スクランブル・エッグ2
今思えば、何でそんな面倒臭いことをしようと思ったのか。
世の中には、まだ理解出来ないことがあるらしい。
例えばそれが、自分のことだとしても。
(冗談でしょ…?)
ちなみは呆然と立ち尽くしたまま、整った顔を引き攣らせて、呟きを漏らした。
こんなことが、あって良いはずない。
こんな、馬鹿なことが…。
一度頭を冷やして、ちなみは冷静に状況を分析してみることにした。
まず、今自分はキッチンに立っている。
目の前にあるのは、まだ空っぽの綺麗なお弁当箱と、買い揃えられた食材。
そして、自分の手には、ちくちくと刺さる不快な感触。
そして、手触りが良いとは言えない、ぬるりとしたもの。
「………」
無言のまま、掌の中を見つめて、ちなみは改めて愕然とした。
手の中にあるものは…お弁当の食材には欠かせないと言っても良い、所謂、卵。
それが、何故かぐしゃぐしゃになって握り潰されていた。
何のことはない、卵が…。
(わ、割れない…?!)
認めたくはないが、どうやらそうらしい。
他の誰かが卵を割る瞬間なんて、嫌と言うほど目にして来た。
だから、自分も簡単に出来ると思っていたのに。
でも、現実はちなみにとってかなり厳しいものだった。
力の加減が解からず、叩き付けたときに潰してしまったのだ。ぐしゃりと。
そんな馬鹿な。
たかが…ニワトリの卵の分際で、この…美柳ちなみの手を煩わすなんて。
忌々しいけれど、ここで立ち止まっていてもどうしようもない。
ちなみは気を取り直して、それを三角コーナーに投げ捨てた。
そして、新しい卵を手に取る。
今の卵はきっと、欠陥品だったに違いない。
今度こそ、上手く行く。
が……数分後。
気づくと、十個あった卵は、いつの間にか残り一個になっていた。
(どう言うことなのよ!)
ちなみは胸中で卵を罵倒したが、どうにもならない。
この白くてつるっとしただけの役立たずの物体は、ちなみを嘲笑うかのように、キッチンのテーブルにのさばっている。
こうなったら、もうヤケだ。ちなみは奥の手に出ることにした。
取り敢えず、ボウルの中で卵をぶつけてぐしゃっと潰し、後から殻を取り除いた。
これで、何とか卵液らしいものがボウルの底に残った。
最初からこうすれば良かった。
少し、小さく殻が混じってるのが見えるけれど、この際いいだろう。
ちなみは一息吐くと、今度は手にした割り箸でガシガシと卵液を掻き混ぜた。
けれど、その後、大変なことが起きてしまった。
さっき入れたのが、塩だったか、砂糖だったか、解からなくなってしまったのだ。
どっちも白い色をしているのが悪い。
(アタシのせいじゃないわ)
まぁ、両方入れておけば問題ない。
ちなみはスプーンを二つ持つと、砂糖と塩、両方の入れ物から一つずつ掬って、ボウルの中に放り込んだ。
そして次は、これら焼く訳なのだが。
とにかく、油を引いて、フライパンを熱して焼けばいいはず…。
てきぱきとした動きで、ちなみはコンロにフライパンを置き、油を注いで火を点けた。
でも、熱し過ぎてしまったのか、卵液を流し込んだ途端、ジュワ!!っと物凄い音がした。
「きゃあぁぁ!!」
あまりのことに飛び上がって、我を忘れて叫んで、2、3歩下がってから、我に返る。
「はぁ、はぁ……」
何て、見っとも無い。
小娘みたいに叫んでしまった。
(このアタシに悲鳴を上げさせるなんて!)
この屈辱は許せない。
このフライパンもガスコンロも役立たずのクズだ。
用が済んだらゴミ捨て場に叩き込んであげよう。
とにかく火を止めて、ちなみは焦げて滅茶苦茶になった卵焼き(のようなもの)をお弁当箱に詰めた。
何て長い道のりだったのだろう。
でも、やっと出来た。
そもそも、何故こんなことになったのかと言うと。
あの男…成歩堂龍一のご機嫌をちょっと取って、ペンダントを返して貰い易いように、と思ったからだ。
なのに、こんな酷い目に遭うとは…。
もしこれで、この卵焼きを残したりしたら…。
あの男……。
目的なんて関係ない。
(すぐにあの世に送ってあげるわよ、リュウちゃん)
そんな物騒な台詞を吐きながら、ようやく出来上がったお弁当を抱えて、ちなみは成歩堂が待つ大学の構内へと足を進めた。
END