Haze2




そのまま、ゆっくりと持ち上げた手で、夢中でパーカーの前を割って、響也は成歩堂の胸元に手の平を這わせた。指先は何だか痺れたように感覚がなくて、こんなことをしているのが本当に自分自身なのか、解からなくなる。
相変わらず、成歩堂は大人しく、されるままだ。何を考えているのか。
けれど、平たい胸板をなぞる手に反応して僅かに身じろぐ肢体に、頭の中は更に煽られたように熱くなってしまった。
首筋にも衣服を剥いだ状態にも、別に行為の痕跡などは見当たらない。だったら、もういいじゃなか。そう冷静に頭の中で呟く自分もいるけれど、それはどこか遠くで聞こえている声みたいで、少しも歯止めになんてならなかった。

(全く、このぼくが、どうして…)

苛立たしげに胸中で叫びながら、響也は成歩堂龍一の二の足を乱暴に左右に割った。

「うっ…、…っ」

指先をぐっと潜り込ませると、痛みを堪えるような声が上がった。思わずどきりとして、躊躇うように手を止めたけれど、それは一瞬のことで、あとは夢中になって中を広げるように滅茶苦茶に動かした。
押し殺したように上がる声は、内壁を突き上げる程に大きくなり、じわ…と目の奥が痺れるような錯覚に陥る。こんな…れっきとした男の声なんて、聞いたからってどうってことないのに。寧ろ聞きたくなんかないのに。頭の中が考えることを放棄してしまったように痺れて、指先が勝手に動いてしまう。
快楽を与えてやるつもりなんか、端からなかったのに。ついつい、甘く掠れた声が上がる場所だけを重点的に刺激してしまう。
こんなつもりじゃない。そんなんじゃなかったのに。
これじゃあ、まるでこちらが翻弄されてどうしようもないみたいだ。
響也の優秀な兄、あの人もそうなのだろうか。

(もう、どうでもいいけどね)

半ば投げ遣りにそんなことを思いながら、響也は指を引き抜いて、代わりに彼の腰を抱き抱えた。体だけじゃない。胸の中とか頭とか、想像していたよりずっと痛くて不快なのに、もう引き返すことも出来ない。

「んっ、…ぁ、う…」

その上、何度も上がる押し殺したような声に、頭の中にざわざわとした嫌な感覚が広がる。
それに…声を殺すように眉根を寄せる成歩堂の顔とか、乱れた衣服の間から覗く少し高潮した首筋とか。組み敷いたこんな状況では、否応なしに彼の姿が目に入ってしまう。これでは、この光景が目に焼き付いて離れなくなってしまう。
理性を保っているだけでも精一杯だ。苦しいし、痛みすら感じるのに、何だって止めてしまえないのか、解からない。

(くそっ、なんで、こんな…)

瞼を閉じるわけにも行かず、何だか憎い仇でも見詰めるような視線を送りながら、響也はがむしゃらに行為を続けた。



無茶苦茶な行為が済んで、ようやく腕の中から解放すると、成歩堂の体はそのままずるりと床に崩れ落ちた。
力の抜け切ったような体に、かなり無理をさせてしまったのかと、流石に焦りが生まれる。

「あ……」

大丈夫か、そんな言葉を掛けようとして、思わず喉の奥に飲み込んだ。自分でしておいて、言う台詞じゃない。
でも、成歩堂龍一はゆっくりと顔を上げて、あの…いつもと変わらない気だるい目でこちらを見上げた。

「気が済んだかい、牙琉検事」
「……」

そんなもの…。
済む訳ない。
こんなことをする前よりも、もっと頭の中はぐちゃぐちゃだし、胸の中は複雑な思いでいっぱいだ。
けれど、そんな感傷に浸っている暇はなかった。

「全く無茶苦茶してくれたよ、初めてだって言うのに」
「……?」
「きみだって辛かったんじゃないかい?」
「……え?」

続いて、溜息と共に吐き出された彼の言葉に、一瞬身じろぐのも忘れてしまったからだ。

彼は今、何と?
響也が呆然と目を見開くと、成歩堂は顔を上げ、急に焦ったように声を上げた。

「あ、いや、勿論、男でって意味で」
「い、いや、そんなんじゃなくて…」

見当違いな弁解に、響也は顔を強張らせたままで首を振った。そうじゃなくて、彼は今、何と言ったのか。このまま追求したら、とんでもなく嫌な思いをしそうだったけれど、黙ってなんていられない。思わずごくっと喉を上下させて、響也は恐る恐る口を開いた。

「まさか、あんた、兄貴とは何もしてないのかい」
「うん」
「……!!」

即座に返って来た返答に、頭がくらりとする。彼が、嘘を言っているようには見えない。
じゃあ、何で。何でこんなことに。

「あ、あんた…何で、何で抵抗しなかったんだよ!あんたが、抵抗しない、から…」
「さぁ、何でかな」

しかも、そんな意味有り気な台詞まで吐かれて、混乱に輪が掛かる。

「でも、責任は取って貰おうかな、色々」
「せ、責任…」

ぎく、と肩を強張らせると、成歩堂はゆっくりと乱れた衣服を整えながら、何だか優しい顔で笑った。

「冗談だよ。でも誤解は解けたみたいだね」
「……っ」
「牙琉検事?」

もう、駄目だ。このまま、ここに立ってなんていられない。

「じゃ、じゃあ、帰らせて貰うよ」
「ああ、牙琉によろしくね」
「……!!」

わざとなのか悪気は全くないのか。そんな無神経な言葉を返す成歩堂に、もう目をやることも出来ず。響也は勢い良く暗い地下室を飛び出した。

何だ。何なんだ、一体。
本当に、あの男は―。

この階段を降りるとき、あんなにも気持ちが重くて、胸の中が苦いもので溢れていたのに。今はやたらと気持ちが高揚して、息が弾んでいる。どく、どく、と胸の奥で鼓動が大きな音を刻んでいる。

(こんなもの、気のせいだ)

必死に否定しようとしたけれど、そうすればそうするほど、頭の中にあの男の顔が浮かび上がる。もうきっと、すっかりと絡め取られてしまって逃げられない。しかも、自分から飛び込んでしまった。

(全く、冗談じゃないよ!)

一気に階段を駆け上がって走りながら、響也は今晩ここへ来たことを改めて後悔した。