宝月茜から、今日は帰れないと言う連絡を貰った後も、成歩堂はどうしても落ち着けなかった。
自分が、彼女をあの部屋まで連れて行った。あの、姉を信じる真摯な気持ちにどうしても応えたかったし、何より、局長の部屋を調べない訳にはいかなかった。
でも。
得た情報は大きかったけれど、危険も確かにあった。
実際に、糸鋸には申し訳ないことになってしまったし、何より、連れて行かれた彼女は、今どうしているだろう。まだほんの少女なのだ。留置所で、心身ともに疲れきって心細そうにしていた真宵の姿と、茜の姿がダブる。
別に、容疑者として捕まったとか、そんな訳ではないので、心配し過ぎているのかも知れないけど……。
(だ、駄目だ!じっとなんてしていられない!)
明日使う資料を大急ぎで纏めると、成歩堂は再び警察署へと慌しく足を運んだ。
もう既に人は殆ど少ない。まだあの男が局長室にいるかどうかすら解からない。
でも、せめて……。
焦って最上階を目指していた成歩堂に、背後から突然声が掛かった。
「何してるの?ナルホドちゃん」
「……!が、巌徒さん!」
振り向くと、いつの間に側まで来ていたのか、威圧的な雰囲気を身に纏った巌徒局長の姿があった。
「もしかして、また何か探しに来たのかな。それとも、ボクに何か用かい?」
「巌徒さん……あの、あの子は……茜ちゃんは……!」
「ああ、妹ちゃんかい?」
「彼女どうしているんですか?大丈夫なんですよね!」
「落ち着きなよ、ナルホドちゃん」
巌徒は額の上に垂れていた前髪を摘んで、ぐいと引いた。
「どのみち……子供の悪戯で済まされる問題じゃ、ないだろうしね」
「……え?!」
息を飲む成歩堂にお構いなく、巌徒はあくまで軽い口調で続けた。
「しかも、あの子、容疑者……巴ちゃんの妹だしね。もしかしたら……取り調べも必要になるかも。容疑者が二人になちゃったりしてね」
「……?!」
「可哀想にねぇ、巴ちゃんの妹ちゃん。ナルホドちゃん、キミが唆したせいで……。どうなっても知らないよ」
「で、でも、イトノコ刑事が一緒だったんですよ。彼は……」
「ああ、彼、この事件の捜査からは外れてるんだよ?つまり、あくまで勝手な行動ってことだよね」
「そ、そんな……。茜ちゃんは……彼女はどうなるんですか?」
必死な様子で訴えると、不意に、今まで興味のなさそうにしていた彼の様子に変化が現れた。
どこかとぼけたように泳いでいた目に力が戻って、ぎろりと鋭い眼光が、成歩堂を捕える。
「……?」
一瞬だけ怯んだ成歩堂を前に、先ほどまでの威圧的な様子など嘘のように、巌徒はにこやかな笑みを浮かべた。
気のせいか、何だか……少し嫌な予感がした。
「キミ次第……かなぁ、ナルホドちゃん」
「……え」
「キミの態度次第で、何とかしてあげてもいいよ。何と言っても、局長だから、ボク」
「で、でも……ど、どうすれば……」
「さぁね……。妹ちゃんの代わり……って訳で。キミには、何が出来る?」
言いながら、巌徒は腕を伸ばして成歩堂の肩を掴んだ。
痛いほどそこに力が込められて、びく、と身を硬くする。
「キミに出来ることと言えば、そうだなぁ……」
「……」
「ボクを楽しませてくれる、とか…?」
スーツの隙間から、黒い革の手袋を嵌めた彼の手が、中へと潜り込む。
「……っ!」
すうっと脇腹の辺りをなぞられて、成歩堂は短く息を飲んだ。
「子供じゃないんだ、解かるよね?ボクのいいたいこと」
「……っ」
怖くない訳はなかった。
