熱
真夜中、何だか酷く喉が渇いて、成歩堂は目を覚ました。
(あれ……?)
見覚えのない天井が目に止まって、咄嗟に起き上がり、はっきりとしない頭で考えを巡らせる。ぼんやりとした視界を凝らして辺りを見回すと、すぐに自分の状況を思い出した。
ここは、ホテルだ。小学校、中学校と一緒だった元クラスメイトの結婚式に呼ばれて、その後泊まったんだ。式は夕方からで、場所も自宅から日帰りするのはきつかったから、こうして泊まることになった。
式の間も、その後の飲み会でも、懐かしい顔ぶれに会ったせいか、かなり盛り上がって、酒も沢山飲んだ気がする。
でも、その中に御剣怜侍の姿はなかった。
ふと、脳裏に浮かんだ元親友の顔を思い出して、成歩堂は溜息を吐いた。
(喉、渇いたな……)
もうとっくに日が沈んでいると言うのに、室内はうんざりするほど蒸し暑くて、クーラーを全開にしてもあまり涼しくならない。
そのせいか、寝苦しくて敵わない。
ぐしゃぐしゃと尖った髪の毛を指先で掻き混ぜると、成歩堂はドサっと再びベッドに背を預けた。
寝苦しい空気が肌に纏わりついている。それに、体温もやたらと高い。まるで、まだ酔っているみたいだ。
(何だろう、これ……)
暑いと言うよりは、熱を持っている、と言う感じだ。
(何だか、気持ち悪いな……)
肌に纏わり付く衣服が不快で、成歩堂は着ていた衣服を緩めた。それでも、状況は一向に改善されない。それどころか、体の芯まで熱に侵されているような気までする。これは、気温と湿度のせいだけじゃない。
もしかしたら。
二次会、いや、数人しかいなかった三次会辺りで、酔っ払って悪ノリした何人かが、皆の目の前でふざけてキスをした。しかも、かなり濃厚なのを。
皆がはやし立てる中、成歩堂は一人無言になってしまって、見開いた目をそこから離すことが出来なかった。
他人のああ言う場面には、あまりお目に掛かりたくないものだ。
でも、別にもう、子供って訳じゃないのに。何だか、まだ小さい頃に、うっかりと目に入って来たそう言うシーンにドキドキして、悪いことでもしたような気分になって、なかなか寝付けなかった夜に似てる。あとは、大学に入って、初めて可愛い彼女が出来たばかりの頃の、高揚する気持ちに。
とにかく、何だか落ち着かない。
気分を変える為に夜風に当たろうにも、今日は本当に風一つない。窓を開けてみて、成歩堂は湿気と蒸し暑さに眉を顰めた。
仕方無い。こうなったら、もう少し酒でも飲んで落ち着こう。
そう思ったけれど、もうホテルのバーもレストランも営業なんてしていない。ロビーの横にあった自動販売機に、ビールくらいは売ってるだろう。
気だるい体を無理矢理起こしてシャツに着替えると、成歩堂は財布をポケットに突っ込んだ。
廊下に出ると、辺りはシンと静まり返っていた。皆、もう眠っているんだろう。真夜中だから当然だ。
薄暗い明かりがともる廊下をエレベーターの前まで進んで、成歩堂はボタンを押した。
その、途端。
「あれ、成歩堂?」
「……!」
開いたエレベーターの前で、成歩堂はよく見知った人物と鉢合わせた。
「や、矢張!?」
そう言えば、彼も式には出ていたんだっけ。
それに、ホテルにも泊まるって言っていたような。でも、三次会には姿が見えなかったのに。今まで何をしていたんだろう。そう思って視線を巡らせると、彼の手に数本のビールの缶が入った袋が提がっているのが目に留まった。ホテルで買い物したものじゃない。どこか、外のコンビニにでも行っていたのだろう。
「いや〜暑いよなぁ、今日はさ」
何も言わず前に立ち尽くす成歩堂の視線の先を見て、矢張はそう言って笑ってみせた。
少し目を逸らして、照れたような顔。彼のこんな表情には見覚えがある。
何かを、悟られたくない、何かを隠しているときの顔だ。だから、その代わりに誤魔化すように笑って見せたと言うような。
成歩堂は溜息を吐くと、彼の警戒心を解くように、同じく笑みを浮かべてみせた。
「本当に暑いよな。だから、なんだか寝付けなくてさ」
そう言うと、矢張はふーんと首を傾げながら相槌を打ち、それからすぐに笑顔になった。
「じゃあ飲もうぜ、一緒に」
「……うん、そうだね」
成歩堂が自動販売機でビールを買うのを待って、二人はエレベーターに乗り込んだ。
深夜の、誰もいない静かな広いホテルで、別にこそこそする必要もないのに、声を殺して会話している。何だか、たちの悪い遊びでもしているような変な気持ちだった。
「お前、何階?」
「ええと……、ぼくは九階」
「……そっか」
矢張は頷いて、九階のボタンを押した。どうやら、飲み会の会場は成歩堂の部屋らしい。
