ONE WAY
今日こそ、彼に伝えよう。
ソファで気持ち良さそうに転寝をしているニット帽の男を見やって、王泥喜は胸中で決意を新たにした。
いつからだったか。
気付くと、成歩堂のことを目で追っている。
そのことを自覚をしたのは、この事務所に来て暫く経った頃だったと思う。
とにかく、彼が側にいると落ち着かない。
最近では、まともに顔も見られないくらいドキドキしてしまって、上手く話すことも出来ない。
このままでは、日常生活にまで差し障りが出てしまう。
(何で、成歩堂さんに……?)
最初から憧れではあったけれど、まさかこんな風に思うなんて、自分でも信じられない。
最初は諦めようと思ったけれど、彼に会う度に気持ちは増々強くなってしまって、そんなことは出来そうもなかった。
考えていても仕方ない。
こうなったら、結果はどうであれ……伝えるしかない。
実は、以前に何となく打ち明けようとしたことがあったのだけど。
「あの、成歩堂さん」「ごめん、オドロキくん。疲れてるんだよね」とか。
「成歩堂さん、話が……」「あ、オドロキくん、ジュース飲みたいな。今すぐ、一刻も早く」とか。
偶然なのか上手くかわされているのかは解からないが、中々気持ちを伝えることが出来ずにいた。
でも、今彼は油断し切っている。
今日こそは!
取り敢えず逃げられてしまわないように、王泥喜は彼が寝ているソファの上にそっと乗り上がった。
当然、成歩堂の体の上に圧し掛かる形になる。
信じられないくらい大胆な行動だったけれど、彼相手に正攻法ではどうしようもないと、今までの経緯で思い知っている。
でも、これで逃げられることはないだろう。
ジュースも冷蔵庫いっぱいに買い込んでおいたから、心配ない。
そう思って、王泥喜はそっと成歩堂の肩を揺さ振った。
「成歩堂さん、起きて下さい。成歩堂さん」
「……ん」
二、三度繰り返すと、眠そうな彼の目がゆっくりと開いた。
「オドロキくん?」
彼は目の前の自分の顔を確認すると、その唇を開いて名前を呼んだ。
寝起きの気だるい声に、どきりと心臓が高鳴る。
一度大きく息を吸い込んで、それから思い切って声を上げた。
「成歩堂さん、あの…。俺、大事な話があるんです!」
「……何だい?オドロキくん。話が出来る状況じゃないみたいだけど……?」
「こ、このままでいいんです!お願いですから、じっとしていて下さい!」
でないと、ここから退きません!
そんな強い意思を湛えて彼を見据えると、暫しの沈黙の後、肯定の返事が返って来た。
「うん、解かったよ、オドロキくん」
良かった。取り敢えず、第一段階はクリアだ。
次の段階に進むとしよう。
早く彼に好きだと伝えなくては……。
でも。いざとなると、物凄くドキドキする。
いやでも、やると決めたからには……ちゃんとしなくては。
けれど、今にも口から心臓が飛び出しそうだ。
心なしか、成歩堂の息も荒い。
彼も少なからずこの状況に緊張を感じてくれているのだろうか。
(……ん)
いや、待てよ。
これはどう聞いても、ハァハァと言うより、スウスウと……。
不審に思って視線を下げると、王泥喜の目にはいつの間にか気持ち良さそうに眠っている成歩堂の姿が映った。
「ちょっと!ね、寝ないで下さいよ!成歩堂さん!」
「ん、あ……ああ。すまないね、オドロキくん。眠いトコを起こされたから」
「す、すみません……」
確かにそれは悪かったけれど、この状況で寝る人があるだろうか。
「で、何だい?オドロキくん」
「え、あ……」
胸中で不満を漏らしていた王泥喜は、成歩堂の言葉で我に返った。
今は、立ち止まっている時ではない。
気を取り直して、王泥喜は再び口を開いた。
