いいや」
「……え?」
「今年はもう、いらないかな」
「な、何で?あんなに楽しみにしてたじゃないか。遠慮とかだったらしないでね」
「そんなんじゃないけど…でも、いいや」

真宵はそう言って、今までの全開の笑みとは違って、何だか大人びたような顔をして笑った。

(な、何だよ…)

―もういらない。
それが、今年からはもういらないと言う意味なのか、もう貰ったからいらないと言う意味なのか。
少しだけそんなことを考えたけれど、今更ながらあの感触を思い出して妙に気恥ずかしくなって、口に出すことは出来なかった。



END