エレベーターの中で、二人はどちらからともなく無言になった。
部屋に着くと、扉を開けるなり、ずかずか入り込んだ矢張は眉を顰めた。
「やっぱり……ここもあっついな」
「クーラー付けてるけど、一応……」
「空調悪いな、ホテルに言えばいいんじゃないのか」
「いいよ、別に。じゃあ、お前の部屋に行く?」
「うーん、俺の部屋も変わんねぇぜ、きっと」
「……そっか」
そんな会話の後、リモコンの設定温度をかなり低くして、矢張と成歩堂はカーペットが敷かれた床に直に座り込んだ。
「ま、とにかく飲もうぜ」
「うん……」
頷くと、成歩堂は矢張の持っていたビールの缶を無言で奪った。
そのまま一気に流し込むと、強い酒で潤った喉の奥は焼けたように熱くなった。
「成歩堂!お前、俺の酒を……」
手間を掛けて買って来た酒を奪われた矢張は、呆れたように抗議したけれど、すぐに気を取り直したのか、新しいビールの缶を開けた。
この状況で無駄に口喧嘩するのは、何だか馬鹿馬鹿しかった。
「なぁ、お前、何で来なかったんだ、三次会」
「いや〜別に……」
何度か缶に口を付けた後、先ほどから抱いていた疑問を口にすると、矢張は照れたように頭を掻いて視線を逸らした。
「……まぁ、言いたくないならいいけどさ」
「何て言うかさ、二次会で新婦の友達の可愛い女の子が……」
「は……?」
「政志くん、一緒に抜けましょうって、誘って来てくれたからさ」
「……え」
「二人で飲みに行ってたんだよな」
「さ、最低だなお前、よくもそんな手の早い……」
「いいじゃねぇかよ!出会いは大切なんだぜ!」
矢張のこう言う行動力は、本当に見習いたいと思うこともある。
成歩堂が変に感心する中、矢張は腕組みをして、何だか難しい顔になった。
「でも、ちょっと途中で逃げられちゃってさ」
(……え)
一体、逃げられるような、どんなことをしたのだ。
「いや〜参るよな、途中でお預けって言うのは」
「そ、そう……」
成歩堂は曖昧な笑みを浮かべて、相槌を打った。
つまりは、手を出そうとして逃げられたと言うことか。よくそんなに、あっと言う間にそう言う関係まで持ち込めるものだ。
「じゃあ、今結構落ち込んでるんだな、お前」
そう言って、肩透かしを食らった矢張に成歩堂はからかうように告げたけれど、この……自分の中に燻っている可笑しな昂ぶりだって、彼と似たようなものだ。
二人揃って寝付けなくて、おまけに中途半端な熱を持て余してる。
それ切り、何だか口数が少なくなって、暫くもくもくと酒を飲み続けた。御剣のことを口にしようとしたけれど、気分が沈んでしまいそうで、言えなかった。あいつはどうしているんだろう。矢張は、御剣の噂を知っているんだろうか。
口を開いたが最後、余計なことまで口走ってしまいそうで、成歩堂はひたすら缶に口をつけていた。
部屋には独特の空気が流れて、自分たちの周りだけゆっくりと時間が過ぎているような気がする。
強い酒で熱くなって蒸発した体の水分が、狭い部屋の空気と交じり合って絡み付く。
居心地が良いとは決して言えないのに、ここから動くのは酷く億劫だ。
そんな状態のまま、どの位経っただろうか。
「酔えねぇなぁ……」
突然、沈黙を破るように、矢張がゆっくりと口を開いた。
「……」
低く、軽い舌打ちと共に吐き出された言葉に、成歩堂は反応して顔を上げた。その途端、いつの間にか彼の顔がやたらと近くにまで寄せられていて、目を見開いた。
「な、何だよ?」
間近で顔を覗き込まれて、怪訝そうに言うと、矢張の目はばちりと瞬いた。彼のこう言う表情は知っている。小さな頃からそうだった。ろくでもないことを企んでいる、ろくでもない顔だ。
「あのさぁ、成歩堂」
その思いを肯定するように、彼はますます身を寄せると、成歩堂の耳元で小さく囁いた。
「どうせ、このままじゃ寝付けねぇだろ。だからさ、折角だし……」
言いながら、矢張は徐に手を伸ばして、成歩堂の腰を抱き、ぐいと自分の方に引き寄せた。
「わっ、な、何……」
抗議の声を上げようとした唇が、ぐっと近付いて触れて来た温かいものに塞がれて途絶えた。見開いた双眸に、矢張の顔がぼやけるほど近くに映し出されている。
「……っ!」
何をされているのか悟って、成歩堂はカッと頭に血が昇った。
口元に触れている生温かい感触は、紛れもなく矢張のものだ。つまりは、何だか知らないけれど、彼にキスされている。
「んっ、んんっ」
すぐに腕を上げて彼の体を押し返そうとしたけれど、信じられないような力で抑え込まれてしまった。
(な、何やってるんだ、こいつは!)
