スクランブル・エッグ




あの事件の後。
成歩堂は可能な限り、あやめの元に面会に行っていた。
もうこれで、何度目だろう。
回数を重ねる内に少しずつ打ち解けて、あやめも成歩堂も、かなりリラックスして話すようになっていた。
今も、向かい合って座る二人の顔には楽しそうな笑顔が浮かんでいる。
春美が見たら、きっと恐ろしく怒るに違いない。

「あ…そう言えば、あの時はありがとうございました、あやめさん」
「は、はい。何のことでしょうか」
「5年前のことですよ。あなたは毎日のように、ぼくにお弁当を作ってきてくれたじゃないですか」
「い、いえ…そんな…」

カァッと真っ赤になって、照れたように俯くあやめの姿も、もう見慣れたものだ。

「本当に、いつもぼくの好物ばかりだったんですよ。特にその…卵焼きとか…」
「そうだったのですか…良かったですわ」
「ああ、でも…」

にこりと微笑んだあやめの笑顔を見て、不意に思い浮かんだことがあり、成歩堂は少し人の悪そうな笑みを浮かべた。

「そう言えば…一度だけ、物凄く焦げた卵焼きだったことがありましたね。覚えてますか?」
「え…っ?」
「甘いのに塩辛い味がして、その上焦げと混じって、しかも形はガタガタで…凄い味がしました。全部食べましたけど…」

首ったけじゃなかったら、完食するのは到底無理なほど、かなりの味だった。
今でも忘れられない。
そう言うと、あやめは何故か困惑したような表情を浮かべて、まじまじと成歩堂の顔を覗き込んで来た。

「あ、あの。それは…本当なのですか?」
「え、はい…。間違いありませんよ」
「あの…リュウちゃん、もう少し詳しく覚えておりませんか?」
「え、ええと…」

確か、あれは…。よく、覚えている。
彼女が、一番最初にお弁当を作ってきてくれた日。
そう…卵焼きと言うよりは、“炒り卵”と言う感じの。
思い出したことを全て話すと、あやめは少し考え込んでから、小さく首を振った。

「リュウちゃん、それはきっと…わたしではないです」
「え……?!」
「信じられないですが…恐らく、お姉さまが…」
「……!」

(な、何だって?!)

「で、でも…!ぼくと彼女は二回しか会ったことがないって、あなたが言ったんですよ、あやめさん!」
「も、勿論、わたしもそうだと思っておりました。でも…それは、その卵焼きは、わたしではありません」
「……」

成歩堂は返事をするのも忘れて、ただ呆然となった。
目の前に、まるで…遂この間見たばかりのように鮮明な、彼女の笑顔が浮かび上がる。
少し照れたような、いじらしい少女の顔。

『いかがかしら、リュウちゃん?』
『う、うん…ちょっと個性的な味だけど、とっても美味しいよ、ちいちゃん』
『良かったですわ、リュウちゃん。わたし…お料理なんて初めてしましたの』
『ちいちゃん…』
『リュウちゃんに食べて頂けて、ちなみ、本当に嬉しいですわ』

そう言って、彼女は天使のような笑みを浮かべた。
まだ、はっきりと覚えている。

「…そう、だったんですか…」

成歩堂は呆然としたまま、独り言のようにそう呟いた。
その後はどんな話をしたのか、あまり覚えていない。
そうして、又来る約束を交わして、その日はあやめと別れた。
けれど。

(そうか、あれは…ちなみ、さんが…)

帰路につきながら、どうしても先ほどのことを思い出してしまう。
その度に何とも言えない気分になって。
真っ直ぐに事務所に戻る気にもならず、成歩堂はひたすら、ぐるぐると回り道をし続けた。



END