Panic Attack2




 それから、小一時間ほど過ぎて……。
 友人宅から帰宅したみぬきは、ソファの上に困ったように座っている成歩堂の姿を見て、目を丸くした。
「パパ!どうしたの?オドロキさんは?」
「……それが、解からないんだよね」
「……え?」
 成歩堂の返答に、何が何だか、と言う顔をしていたみぬきだけど……。ややして何かに気付いたのか、お説教をするときのように腰に手を当て、頬を膨らませた。
「パパ!お酒の匂いがするよ!昨日飲んだの?」
「うん、いや、そうなんだけどね……」
「……?何か、あったの?」
 どうにも歯切れの悪い成歩堂の様子に、みぬきは一旦お説教を止めて、すとんと隣に腰を下ろした。
「話して、パパ」
「ええとね……」
 みぬきの言葉に促されるように、成歩堂はぽつぽと昨日の夜からの出来事を話始めた。
「実はさ…昨日、オドロキくんと一緒に飲んでたんだけど……。彼、酔うと結構面白くてね」
「面白い?」
「うん。何でも言う事聞いてくれたり、からかってもいつもより反応がいいしで…。それでつい、面白がって沢山飲ませちゃったんだよね」
「うんうん、そして…?」
「そうしたら、もうふらふらになって自分で歩けなくなっちゃってさ……。帰る間も何度も転んであちこちぶつけるし、事務所に着いた途端、気持ち悪いっていきなり吐くし……本当に大変だったんだよね」
 言いながら、その時のことを思い出したのか、成歩堂は心底疲れたような顔になった。
「そうだったんだ。大丈夫だったの?オドロキさんも、パパも……」
「ああ、まぁね。でも、ぼくの服もオドロキくんの服も汚れちゃったからなぁ……。一応洗ってはおいたけど……」
「それで何も着てないんだね、パパ。汚れちゃったのは仕方ないけど、後でちゃんとクリニーングに出しておかないと駄目だよ」
「うん、解かってるよ、みぬき」
 頷きながらも、成歩堂は更に疲労困憊と言った顔になる。
 みぬきが顔を覗き込むと、はぁ、と深い溜息を吐いた。
「でも、問題は服だけじゃないんだよ」
「……?どう言うこと?」
 つまりは。
 酔いが回り過ぎた王泥喜は、お店の中でも派手に転んで、グラスは割るわ酒は零すわ……。とても飲んでいる場合ではなくなり、成歩堂は早々に酒を切り上げて王泥喜を連れて帰ることになったのだ。
 その途中、さっきも言ったように彼は派手に転んで腰を打って、起き上がれなくなってしまって……もう散々だったのだ。
 彼の体の痣も、その時転んだ拍子に出来たものなのだが、そんなこと本人は知るはずもない。
「まぁ、でも。飲ませたのはぼくだからね……。だから、責任取って割れたグラス代とかクリーニング代とか、一割くらい出そうと思ったんだけど……」
「思ったんだけど……?」
「いや……」
 その話をしようとした途端、王泥喜は何故か尻尾を巻いたように逃げ出してしまった訳で……。
 成歩堂は語尾を濁しながら首を傾げた。
 でもまぁ、構わない。後でゆっくり話をつけよう。
 そう思って、気を取り直すと、みぬきに向けて笑顔を見せた。

 その頃。
 事務所を飛び出したは良いが、どこにも行く当てのない王泥喜は、一人塞ぎ込むように膝を抱えて、道路の隅っこに蹲っていた。
 背後から見たら、物凄い負のオーラが漂っていたことだろう。
 それにしても、本当に……何だってこんなことに。
 相手はしかも、あの成歩堂龍一……。
 これから毎日、どうやって顔を合わせればいいと言うのだ!
(そ、それに……)
 一体、どっちがどっちなのだろう。
 この腰の痛み、まさか…。
 いや、でも、そんな。
 では、自分が彼を…?!
 思わずあらぬ想像をしてしまって、王泥喜は耳まで真っ赤になってしまった。考えれば考えるほど、訳が解からないし混乱するし、恥ずかしい。
 青くなったり赤くなったりの一人芝居を繰り広げていた、その時。
「あれ、こんなところにいたのかい、オドロキくん」
「……(びくぅっっ!!)!!」
 背後から突然、今一番聞きたくない人物の声がした。
(な、何で……!!)
 王泥喜が振り向くと、成歩堂はにこっと邪気のない顔で笑った。
 その、満面の笑み。
 ―ぼくが何を言いたいのか、解ってるよね?オドロキくん。
 まるで、真綿で締め上げるような無言のプレッシャーに感じる。
(う、うう……)
 王泥喜は言葉を失い、思わずぶるりと身震いした。
「さっきはどうしたんだい?話の続きなんだけど……昨夜のことはぼくにも責任があるから……」
「……っっ!!いいです!!聞きたくないです!!」
「そう言われても…こう言うことはきっちり話を付けておかないと……」
「き、聞きたくないって言ってるじゃないですか!!」
「あ、ちょっと、オドロキくん?!」
 再び、呆然とする成歩堂を残し、王泥喜は脱兎の如く凄い速さで走り去って行った。

 それから、数日経っても……。
「ねぇ、オドロキくん……」
「……!!!」
「この間の話なんだけど……」
「あ!俺、その!ちょっと出かけて来ます!」
「……あ、オドロキくん!」
 しきりに話し掛ける成歩堂と、逃げ回る王泥喜の姿。
 それは暫くの間、何処でも見かけられるようになった。
「お嬢ちゃん。どうしたんだい、あの二人は」
「……うーん、どうしちゃったんでしょうね、王子さま」
 響也が訝しげな顔をしながら聞くと、みぬきは人差し指を顎に当てて小さく首を傾げてみせた。
 王泥喜が事の真相を知るのは、まだまだ先のことだ。