胸中で突っ込んでみても、言葉を返す者はいない。
矢張は、まだ熱心にキスを続けている。ふと、蠢く柔らかい舌先と、吸い付くような動きに、成歩堂の脳裏には以前の情景が浮かび上がった。
あれは、一年くらい前。戯れで、矢張とこんなことをしたことがある。飲みに行った帰り、彼女にふられて自棄酒をしてべろべろに酔った矢張が、抱き付いてキスをして来た。あれは女の子と間違えていたに違いない。案の定、深いキスの後、肢体をまさぐろうと蠢いた彼の手はぴたりと止まった。相手が柔らかい女の子じゃないって気付いたからだろう。
でも、今はそれと状況が違う。彼は明確な意思を持って成歩堂に触れている。何をしようとしているのか、本能的に悟ってしまうほど。
ようやく解放されると、成歩堂はすっかり濡れた唇をぞんざいな仕草で拭いながら、無言で矢張を睨み付けた。何か言おうとしたけれど、呼吸が上がってしまって、上手く言えないに違いないから。
けれど、彼はこちらの様子などお構いなしに、上機嫌な様子で言った。
「なぁ、成歩堂」
このまま、続けてもいいだろうと、彼の声が促している。それは何となく解かるけれど、まだよく状況が理解出来ない。
でも、矢張に抱き寄せられて触れられている部分がやたら熱い。
先ほどまでの深いキスに反応して、とくとくと、少しずつ脈が早くなっているような気がする。否定のない自分の反応を了承と取ったのか。矢張の手がこちらに伸ばされた次の瞬間、ドサっと言う音と共に、成歩堂の視界は大きく反転した。
「矢張……っ」
我に返って声を上げたときには、上に圧し掛かられて満足に身動き出来なくなっていた。その上、再び唇にちゅ、と音を立てて吸い付かれて、ぎくりとする。
「な、何するんだよ!!」
肢体を押し返そうと肩に力を込めながら睨み付けると、矢張は相変わらず機嫌が良さそうに笑った。
「興奮して寝付けないんだろ、お前もさ。だったら鎮めればいいじゃんかよ。こういうの、何て言うか、お互い様ってやつだろ?」
耳元でそう言うと、矢張は徐に成歩堂のシャツに手を掛かけた。
「……っ、おい、矢張……っ」
本気なのかと、そう言い掛けようとしたけれど、いきなりシャツの中に潜り込んで来た指先の感触に驚いて息を飲む。
汗で潤った胸板の上を這う指の感触に、思わずぞくりと身震いした。
「……っ!止め……」
一瞬走り抜けた快感に肌が粟立ち、慌ててその顔を掴んで引き剥がすと、矢張は何だか楽しそうな顔をしながら、こちらを見て笑みを浮かべた。
「……っ!!」
(や、矢張のくせに!)