それに、頭の中に御剣の顔が浮かぶ。彼を裏切る行為になるかも知れない。
でも、このまま踵を返すくらいなら、始めから来なかった。
暫くの間の後。
成歩堂は蚊の鳴くような声を発した。
「わ、解かりました……その代わり、茜ちゃんを……」
「ああ、勿論だとも!悪いようにしないよ」
巌徒は大きな音を立てて手袋を嵌めた手を鳴らし、豪快に笑った。
その直後。ぐい、と思い切り腕を引かれて側に引き寄せられる。
「……ぁっ」
反動で、すっぽりと恰幅の良い彼の体に身を預けるような形になる。
他人の体温と慣れない人物の匂いに、成歩堂は身を強張らせた。
「キミのこともね、ナルホドちゃん」
「……!」
言いながら、ごつい手が襟元に伸びて、成歩堂のネクタイをするりと引き抜いた。
これから起きることを考えると、足が震えて、立っているのが不思議なくらいだ。
「ここじゃあ、何だからね。ぼくの部屋に行こうか」
「……」
屈辱に耐えるように頷いて、ぎゅっと目を瞑った成歩堂の頬は、羞恥の為に朱に染まった。
「あ、ぁぁ……っ」
胸元をぐいぐいと弄られて、逃れるように身を捩る。
けれど、覆い被さるように組み敷かれて、逃げ出すことなど出来そうもなかった。
何より、自ら望んでこんな戯弄を許しているのだ。
成歩堂はただ黙って、震える唇をきつく噛み締めた。
「感じやすいなぁ、キミ」
「ん……っ!」
性急に内股を伝って来た指が奥に伸びて、体が竦む。
ぐい、と両足を左右に広げられて、成歩堂は咄嗟に、行為を制止するように顔を上げた。
「が、巌徒さ……」
「何?全然大丈夫でしょ?」
哀願するような呼び掛けに、巌徒は顔色も変えず言い放ち、成歩堂の耳元に顔を寄せた。
「……慣れてるはずだよね?いつもしているから……ミツルギちゃんと」
「……っっ!!」
囁くように告げられた言葉に、息を飲む。思わず、さぁっと音を立てて血の気が引いた。
「ボクが知らないとでも思ってた?甘いんだよね、ホント」
成歩堂の反応に、巌徒局長はどこか嘲るような笑みを浮かべて、見下ろして来た。
過剰に反応してしまったことに後悔したが、もうどうしようもない。
膝の裏に回された手に押し上げられて、秘部が晒される。
「ぁ……、っ……!」
びくりと体を引き攣らせた途端、指先がずぶりと埋め込まれた。
「ぅん……、ん……っ!」
引き攣る痛みが走って、身を捩る。狭い場所を広げるように蠢く指に翻弄されて、成歩堂はただ鳴き声のような言葉を漏らすだけだった。
「く……っ!」
その上、敏感な場所を抉られて、衝撃に短く息を飲む。喉が仰け反って、無防備なそこに巌徒が噛み付くように顔を寄せた。痛みと共に、無理矢理限界まで引き摺られる。
御剣と何度かこうして体を重ねたことはあっても、成歩堂の体は、まだ乱暴な愛撫には慣れていなかった。
「あぁ……っ、く……っ」
巌徒の指先にいいように翻弄されて、無理矢理這い上がる快感に身を捩る。手馴れた仕草で直接刺激を送り込まれて、快楽に慣れていない体では、一溜まりもなかった。
「はぁ……は……ッ」
堪えきれずに熱を散らした後も、一向に疼きは治まらない。
埋め込んだままの指先で、巌徒が更に奥まで探るように動かす。
「ぅあ、……あ!」
「大丈夫かい?ナルホドちゃん」
続いて、耳元で名前を呼ばれ、声に反応して顔を上げる。見下ろす巌徒のその目が、情欲に濡れているのを見て、成歩堂の双眸には怯えの色が走った。
「……っ」