「ええとですね、成歩堂さん」
「うん?」
少し楽しそうな、挑発するような表情にドキドキしたけれど、負けてはいれない。
「俺、あなたが……あなたのこと、す、好きなんです!成歩堂さん!」
一気に言い終えると、王泥喜は緊張のあまり額に浮かび上がった汗をぐいと拭った。
ようやく言えた!やれば出来るではないか。
自分の果たした行動に少しばかり感激した王泥喜だったけど……。不幸にも、その余韻に浸っているヒマは微塵もなかった。
「うん、ぼくも好きだよ、オドロキくん」
「……え」
成歩堂から、恐ろしく平然とした返事が返って来たのだ。
まるで、グレープジュースが好き、みたいな。
そのレベルのものだ。
王泥喜は慌ててもう一度彼に向き直った。
「い、いえ!そう言う意味じゃなくて!」
「じゃあどう言う意味かな?」
「うっ、だから、それは、その……」
好きと言えば、全てが済むと思っていたのに。
スタートラインにすら立てずにいる自分の状況に、王泥喜はもごもごと口篭ってしまった。
でも、ここまで来たら言うしかない。
自分が、彼のことをどのように好きなのか……。
「俺が言ってるのは、恋愛感情としてです!そう言う意味で、成歩堂さんが好きなんです」
「……」
ドキドキして酸欠になりながら伝えると、成歩堂は何事か考え込むような顔になった。
まさか、今のでも解からないと……?
「……あ、あの、成歩堂さん?」
恐る恐る呼びかけると、少しの間の後、彼はゆっくりと口を開いた。
「オドロキくん」
「は、はい!」
「じゃあ、きみはこう言うのかい?このぼくに、恋人同士がするようなこともしたい、と」
「え、は、はい!それは、勿論……出来れば、なるべく……!」
「ふぅん……」
思わず両方の拳を握り締めて叫んだのに、成歩堂は何も感慨など感じていないように、あくまでのんびりと返事をした。
何だろう、この温度差…。
「もしそうなら、証拠はあるのかな」
「しょ、証拠……?!」
ここで証拠を出せとは……。
でも、そうか…。考えてみたら、いくら成歩堂でも、男から告白されるなんて初めてなのだろう。
これは、何としても見せるしかなさそうだ。
「あ、あります!大丈夫です!」
咄嗟に大声で叫ぶと、王泥喜は覚悟を決めて目下の余裕に満ちた顔を見下ろした。
証拠を示す。恋人同士がするような証拠を。
ここはやっぱり、キス、だろう。
と言うか、それしか出来ない。今のところ。
まさか告白と同時にこんなことまでするハメになるとは。
でも、今はぐだぐだ考えている暇はない。
「成歩堂さん……」
小さく呼び掛けると、少し屈んで顔を寄せ、成歩堂の唇にそっとキスを落とした。
「ど、どうですか?解かって貰えましたか!」
柔らかい感触が触れた途端、どく!と心臓が跳ね上がって、必要以上に大きな声が出てしまった。
でも、これで万事OKだろう。
と、思ったのだけど……。
「でも、こんな感じのキスはみぬきといつもしてるからね……」
「……!ええ!?」
今度はそんな台詞が返って来て、かなりショックを受けることになった。
みぬきと、娘と同等。
つまり恋愛対象には見られていないと言うことだ。
それでは、好きと言った言葉が全く通じていない。
これではいけない。
今日は何がなんでも告白すると決めたのだから。
仕方ない。キスの、次の段階に進んでみるしかない。
王泥喜はごくりと生唾を飲み込んだ後、彼のパーカーをぎこちない手つきで捲り上げて、その中にそっと手を差し入れてみた。
「じゃ、じゃあ、これで……どうですか」
緊張で手が震えたけれど、彼の肌に直接触れると、緊張よりも興奮の方が勝ってしまった。
けれど、王泥喜がこんなにもドキドキしていると言うのに。