反応を見透かされた羞恥で、成歩堂はカァッと頬を赤らめた。
本当なら、こんな状況でちょっと彼にこうされた位で、こんな気分になったりはしない筈だ。
でも、何故かこんなことになっている。確かに、今晩の自分の様子はおかしい。いや、自分たち、は。
昔から知ってる親友相手に、彼は何をしようとしているのだろう。本気で拒絶出来ない自分も可笑しい。
でも、事実、体の中心は先ほど一瞬だけ与えられた刺激を更に求めて、じくじくと疼いている。
黙り込んだ成歩堂を見て、肯定と受け取ったのか、矢張は行為をさっさと進めようとしている。でも、何故か不満を漏らす気にもならなかった。
指先で成歩堂の顎をそっと掴んで上を向かせ、もう一度唇を重ねると、矢張は強引に成歩堂の唇を割って、口内に舌を侵入させて来た。
「ん……っ」
差し入れられた濡れた舌が逃げようと蠢く成歩堂の舌を絡め取り、軽く吸い上げる。水音がやたらと卑猥に聞えて、思わず耳を覆いたくなった。
けれど、圧し掛かっている矢張の体も、自分と同じように熱くなっているのが解って、成歩堂は懸命に体の力を緩めようと努めた。
唐突に足が割られて、その間に体が押し込まれる。
絡んだ舌を一端離すと、今度はそれが口内を柔らかく蹂躙し始めた。
触れているどの部分からも、じわじわと妙な感覚が沸き上り、呼吸が乱れる。
(ど、どうするんだ、こんなこと、して……)
キスだけで、終るはずない。
部屋に溢れかえった空気で、それくらいのことは解かる。
でも。
「う……っ」
不意に、キスを止めた矢張の唇が、成歩堂の首筋に触れて、びくりと反応を返してしまった。
濡れた感触に、肌の表面が粟立つ。でも、不快さからではない。
それどころか、たったこれだけのことで、腹の奥底からじわじわと刺激を感じる。体内の血液が、下肢に集中するのが解かった。
こうなると、もう、早く何とかして散らしてしまいたい。それしか考えられなくなっていた。
矢張の手が胸元を弄って、脇腹の辺りを伝って下へと伸びてくる。
「あ……っ」
くすぐったい様な刺激に身を捩りながらも、成歩堂は思わず吐息のような声を漏らした。
その唇が噛み付くように塞がれて、呼吸が詰まった。
ベルトが引き抜かれて、矢張の手が敏感な部分にまで触れてくる。
こんな風に他人の手に触れられるのは随分と久し振りで、直接的な刺激にびりっと痺れるような快感が這い上がる。
でも、羞恥を感じない筈はない。
幾ら相手が矢張でも、いや、矢張だからこそだ。
無意識に腰を浮かせて逃げようとすると、すぐに引き摺られるようにして彼の下に戻されてしまった。
しかも、逃げようとした行為が矢張を刺激したのか、追い立ててしまったのか。彼は性急に内股をなぞって、足の奥へと指を押し込んで来た。
「や、矢張!」
びく、と怯えたように肩を揺らすと、返事の代わりに首筋に吸い付かれた。
そこから這い上がる甘い疼きと、入り口を探るような動きに怯えて、頭が混乱する。
遊ぶような動きを見せる指先に苛立って、咎めようとした瞬間、ぐい、とそれが侵入して来た。
「うっ……っ、ぁ……!」
伝っていた汗と、矢張が唾液か何かで潤したのだろうか。
ぬめりを帯びた指先は、成歩堂の意思とは裏腹に、比較的スムーズに中へと潜り込んで来た。
「くっ、……ぅ、ぅ」
「成歩堂」
痛みに顔を顰めると、矢張から、ほんの少し余裕のなさそうな、掠れた声がした。
興奮の為か少し渇いてしまった唇を、矢張が赤い舌先で舐める。
そんな仕草にすら訳も無く鼓動が早まって、成歩堂は知らず喉を鳴らした。
矢張の体温も自分の体温も高くて、部屋の中は温室のように熱くて、首筋を流れる汗のことも気にならないほどだ。
きっと今日は、矢張も自分も、どうにかしているんだ。
こんなことは本当に、ちょっとした気の迷いだ。
矢張の指先が内壁をゆっくりと広げるように蠢いて、次第に濡れた音が聞こえ出す中、成歩堂はそんな言い訳を何度も頭の奥で繰り返していた。
そうでないと、ひたすら熱くなる体に比例してどくどくと脈打つ心臓が、今にも羞恥で壊れてしまいそうだ。
