理想のひと




「ねぇ、そう言えば…春美ちゃんには、好きな人とかいないのかな」

春美と二人きりになったとき、成歩堂は思い切って、そんなことを切り出してみた。
恋について触れると、彼女は途端ムキになるので、どんな方向に話が向いて行くか解からなかったけど。
もし春美にそんな人がいるなら、他に興味が移って、成歩堂と真宵のことを気にすることも、今よりは減ると思ったのだが…。

「な、な、な、何をおっしゃるのですか!なるほどくん!わたくしは、そんな…!」

春美は顔を真っ赤にして、いきなり成歩堂の頬をパァンと引っ叩いて来た。

「ご、ごめん、春美ちゃん。春美ちゃんも、そう言うことないのかな、と思っただけなんだ…」

ひりひりする頬を押さえつつも、やっぱり期待外れだったか…と思い、少しだけがっかりした。
でも。
何と言っても春美はまだ小さいのだし、そんな相手なんか、本当はいなくていい…。
そう思って、一人納得したように、うんうんと頷いていたのだが。

「あの…実は、なるほどくん」

急に、いつになく厳かな感じの声が聞えて、彼女の方へ顔を向けると。
目の前に飛び込んで来た春美は、頬を両手で覆って、夢見る乙女のような顔になっていた。
何だか…凄く不吉な予感がする。

「実は、わたくし…お付き合いを申し込まれたことなら、あるのです」
「……!!!な、な、何だって?!一体、誰に!」

思わず有り得ないほどうろたえてしまって、成歩堂は裏返った声を上げた。
先ほど、春美に思い人がいれば…などと、そう考えたのは自分なのだが。
いざ、その事態に直面すると、既に春美の保護者のような気分になっている成歩堂にとっては、かなりショックなことだった。

(い、一体どんな…!どんな男だ!)

「春美ちゃん、教えて!どんなヤツなの?」
「そ、そうですね。年は…わたくしとそんなに変わらない、殿方です」
「えええ?!」

(さ、最近の子供は!)

「そ、それで、どうしたんだい?!春美ちゃん、何て答えたの!?」

無意識にびしっと人差し指を突き付けて問い詰めると、春美はふふ、と小さく笑った。

「そんなに慌てないで下さい、なるほどくん」
「え……?」
「わたくし、きちんとお断りしましたから」
「……!」

(そ、そうか…)

その言葉に、何だかホッとして、肩の力を抜いた成歩堂だったけれど。
続く春美の言葉が耳に飛び込んで来て、ちょっと驚くことになってしまった。

「だってその方は…なるほどくんのように、頭が尖っていらっしゃらなかったので…」
「…え?」

(どう言う、意味かな)

成歩堂が首を傾げていると、春美は頬を仄かに赤らめながら、更に口を開いた。

「それに、実は…まだあるのです」
「…!な、何だって!」
「他にも、お付き合いを申し込んで下さった殿方が…」

そこまで聞いたところで、気付いたらデスクをバァンと両手で叩いていた。

「は、春美ちゃん!その人、どんな人なんだい?!」
「は、はい。やはり、わたくしと同じ年くらいの殿方なのですが」
「う、うん!それで…?!」
「わたくしと、マリで一緒に遊んで下さいました」
「そ、そうなんだ…」

この春美が、大事にしている鞠で一緒に遊んだりするなんて。
今度こそ、春美はその男と…(と言っても、「男の子」だろうけど)…付き合っているんだろうか。
何だか、自分の手を離れて行ってしまったようで、寂しいような気が…。
甘酸っぱい感傷に浸っていた成歩堂は、次の一言でまた現実に引き戻された。

「ですが、その方のことも、お断りしたのです」
「え…?!そ、そうなの?」
「だって、あの方は…なるほどくんのように、弁護士さんの秘宝であるバッジを付けておられなかったので」
「……」

(そ、そりゃ、そうだろう…)

まだ、子供なのだ。
そんなの、付けてる方が、如何わしい。
でも…。

(ん……?)

春美の言ってること。
何だか、それじゃ、まるで…。

「わたくし、その他にも言い寄られたことはあるのですが…。皆様、なるほどくんのように青いお洋服ではなかったり、マユゲが歪んでなかったり、高いところが苦手ではなかったり、おリンゴがお好きでなかったりされたので…わたくし、全部お断りしたのです」
「そ…そうなんだ…」

疑惑が確信に変わって、成歩堂は曖昧な返事を返しながら、何となく額に汗が浮き出るような気がした。
この子は、自分で言って、解かってないんだろうか。

(ぼくに似てないから…断ったってことなのか…?)

「真宵様が羨ましいです、なるほどくんのように素敵な殿方と恋仲で」
「え、う、うん…そ、そうかな」
「わたくしも、素敵な殿方にお会いしたいものです」
「そ、そうだね」
「あ…おリンゴ召し上がりますか、なるほどくん。わたくし、剥いて差し上げます」
「…う、うん…あ、ありがと」

それから。
成歩堂は妙に後ろめたいような、気恥ずかしいような気持ちになってしまって、ひたすら言葉を濁し続けるしかなかった。



END