Pinch




「いい加減に…観念してはどうだ」
「…そ、そう言われても…」

目の前には、酷く苛立っている、御剣の顔。
その鋭い眼光を真っ向から受けて、成歩堂はごくっと生唾を飲み込んだ。



「だから、本当にいいのかと…あんなに確認しただろう」
「いや…まぁ、そうなんだけど…」

じり、と間を詰められ、無意識にその分一歩下がったのだが…。

「だったら!!!」
「……っ!!?」

バン!!!
急に、側にあった壁を、御剣が片手で思い切り叩き、成歩堂はびくっと動きを止めた。

「さっさと覚悟を決めて貰おう!!」

そうして、裁判所での仕草と同じ…人差し指をビシっと突き付けられる。
こんな時、この場が法廷だったら、負けじと反論の一つも出来る筈なのに…。
今の成歩堂は、不幸なことに圧倒的に不利な立場にあった。

「ちょっ、ちょっと…待ってくれ、御剣!」

悪あがきだと解かっていても、こちらに伸ばされた御剣の手から逃れようと、成歩堂は必死に首を振った。
でも、一歩一歩追い詰められ、逃げ場がなくなって行くのを感じる。
足が重い。喉が渇いていて、苦しい。
緊張と興奮のようなものが胸の中いっぱいに入り混じって、何が何だか解からなくなりそうだ。
頭が真っ白になってしまう。
御剣の鋭い視線がさっきから自分に絡みつくように向けられている。

解かっている。誘ったのは、他でもない、この自分。
けれど、土壇場に来て、足が竦んでしまったようだった。
何とか、何でも良い…誤魔化す方法は…。

「言っておくが…成歩堂」
「な、何だ」
「これ以上焦らすつもりなら…」
「じ、焦らすつもりなら…?」
「力ずく…と言うことになるだろうな、勿論」
「……!!そ、そんな…!」

御剣の最後通牒に、いよいよ逃げ道がなくなったことに気付き、額に嫌な汗がいっぱいに浮かび上がる。

「み、御剣…」
「ダメだ」
「……!!」

哀願のように発した台詞も一喝されてしまい、ぐっと言葉に詰まった。



始めから、ちゃんと解かっていたのに…。
高いところは……苦手だと!!
増してそこを凄いスピードで走るなど!!

ここは…人ごみで溢れる休日の遊園地の、ジェットコースターの乗り場。
どうしてこんな日、こんなところに男二人でいるのかは、ご想像にお任せするとして…。

「あの…どうするんですか?乗るなら乗るで…早くして頂かないと」
「解かっている!」

さっきから不毛なやり取りを続ける二人に、遂に痺れを切らしたのか。
呆れ顔で急かす係りの人に苛立たしげに吐き捨てて、御剣はこちらに一段と凄い形相で向き直った。

「成歩堂…」
「な、何…かな…?」

この期に及んで、みっともなくしらばっくれようと言う…成歩堂の思惑など綺麗に無視して。

「解かったら…さっさと乗りたまえ!!!」
「!!!!」

次の瞬間、御剣は成歩堂の襟首を引っ掴んで狭いジェットコースターの席に強引に放り込んだ。
その後に続いて御剣が乗り込んだ後、無情にも発進を示す合図が送られて…。
直後響き渡った成歩堂の悲鳴は、賑やかな遊園地に掻き消されて空しく消えてしまった。



END