溺れる2




違う。こんなつもりじゃなくて。
今日こそは、一軒目で帰るはずだったのに。
いや、その点については、予定通り帰って来ているのだから問題はない。
でも、一体、何が悪かったのかと言えば…。
そもそも、目標は一軒目云々ではなく、矢張と何もしないで帰ること、だったのだ。
いつの間にか見失っていたようだ。
これでは、本末転倒もいいところだ。
矢張の後でバスルームに入ってシャワーを浴びながら、成歩堂はひたすら考えを堂々巡りさせていた。
何故さっき、自分が先に入ると言わなかったのだろう。
そうすれば、自分が出た後に、まだ追い返せたかも知れない。
いつの間にか、すっかり矢張のペースだ。
これは、非常にまずい。
更に、部屋に戻った途端、言葉を発する暇もなくベッドに押し倒されてしまった。
しかも、押し倒されたままの勢いで徐に下肢に伸びた手が、柔らかく刺激を与えて来る。
もがけばもばくほど追い掛けるように弄られて、成歩堂は手足をばたつかせて抵抗を試みた。

「ちょっ、ちょっと!待てよ!ぼくはまだ、いいとは…」

けれど、逃げようとした腰はあっさり掴まれて、ずるずると中央に引き戻されてしまった。

「逃げることないだろ、成歩堂!」
「に、逃げなかったらお前、止めないだろ!?」
「当たり前だろ!」
「…?!ん、…んんっ!」

その上、抗議の言葉を遮るように口を塞がれて、無駄な呻きが上がるばかりだ。
矢張の掌が、衣服の上から肌の上を這い、確かめるようになぞり出す。
更には、もがく腕が一つに纏められて、頭上に押さえ込まれてしまった。
このままでは、いよいよ本当に、まずい。

「や、矢張!今日は…嫌だ!」

必死に訴える成歩堂の首筋に、そっと矢張が唇を寄せる。

「……ぁ!」

温かい濡れた感触に、肌が粟立つ。
思わず小さく声を上げてしまい、急いで口を閉じた。

「頼むって、成歩堂。一回でいいから」

お前だって、本当は嫌がってないだろ。
首筋から移動した唇に、耳元で熱っぽく囁かれて、成歩堂はびくりと肩を揺らした。
更に、先ほどから荒っぽく探られていた場所に、打って変わってゆるゆると心地良い刺激を与えられて。

「わ…解かったよ!い、一回だけだからな!」
「ああ、解かってるって」

理性とは別に反応してしまう体に、泣きそうになりながら叫ぶと、矢張はまた満足そうに笑って、こくんと頷いた。



「ん…っ、んぅ…」

奥まで埋め込まれた指先を揺らされて、びくと内股が引き攣る。
体の中心に走る痛みと衝撃は、同時に痺れるような感覚を下肢から呼び起こした。
堪らずに背中が浮いて、何度も掠れた声が漏れる。
それに聞き惚れるように、暫く柔らかい内壁を突き上げていた矢張は、やがてからかうような声を発した。

「嫌じゃなかったのかよ、成歩堂」
「…っ!う、煩い…っ!」

焦らすような刺激と煽る台詞に、成歩堂は真っ赤になって叫んだ。

「そ、それに…!いつまで遊んでるんだよ!」
「遊んでなんかいないって」
「…!あ…っ!」

言いながら指を引き抜くと、矢張は成歩堂の腰を抱えて、ぐっと上に圧し掛かって来た。

「くっっ、…ぁあ!」

衝撃に浮き上がる肢体を、ぎゅっと押え付けられる。
そのまま揺さ振られて、圧迫感に軽く吐き気が込み上げる。
苦しそうに眉を寄せると、そっとあやすように髪を撫でられた。
普段はあんなにも無茶苦茶なくせに…。
そんなことを考えていたら、急に敏感な場所を突き上げられて、思考はそこで途切れてしまった。



「はぁ、は…」

ベッドの上に体を投げ出した後、大きく肩を揺らして呼吸を整える。
あれから随分と長い時間が過ぎて、もう酷く疲れてしまって、指の先までダルさを感じる。
指一本動かすのも億劫だ。
もう、あとはひたすら泥のように眠りたい。
こうなるのが解かっていたから、計画したつもりだったのに…。

「成歩堂…」

そんな中、ぬめりを帯びた中を、再びゆっくりと行き来されて、成歩堂は無意識にひっと喉を鳴らした。

「お、お前…っ!?」

中に放たれたもののせいで、先ほどよりもスムーズな動きに、熱を散らしたばかりの体に、じわじわと疼きが戻って来る。

「ま、まずいって、止めろ!」
「別にいいじゃんか」
「な、何がいいんだよ!お前…っ!」

成歩堂はありったけの抗議を思い浮かべてみたけど、繰り返される律動に、一つも口にする前に全て消えてしまった。

「んぅ、…く、…っっ!」

もう、何が何だか訳が解からない。
後は、引っ切り無しに意味を成さない言葉が上がるだけになる。
いつの間にかうつ伏せに転がされて、成歩堂はただひたすらシーツを千切れそうなほど引っ掴んで、衝撃に耐えた。



「あのさぁ…成歩堂」
「い、嫌だ!」

ようやく熱も引いて、呼吸も落ち着いてきたところで、再び名前を呼ばれて、成歩堂は悲鳴のような声を上げた。
もう既に、窓の外はぼんやりと薄明るくなっている。

「まだ、何も言ってないぞ!」
「言わなくても解かるんだよ!ぼくはもう、絶対やだからな!」
「そんなこと言うなよ!もう一回だけしたいんだよな。俺としては…」
「ふ、ふざけるなよ、お前!だいたい、今何時だと思って…、うぁ…っ!」
「ええと…夜中の、4時?」
「朝の、だ!か、勝手に動くな、バカ!」
「あんまり固いこと言うなよ…」
「…っ!…あっ!」

文句を言おうと口を開くと、それは喘ぎ声に擦り返られてしまった。
もう、ここまで来ると、どうしようもない。

「はっ、ぁ…、ァ…っ!」

再び引き出された快楽にぐいぐい引き込まれて、眩暈を覚えて。
成歩堂は遂に、抵抗することを放棄した。



結局。
ようやく解放されたのは、それから約二時間後のことで。
既に辺りは薄く明るくなっていた。
このまま仕事に行くのかと思うと、本気で死にそうだ。

「悪い…。ごめん、成歩堂。ちょっと、やり過ぎたか?」
「ちょっと、じゃないだろ!!キスだけで帰るって言ったくせに!」
「ま、そのつもりだったんだけどよ。でも、お前も結構その気に…」
「う、煩い!黙れよ!!」

思い切り枕を投げ付けて矢張を黙らせると、成歩堂は痛みとだるさを堪えて、ゆっくりベッドから降りた。
全く…どうしようもない。
何故こう、いつもいつも、気付くと流されているのか。
この男との関係の仕組みが、成歩堂にはさっぱり解からない。
会う度に流されて流されて…。
ここが海なら、今頃自分は遥か沖で一人、無駄に溺れているに違いない。
まぁ…彼が先ほどに言った通り、一応両思いの関係なので、受け入れるのは当然だろうし、受け入れたい気持ちもある。
でも、せめて少し加減しては貰えないものか。
とにかく、次こそはもっと、上手く立ち回ってみせる。
胸中で固く誓うと、成歩堂はくたびれた体に鞭打って、朝の支度を始めた。

けれど、数日後。
結局また、同じような決意をし直すハメになってしまうのは、言うまでもなかった。



END