サンタとケーキ




夕方。
用事があって検事局の前を通り掛かった成歩堂は、ふと、異様な光景に気付いて足を止めた。
検事局の門の前には、何だか見慣れないテーブルが並べられていて、上にはクリスマスケーキとおぼつき箱が沢山積み重なっている。
そして、その前にはサンタに扮した売り子。
何だろう、これは。
ケーキでも売るのか。
検事局のイベントか何かか。
少し怪訝そうな顔でその場を通り過ぎようとした成歩堂は、続いて目に飛び込んで来た光景に、思わず吹き出しそうになってしまった。
サンタの格好をしている男。
物凄く見覚えがある。
見覚えも何も…あのマスク。
間違いない。

「ゴ、ゴ、ゴドーさん!!」
「よう、まるほどう」
「いやいや!よう、じゃなくて!な、何てカッコしてんですか!あなたは!」
「クッ、相変わらず甘いな、あんた」
「な、何がですか」
「男は見た目なんかよりも、熱く煮えたぎるコーヒーをどれだけ飲み干せるかに掛かってる」
「そ、そうですか…」

何だかよく解からないけど、思ったより似合っているし、もういいや。
あんまり係わらないに限る。
さっさと立ち去ってしまおう。
そう思ったのだけど、何だか妙に気になる。
だからと言ってじっと見ている訳にも行かなかったので、成歩堂は少し離れた塀の影からそっと様子を伺っていた。
と言うかそもそも、あの人は接客なんて出来るのか。
無謀だろう。無謀過ぎる。
ハラハラするこちらの内心にはお構いなく、通り掛かるお客さんは立ち止まってケーキを眺めたりしている。
そのまま様子を伺っていると、一人の女の子がじっと箱を見つめて、何やらゴドーに話し掛けた。

(だ、大丈夫か!ゴドーさん!)

二人の会話が聞こえて来て、成歩堂は余計にハラハラしてしまった。

「どれが一番美味しいんですか?」
「ヤボなこと聞くな、お嬢さん」
「え…?な、何ですか?」
「人は誰しも、自分の見たものしか信じることが出来ない、そうだろう」
「は、はい…?」
「つまり、そのケーキが甘いか苦いか、手に入れた者しか解からないってことさ」
「は、はい、まぁ・・」

ようするに、知りたければ買え!と言うことなのだろうけど、解かり辛いことこの上ない。
ああもう、見ていられない。
なのに何だか目が離せない。
結局、ケーキの味が気になったのか、女の子は一箱買って帰って行った。

(よ、良かった)

取り敢えずホッとしたものの、まだ目が離せない。
成歩堂は凍えそうな体に鞭打って、ゴドーの様子を伺っていた。
けれど、思ったよりもケーキは好評で、気付くといつの間にか行列まで出来ていた。
ケーキに行列が出来ているのか、ゴドーに行列が出来ているのかは、よく解からない。
それに…。

「寒い中大変ですね、サンタさん」
「クッ、例えここが極寒の地シベリアだとしても、男は黙って与えられた任務をこなすだけだぜ」
「カ、カッコいい…」

ゴドーが何か言う度、キャー!と黄色い歓声が上がっている。

(モ、モテてる…)

何故だ。何故なんだ。
いや。別に、羨ましくなんか…ないけれど。
複雑な心境の成歩堂にお構いなく、一時間も経つ頃には、ケーキはあっさりと完売してしまった。

(て言うか、ぼくも買えば良かった!)

そこでようやくハッと我に返ったけれど、もう遅い。
こんな寒い中、一時間もひたすらゴドーを観察して、一体何をしていたんだろう。
彼の妙な言動とモテっぷりを見せ付けられただけではないか。
気付けばクリスマスだと言うのに身も心も寒い。
缶コーヒーでも買って帰ろうか。
そんなことを思って、とぼとぼと背を向けその時。
肩にポンと何かが置かれた。

「ほらよ、まるほどう」
「……?」

続いて掛けられた声に何事かと振り向くと、いつの間にかゴドーがすぐ後ろに立っていた。
しかも、ケーキの箱を抱えて。

「ゴ、ゴドーさん?」
「これ、あんたのとこのコネコちゃんとでも食べな」
「え…あ…」
「今夜は雪だ。氷の女神は待っちゃくれないからな。早く帰りな」

言いながら、彼は成歩堂の手に箱を手渡すと、どことなく不敵な笑みを浮かべた。

(ゴ、ゴドーさん…)

「あ、ありがとうございます!!」
「クッ、気にするな、まるほどう」

それだけ言って、彼はサンタの格好のままで颯爽と去って行った。

(カ、カッコいい…)

大きなケーキの箱を抱えたまま彼を見送って、成歩堂は胸の奥がジーンとするような気がした。



その後。

「わー寒い!」

クリスマスの買出しに行っていた真宵は、事務所に帰って来るなり悲鳴を上げた。
当然だろう。
暖房も何もついていない事務所は氷のようだ。

「なるほどくん、寒いよ!暖房つけて」
「真宵ちゃん…。例えここが極寒の地シベリアでも、男は黙って任務をこなすだけだよ」
「…頭でも打ったの?なるほどくん」
「………」
「何でもいいけど…つけるよ、暖房」
「…うん、そうして。寒いし」

そんな会話の後、真宵と二人で食べたケーキはちょっぴりほろ苦い味がした。



END