「ほら、ちゃんともっと足開いて」
「……!巌徒さん!もう止めて下さい!」
「何だい、もうって?ボク、まだ一度も良くしてもらってないんだけど?」
「……!」
容赦ない言葉を浴びせられ、膝が広げられる。先ほど吐き出したものが奥へと塗り込められて、身が竦む。侵入を拒もうと、無意識に力が入り、秘部が強張るのにもお構いなく、巌徒は強引に身を沈め出した。
「ぐ……!」
そのまま、小さく律動が始まって体中に衝撃が走った。
「痛……っ、ぁ、は……っ!」
容赦なく突き上げながらも、巌徒が揶揄する声を発する。
「痛いかい?でも可笑しいねぇ」
「くっ……!ん……っ!」
彼は成歩堂を揺さ振りながら、中心へも手を伸ばして、ゆっくりと扱き始めた。
「そうは見えないけど……ナルホドちゃん??」
「ぁ、っつ……!」
与えられる屈辱と激しい羞恥に、成歩堂は掠れた声を上げた。びくびくと快感に震える内股が、限界を訴えて引き攣る。
「や、嫌だ……、あぁ…っ!」
必死に頭を振る成歩堂の目に涙が浮き上がる。
やがて、抵抗しようともがく腕も空しく、成歩堂は巌徒の手の中で二度目になる精を吐き出した。
「う……ぅ……」
尚も、休むまもなく突き上げられて、言葉にならない声を漏らしながら、早くこの行為が終ってくれることを願って、成歩堂はきつく目を閉じた。
どのくらい、そうしていたんだろう。
やがて、不意に部屋に響き渡った電子音に、巌徒はぴたりと動きを止めた。同時に、引っ切り無しに上がっていた成歩堂の声も止む。荒い息遣いが木霊する部屋の中で、尚も、場違いな気の抜けたような音が聞えた。
これは……。
(で、電話……?)
それが自分の携帯の着信音だと気付くまで、かなり時間が掛かった。
霞んだ頭の中で認識すると、成歩堂は音がする方を見やった。テーブルの横に、剥ぎ取られたスーツの上着が無造作に置いてある。
巌徒が無言で、そのポケットに押し込まれた携帯電話を取り上げるのが見えた。
それを制止する気力もなく、成歩堂はぼんやりとその様子を視界の隅に捕えた。
「どれどれ、ああ……」
やがて、携帯の液晶に目を留めた巌徒が、顎鬚をなぞって笑みを漏らした。
嫌な汗が成歩堂の背を伝う。
まさか、と言う思いが悪寒となって肢体を駆け上がる。
そして、その予感は不幸にも当たってしまったようだった。
「ミツルギちゃんからだね、偶然だなぁ」
「……?!」
巌徒の言葉に、成歩堂は息を飲んだ。
御剣。御剣怜侍。
今ほど、彼の名前を聞きたくないと思ったことはない。
彼でない人物に体を投げ出し、好き勝手に蹂躙されているのに。
どんな形であれ、彼と繋がりを持つようなものを、ここに持ち込むべきではなかった。
けれど、事態は成歩堂が嘆いていたものより、ずっと厳しいものだった。
不意に、何を思ったのか、巌徒が手に持っていた携帯を成歩堂に差し出したのだ。
「はい、ナルホドちゃん」
「え……」
その上、そんな台詞を投げ掛けられて、目を見開く。
思考が停止していて、本当に何を言われているのか解からなくて、困惑した声が出た。戸惑いに揺れる成歩堂に、巌徒局長は容赦のない要求を突き付けて来た。
「出るんだよ、ここでね」
「……?!そ、そんな……!」
ようやく巌徒の望みが解かって、あまりのことに息を飲む。
そんなこと、出来る訳がない。これだけでも、彼にどんな顔をしていいか、解からなくなっているのに。
そんな、とんでもないこと。
「い、いやです、そんな……」
