ぬくもり2




薄暗い事務所の、デスクの上。
さっきまでは寂しいこの場所で、一人きりで切ない作業に明け暮れていたけど。
今は体温が二人分ある。
何だか、それだけで安心する。
相手は、もしかしたら…響也じゃなくても良かったのかも知れないけれど。
今、自分の目の前にいるのは彼しかいない。
成歩堂は、やっと見つけた温もりに縋り付くように、彼の背に夢中で腕を回した。
裁判の時は、ボウヤだなんて言いはしたけど。
成歩堂と同じくらいの、成長した男の背中。
シャツ越しに、浮き出た肩甲骨に触れてその上を撫でると、響也がその仕草に応えるようにキスをして、舌を絡めて吸い付いて来た。

「んっ…ん」

成歩堂の息はすぐに上がって、すっかり乱れてしまった。

「あんた…裁判の時とは随分違うね、こんな…」
「きみ、こそ…ぁ…っ」

探るように触れて来る響也の掌に合わせて、身を捩る。
素直な反応が欲を煽るのか、彼は成歩堂の反応を追い掛けるように更に刺激を与えて来た。
性急にネクタイが引き抜かれて、シャツの襟元が割られる。

「……んっ」

生温い指先が胸元に潜り込んで来て、成歩堂は刺激に耐えるように、響也の衣服をぎゅっと握り締めた。
でも、感覚が慣れて来ると、あっと言う間に、それだけでは物足りなくなってしまう。
無意識の内に、この先を強請るように絡んだ舌を吸い上げると、彼の足が成歩堂の二の足を割り開いて、その間に体を押し込んで来た。
隙間なく密着した体から、更に彼の温かさを感じる。
今の自分はきっと、とても物欲しそうな顔でもしているんだろう。
だから、牙琉響也はこんな行動に出たのだろうか。
でも、彼がこんなことを言い出した意味も訳も、何もかもどうでもいい。
自分が、何故こんな行為を受け入れているのかも、考える力がない。
今はひたすら、ただ目の前にちらつく温もりを思い切り奪って、自分のものにしてしまいたかった。
けれど、下衣が降ろされて、冷えた夜の外気が直に肌に触れると、流石に緊張が走る。

「心配しなくても大丈夫だよ。多分、ぼくは上手いからね」
「…大した、自信だね…」

成歩堂の変化に気付いたのか、そんな台詞を吐く彼に、呆れたように呟いたが。
ここまででも、自分より色々経験を積んでそうなのは間違いない。
けれど…壊れ物のように扱われることに、意味はないように思えた。
末期だな、と内心で呟きながら、成歩堂はぎこちない様子で口を開いた。

「別に…滅茶苦茶にしてくれても、いいよ。痛いのは…あんまり好きじゃないけど」
「……」

成歩堂の台詞に、一瞬、響也は酷く度肝を抜かれたような顔になったけれど。

「…バカだなぁ。そんなこと、しないよ」

すぐに気を取り直したのか。
柔らかい調子で言いながら、彼は、無造作に床に転がっていた酒の缶を取り上げた。
先ほど成歩堂が買った酒だ。
缶の蓋を開ける音がして、何事かと、そちらに目をやった途端。

「……っ!」

下肢に、ひやりと濡れたような感触がした。
続いて、熱い・・・焼けるような軽い痛み。
何をされたのか悟る間も無く、濡れた彼の指が後孔に潜り込んで来た。

「……んッ!」

ある程度予期してはいても、異物が入り込む痛みに下肢が強張る。
ひく、と喉を引き攣らせて呻くと、響也のからかうような声がした。

「安い酒だろうけどね…美味いかい、先輩?」
「……く」

笑える冗談じゃない。
下肢に掛かった水滴と、響也の指を濡らしているのは、先ほど成歩堂が買い込んだ酒だ。
羞恥を感じて、頬を赤らめて抗議の視線を送ると、彼は少し笑ったように見えた。

「残念だけど…ぼくはまだ飲めないからね…」
「…っ!ぁあ…っ!」

揶揄するような台詞の直後。
潜り込んだ指先がぐい、と奥まで侵入して来て、成歩堂の腰は跳ね上がった。
濡れた音が引っ切り無しに耳に届く。
同時に強い酒の匂いが鼻先を掠めて、酔いが体中に回ったような気がした。