「でも、このくらいなら、牙琉ともしたことあるしなぁ」
成歩堂は再びそんな酷い台詞を吐き出した。
「……な、何ですって?!い、異議あり!!!」
「いや、異議ありと言われても……事実だし」
「一体どう言う関係だったんですか!牙琉先生と!」
「どうもこうもないよ、きみが知っている通りの関係だよ」
「そ、そうですか……」
何だか納得行かないけれど、まぁ、今は彼の言葉を信じるしかない。
何と言っても、まだ目的は果たされていないのだから。
では……どうすれば良いのかと言えば。
決まっている。また次に進むしかない。
今日で何度目になるか解からない覚悟を決めると、王泥喜は再び成歩堂に向けて手を伸ばした。
先ほどと同じように、衣服の中に手を差し入れて、そっと胸板の辺りをなぞる。
そして、屈み込んで再び彼の唇にキスをした。
今度は触れるだけのキスではなく、彼の唇を舌先で割って、その中に侵入して。
彼の舌を絡め取って、深いキスを交わした。
ここまでやれば、良いだろう。
そう思って唇を離し、王泥喜は少し勝ち誇った顔で成歩堂を見下ろした。
「さぁ、どうですか!成歩堂さん!」
けれど、この期に及んでも、成歩堂の顔色は全く変わっていなかった。
「……残念だけど、このくらいじゃ納得出来ないね」
「な、何ですって!!」
再びガン!とショックを受けて、王泥喜は悲痛な叫びを上げた。
一体、どうすればいいと言うのだ。
先ほどから誠心誠意込めて伝えているのに、どうして解かってくれないのだろう。
なんだと言うのだ、この人は!!
告白って、こんなにも大変なものだっただろうか。
愛の言葉を伝えれば、それで済むことだったような。
成歩堂が相手なので、ある程度の覚悟はしていたけれど、ここまでとは。
何て、手強い。でも、引く訳に行かない。
王泥喜の中で、何かがぶつんと切れた。
こうなったら、何が何でも彼に認めさせてやる!
胸中で叫んで、王泥喜は今までにないほど強く拳を握り締めた。
「これで信じて貰えますか!」
「いや、まだかな」
「こ、これでどうですか!」
「いやぁ、まだまだ」
「こ、これは!」
「まだまだ!」
そんな感じで、異様なまでに白熱したやり取りを繰り返した、約一時間後。
王泥喜はハッと我に返ると、ぜぇぜぇと大きく肩で息をしながら、目の前に広がる惨状に呆然としてしまった。
視界に映るのは、衣服が乱れに乱れ捲くった二人の男と。
それから成歩堂の体に残る赤い痕と、彼の内股を伝う白い液体。
王泥喜は胸中でぎゃああ……!と黄色い悲鳴を上げつつ、青褪めて頭を抱えた。
「ど、ど、どうしてくれるんですか!あなたが中々信じてくれないから!!」
ついうっかり、こんなことまでしてしまったではないか!
今日は告白だけのつもりだったのに!
「本当にねぇ……。やれやれ、若さと勢いって言うのは恐ろしいよね」
王泥喜が泣きそうになって喚くと、ソファの上に寝転んだまま、成歩堂は暢気に相槌を打った。
「だ、誰のせいですか!!」
「……手を出したのはきみの方じゃないかな」
「う……!」
思い切りやり込められて、王泥喜は息を飲んで口を噤んだ。
何てことだ。確かにそうだ。そうなのだけど……。
何だか、初めてを奪われた女の子のような気持ちだ。
この百戦錬磨を気取った悪夢のニット帽に、してやられたような……。
王泥喜は悔しさやら恥ずかしさやらですっかり混乱して、ソファから飛び降りると、ぶるぶると拳を握り締めた。
一体何のためにここまで努力したのか。
その苦労が全て台無しに吹っ飛ぶほど興奮して、王泥喜は今日一番の大きな怒鳴り声を上げた。
「成歩堂さんなんて……大っ嫌いですよ!!!」
終