しるし2




矢張が付けた迷惑な痕は、まだくっきりと肌の上に浮かび上がっていた。
包帯を投げ捨てた御剣が、難しい顔をしてその痕に触れる。

「これは……どう見ても、その……犬ではないように見えるが?」
「そうだろうね、矢張にやられたから」
「ム……何故、そう言う状況に……」
「寝ぼけて吸い付いて来たんだよ、女の子と間違えて」

ただ、それだけのことだろう?
自分の言葉に、御剣の方も、軽い調子で頷いてくれると思ったのに。
口を開いた彼は、成歩堂が予想もしていないことを言い出した。

「それで?何故きみは、これを隠そうとしたのだ?」
「え……?」

意外なことを聞かれて、何だか間の抜けた目で御剣を見やる。
成歩堂の反応に、彼は裁判の時のように、表情を厳しくした。

「隠していたのは、私に気付かれたくなかったから、と言うのは解かる。だが、それは何故だ?」
「え……?」
「何も後ろめたいことがなければ、そのままで良い筈だ」
「それは……、よく……解からない……な」

曖昧な答えを返すと、御剣の気配がますます険しくなった。
無表情に見えるけど、内心、とても感情的になっているのが解かる。
今、何か……彼の神経を逆撫ですることを言っただろうか?
訳が解からないまま、距離を取ろうと一歩下がると、代わりに御剣が一歩足を進めて来た。
更に後ずさりすると、腿の辺りに硬いデスクの感触が当たる。
何だか、不味くないか……。
そんな思いが頭を掠めた途端。
ガタ!と音がして、成歩堂はあっと言う間にデスクの上に押し倒されていた。

「御剣!……っ」

抗議の言葉を吐こうとした唇が、再び強引に塞がれる。

「……んんっ」

そのままシャツの上を辿りだした手に、成歩堂は慌てて身を捩った。

「み、御剣、今は……嫌だ」
「それは……悪いが、聞くことは出来ない」
「な、何で……ぁ……!」

上体をなぞっていた手が徐に下へ降りてきて、成歩堂は身を震わせた。
今まで、こちらが嫌だと言えば、彼は決して無理に強行しようとはしなかったのに。

「んん……っ、ん……」

自分の意思とは裏腹に、積極的に与えられる刺激に、慣れている体が勝手に反応してしまう。
じわ、と強烈に這い上がって来た感覚に、成歩堂は首を振って抵抗を試みた。

「ちょっと、待てって……!御剣、どうして!」
「きみが、解からないと言うから、教えてやるまで、だ……」
「……!」

(え……?)

不可解な台詞に、頭の中に疑問符が浮かんだ、直後。
急に、腰を掴まれてぐるんと体が反転し、今度はデスクの上にうつ伏せに押し付けられた。
がつ、と衝撃が走って、一瞬息が詰まる。

「う……っ!何、するんだよ!」

抗議の声が聞き入れられる様子はなく。
いきなりベルトを引き抜かれて、下衣が取り除かれた。

「御剣!!」

焦って叫び声を上げると、やけに落ち着いた声が降って来た。

「無駄だ、今日は止めるつもりはない」
「……っ!!そんな……悪役みたいなこと、言うなよ!」

暴れようとした腕が取られて、ぎゅっとデスクの上に抑え付けられた。

「……何とでも、言え」
「……!」

いつもより低い声で耳元に囁かれて。
ぞくっと背筋に強い痺れが走った。



「く……っ!」

入り口を探るように動いていた指が、突然ぐい、と割り入って来て、痛みに四肢が引き攣る。
そのまま、広げるように押し上げられて、腰が跳ね上がった。

「んん……、う……ッ!」

自分の意思に反して、御剣の指を更に飲み込もうと、内壁が萎縮する様に動いて、成歩堂は掠れた声を上げた。
何度も何度も狭い場所が押し広げられ、次第に彼の指先に翻弄されて行く。
既に押え付ける力は緩んでいたけれど、成歩堂の両腕は力なく項垂れたままだった。



「……うっ……!」

不意に、ずるりと指が引き抜かれ、喉の奥で呻きを上げた。
代わりに押し当てられたものに、無意識に体が強張る。
緊張を解く為に大きく息を吐いたその瞬間に、彼が奥まで侵入して来た。

「……うっ……あぁッ!!」

圧迫感に息が詰まって、内股が震える。
何とかして声を殺そうと、必死に唇を噛み締めたけれど、容赦のない動きは止まらない。
両手で成歩堂の腰を抱くと、御剣はぐっと繋がりを深くした。

「ん……っ!くっ……!」

いつもより数段乱暴な抽送に、御剣を受け入れている部分が血を滲ませた。
けれど。
何度も繰り返される内に、やがて、徐々に濡れた様な音が聞こえ出す。
痛みと交じり合って駆け上がる快感には、未だに慣れることが出来ない。
デスクが嫌な音を立てて軋む度、意識が飲み込まれそうになって、成歩堂は必死に自分を保とうと努めた。
それに。
背後から圧し掛かる御剣はずっと無言のままで、どんな顔をしているのかも見えなくて、何だか不安が募る。
今すぐにでも向き直って、彼の表情を真っ向から覗き込んで、文句の一つでも言ってやりたいのに。

「く……っっ!」

不意に、一層激しく突き上げられて、そこで思考は寸断された。
ずり落ちそうになる成歩堂の体を、御剣の腕が抱き締める。
力の抜けた四肢は抵抗を忘れてしまい。
成歩堂はただひたすら、彼の与える心地良い刺激に翻弄されるだけになった。



「成歩堂、いつまで寝ている」
「うー……ん」

「そろそろ帰らないと、真宵くんが心配するのではないか」

どの位時間が経ったのか。
御剣の呼ぶ声で、成歩堂は目を覚ました。
いつの間にか、眠ってしまったようだ。
体中がだるい。それに、腰も痛い。

「成歩堂……」

急かすように名前を呼ばれて、成歩堂は何とか無理矢理体を起こした。

「……解かってるよ。だいたい、お前があんな無茶苦茶するからだろ……」
「……すまないとは思っている」
「何だよ、それ……」

文句を言い掛けて、成歩堂はふと、ベッドの側にあった鏡に映る自分に目を留めた。
そして、矢張の付けた痕の上が、更に赤く鮮やかに鬱血しているのに気付いて、呆然とした。

(な、何だ、これ……)

恐らく、さっきの行為の最中に、いつの間にか御剣が付けたのだ。
痕を見ながら蒼白になる自分に気付いたのか、御剣は少しだけ笑ったように見えた。

「すぐ消えるだろう。気にしないことだ」

それだけ言うと、バスルームにでも向かったのか、彼は成歩堂を残して部屋を出て行った。

「……」

すぐ消える――。

矢張の痕だって、同じだ。きっと、すぐ消えてしまう。
それなのに……。
御剣の背を見送って、残された成歩堂は一人、頭を抱えた。

「何だよ、あいつ……」

訳が解からない。

「じゃあ……何で、あんなに怒ったんだよ……」

再び、ドサッとベッドに体を投げ出しながら。
御剣の匂いがする毛布に、そっと顔を埋めた。

「みつるぎ……」

知らず、そんな呟きを漏らすと……。
成歩堂は、御剣が付けたこの痕だけは、消えることなく残れば良いのにと思った。



END