「ナルホドちゃんさ……聞えなかったのかな」
ゆるゆると首を振る成歩堂に、巌徒の言葉は続く。
「出ろって言ってるんだよ、このボクがさ」
「……!!」
有無を言わさない口調で冷たく言い放たれ、成歩堂は怯えたように息を飲んだ。
逃げることは、もう許されなかった。
「もしもし……」
声が震えないように、成歩堂は通話ボタンを押して、電話を耳に当てた。
体は依然として、巌徒に貫かれたまま。もう片方の腕は押え付けられて、足は大きく広げられて。そんな中で、彼の声を聞くのは辛かった。
『成歩堂、どうした?随分出るのが遅かったな』
「ご、ごめん……ちょっと転寝してて……」
『そんなことをしている場合なのか、明日は……解かっているんだろう?』
「う、うん……勿論だよ」
屈辱と羞恥に、頬が赤く染まる。頭に血が昇って、成歩堂の両目には涙が浮かんだ。
早く用件を聞いて通話を終えてしまいたいのに、舌がもつれて、上手く話すことが出来ない。
その上、不意に、巌徒が笑うような気配がして、ぎくりとした。
電話を当てていない方の耳元に、微かに吐息が掛かる。
「さて、何処まで耐えられるのかな、ナルホドちゃん」
「……?!」
続いて、熱い舌に耳朶を舐め上げられて、びく、と肩が揺れた。
嫌がるように逸らした顔が引き戻されて、今度は首筋に噛み付かれた。
「……っっ!!」
びく、と体が忠実に反応を示してしまった。寸でのところで唇を噛んで、必死に声を殺す。
受話器との距離は近い。
御剣に、聞こえてしまう!
「……っつ、ぅ……」
続いて、胸元にまで降りて来た舌先が突起の上を這い回り、埋め込まれたものが内壁をゆっくり抉る。
湧き上がる痺れと痛みに、頭がどうにかなってしまいそうだった。
「……ん、……んっ」
『成歩堂?聞いているのか?』
「み、つるぎ……き、聞いてる」
『何かあったのか……?様子がおかしいぞ』
「……!な、何でもない!何でもないよ!」
『それならいいが……』
「も、もういいだろ、御剣……明日の用意始めるから……」
『……解かった』
結局、これと言った用事はなかったのだろう。恐らく、明日のことが気になって掛けて来てくれたに違いない。
少し訝しげな声を発しながらも、御剣は電話を切った。
あまりにも長く感じた時間が終って、成歩堂は深い吐息を吐いた。でも、安堵している暇はなかった。
「よく、我慢したね、ナルホドちゃん」
「ん……っ、んぅ……」
途端、ぐっと奥まで突き上げられて、首筋が仰け反る。
「ご褒美だよ、ボクからのね」
言い終えるなり、荒っぽく腰を抱き抱えられて、深く内部を抉られた。
「……はっ、ぅ……!」
今までになく乱暴な抽送に、息が詰まって、成歩堂は掠れた悲鳴を上げた。頭の中が白ばんで、巌徒を受け入れている部分だけ、やたらと感覚が研ぎ澄まされて。
「い、嫌だ……や……」
成歩堂は必死に首を左右に打ち振った。痛みと共に駆け上がる痺れに、再び限界へと引き攣られる。
「み、つるぎ……御剣……!」
薄く開いた唇からは、喘ぎ声に混ざって、うわ言のように御剣の名前が零れた。
「健気なもんだね、ナルホドちゃん」
「く……っ、ああ……っ」
その声に煽られるように、巌徒の動きが激しくなる。彼も限界が近いのか、打ち込まれた楔は熱くてどくどくと脈打っていた。
「キミを見ていると、何だか汚してやりたくなるよ」
その言葉の意味を悟る前に、頭の奥が霞んで、成歩堂の意識は闇へと飲み込まれていった。
終