やがて、幾度も行き来を繰り返していた指先が動きを止めた。
ふっと息を吐き出した途端、その指が引き抜かれる。
その感触に、小さく下肢が震えた。
身を寄せた響也の手に腰を抱き抱えられて、次の瞬間、凄い痛みが走った。

「くっ…!んん…ッ!!」

響也が、戸惑うことなく身を割り開いて侵入して来る。
悲鳴を殺すだけで精一杯なのに、ぶつけられる激しさに視界が揺らぐ。
成歩堂がデスクから崩れ落ちそうになっているのに気付いて、響也が腰を抱え直した。
一端体が浮き上がって、そのことで更に深く彼を受け入れることに繋がる。

「く…!ぅ…っ」

奥まで犯されるような感覚に喉の奥で呻くと、彼の動きが激しくなった。
辺りに聞える濡れた音に、思わず耳を覆いたくなったけれど、そんな余裕は微塵も残っていなかった。
そうして、どの位、その状態が続いてか。

「痛いかい?成歩堂龍一」
「……っ」

不意に、探るような声が掛けられた。
今更、この状況で何を。
薄く目を開くと、自分を見下ろす響也の目が見えた。
濃い色のサングラスの奥にある目は、何だかとても穏やかで優しそうで・・・もしかして、ずっとこんな表情をしていたんだろうか。
と言うか、元々、こんな顔をする人物なのだろうか。
それは解かる術もなかったけれど。
彼の厚意に気付くと、つい、無意識のうちに恨みがましい視線を送っていた。

「痛いに決まってるよ、こんな」
「……やっぱり、そうかい?」
「…そんなこと、しないって…言ったじゃないか…」
「ああ、確かにね。ごめん」
「ごめん…て」

あっさりと謝罪されて、それ以上の恨み言は言えなくなった。
成歩堂が不満気に言葉を詰まらせていると、響也は年相応の少年ぽい笑みを満面に浮かべてみせた。

「素直に謝ってるんだから、許して欲しいなぁ」
「それは…謝って済むことじゃ…」
「あんただって滅茶苦茶にしてくれていいって言ったじゃないか、成歩堂龍一」
「……」

又何か言い返そうとして、口を噤む。
確か、こんなやり取り、裁判でもしたような…。
彼も、そう思ったのだろうか。

「いいから、力抜きなよ、もっとさ」

緩く言葉を遮った響也の気配が近付き、又唇を塞がれた。
そのまま、先ほどよりも心地良い刺激がどっと押し寄せて来て、もう、何かを考える力は殆ど失われてしまった。

「もっと…開いてよ、成歩堂龍一…」
「ん……」

つい、と内股をなぞった響也の声に言われるまま。
ゆっくりと両足の力を抜いて、更に彼を奥まで迎え入れる。
そのまま、覆い被さる響也の体温に意識ごと委ねてしまいながら。
成歩堂は、冷え切っていたはずの胸の内が、いつの間にか熱さでいっぱいになっていることに気が付いた。



数時間後。

「じゃあ、そろそろぼくは帰るからね」
「ああ…うん…」

既に物凄い眠気に引き摺られていた成歩堂は、響也の言葉に、やっとのことで気だるい返事を返した。

「いいから、そのまま寝てなよ」

起き上がろうとした頭が、掌に押されて、ズボッと枕に埋められる。
柔らかい枕に顔を埋めると、それ以上は、もう身を起こすことが出来ないような気がした。

「…ごめん、ちょっと…疲れてて、動けないみたいだ…」
「そうかい。じゃあ…せいぜいゆっくり休むんだね」
「ああ……」

――そうするよ。

最後まで言い終える間も無く、どっと眠気が押し寄せて、成歩堂の瞼はゆっくりと閉じて行った。
頭の何処かで、響也が扉から出て行った音を確認したけれど、もう何か言う力も残っていなかった。
疲れきっていたのだから、当然だろう。
でも、今度会ったら、彼にはきちんとお礼を言わなくては。
けれど。
そんなこと…面と向かって言えるだろうか?
何て言ったらいいのだろう。
それに、今度って、いつだろう…。
色々、まだまだ考えるべきことは沢山あったけれど。

(まぁ、いいや…)

全て後回しにして、今はこの眠りを堪能することに決めた。
そうして、響也が残していった余熱と甘いような匂いに包まれて、成歩堂は暫くぶりに、深い眠りに付くことが出来た。



END