「あ……っ!」
立て続けに中を抉られて、頭の中が一気に真っ白になる。
いつの間にか指がもう一本、二本と増やされていた。
「あ……、や、止めろ……、矢張っ!!」
涙の潤んだ目で、そんな言葉を紡ぐだけでも必死だ。肢体が強張って痛みしか感じないはずなのに、じわじわと下肢から這い上がってくる痺れに抗えない。
気を抜いたら、訳の解からないものに飲まれてしまう。それが何だか怖い。
「ああ、解かってるって」
そう言う彼は何処と無く嬉しそうにも見えて、自分を見下ろす欲情に濡れた目は、みたこともないような色を帯びている。見知らぬ他人のように見えて、少し怖いような。一体、自分のこの体のどこにそんな風に思うのか解からないけど、今彼にこんな顔をさせているのは、間違いなく自分だ。
こんなことをしている自分は信じられないけれど、矢張の行動だってとても信じられない。ゆっくりと、何度も突き上げられる内に、徐々に綻んで来る入り口も。その度にびくびくと引き攣る柔らかい内壁も、何もかもあり得ないことなのに。
「ん……っ」
思わず敏感な場所に触れられて、肢体が小さく跳ねた。
既に弄くられて赤く染まっていた胸元の突起から唇を離し、矢張がこちらの様子を伺うように視線を落とす。
「成歩堂、そろそろ大丈夫だよな」
「し、知らないよ、ぼくに聞かないでくれ」
「んんーじゃあ、勝手にする」
膝の裏に手が回されて、ぐいと押し上げられる。羞恥を煽る格好に、成歩堂は今更ながら蒼白になった。
「……!え、ちょっと、待っ……」
けれど、少し足をばたつかせたくらいでは、もう逃げられない。胸に付くまで二の足を押し上げられ、苦痛に眉根を寄せた瞬間。
「ああ……っ!!」
到底受け止められないほどの衝撃に、成歩堂は引き攣った悲鳴を上げた。
「ちょっと、待て、そんなに締めるなって!」
「し、知るか!ぼくだって、そんなつもりじゃ……」
「力抜けよ、成歩堂」
「ん、ぅ……あ!」
矢張の指先が中央を弄るように蠢いて、掠れた声が喉を振るわせた。
そこから先は、ほぼ、記憶がないと言ってもいい。頭の奥は痛みやら羞恥やらで真っ白で、ぎゅっと目を瞑っていたから、矢張の表情も覚えていない。
「や、矢張、止め……っ」
あんまり容赦なく攻め立てられるから、引き攣った声で止めろと言ってみたけれど、聞き入れて貰えるはずもない。第一、こんなに痛みを感じているのに、自分の熱も一向に冷めないのだ。痛みと混じって駆け上がる痺れをやり過ごそうと、成歩堂はがむしゃらに矢張の背にしがみ付いて堪えた。
そんな感じで、ようやく行為が済む頃には、二人とも本当にぼろぼろで、指一本動かせないほど疲れきっていた。それでも、熱が冷めると、纏わり付く体液やら熱さやらは途端に不快極まりなくなり、成歩堂はだるい体に鞭打って、よろよろとした足取りでバスルームに向かった。
「全く、何でこんなことになったんだよ」
「だから、俺は最初からお前の部屋に行こうとしてたんだよ!」
その後。
すっかり熱も冷めて、いつもの調子に戻った二人は、そんな言い合いを続けていた。
「何言ってんだよ!女の子と一緒だったって言ったじゃないか」
「それはそれ、これはこれだぜ、成歩堂!」
「何だよそれ」
「でも、お前の部屋の番号解かんなくってさ、さっき会えたのは、ま、運命ってやつよな」
「知らないよ、ただの偶然だろ」
滅茶苦茶な台詞に溜息を吐くと、ふと、矢張が側に擦り寄って来て、そっと成歩堂の肩を抱き寄せた。
「成歩堂」
「……!」
呼び掛けられて顔を上げると、同時に、むに、と柔らかい感触が唇に触れて、目を見開く。又してもキスされたのだと気付くと、かっと頭に血が昇った。
「な、何するんだよ!」
「何だよ、さっきもしたろ」
「そ、それは、……っ」
何か言い返す前に、再びゆっくりと触れて来た感触に、何だか押し返す気力も抜けてしまう。
(全く、どう言うつもりなんだ)
そう思いながらも、柔らかい温もりが何だか妙にくすぐったくて、成歩堂はそっと目を閉じて矢張のキスを受け入れた。
終