Strangers2
その後。
荷物を纏めて牙琉検事の家に向かう途中、みぬきから電話が掛かって来た。
携帯の画面で彼女の名前を見て、思わずドキリとする。
そう言えば…。
みぬきは成歩堂のこと、本当はどう思ってるんだろう。
もし、前にみぬきが彼にしていたキスが、恋から来るものだったら…。
春美とみぬきはライバルと言うことだ。
そんな二人が、事務所で鉢合わせたとしたら…?
これは、まずい。
王泥喜は慌てて電話の通話ボタンを押した。
「もしもし、みぬきちゃん?」
『あ、オドロキさん!』
「ど、どうしたの?」
『あの…みぬき、今日お友達の家に泊まって来ますから』
「え?」
『パパにも伝えようと思って、さっきから電話してるんですけど…全然繋がらないんですよね』
「そ、そうなんだ」
『一応、もう一度電話してみますけど…』
その言葉に、王泥喜は慌てて声を上げた。
「いやいや、成歩堂さんには俺から電話しておくから!みぬきちゃんは気にしないで友達と遊んで来てね」
『そうですか?ありがとうございます。じゃあ、宜しくお願いします』
「う、うん」
これで、何とか修羅場は回避出来るだろうか。
修羅場…凄く見てみたい気はするけど、やっぱり怖いような。
まぁ、ともかく。
これで、春美と成歩堂はあの事務所に二人っきりな訳だ。
いや、二人っきりくらい、もう体験しているに違いないけれど。
改めて考えると、ドキドキするような…。
結局、その日は二人のことが気になって、王泥喜はあまりよく眠ることが出来なかった。
翌朝。
いつもより早く起きて、四時に発声練習をして、牙琉検事を叩き起こしてしまった後。
王泥喜はおデコに人差し指を当てて考え込んでみた。
成歩堂と春美、どうなっただろう。
物凄く気になる。
邪魔をするのは憚られるけれど、出勤しない訳にも行かないので、結局は緊張しつつも事務所に向かった。
事務所に着いて、恐る恐る扉を開けてみると、中はまだシンと静まり返っていた。
二人とも眠っているのだろうか。
でも、そろそろ事務所も開けるし、起きて貰わないと・・・。
そう思いつつ、そっと足音を忍ばせながら奥の部屋の扉に近付くと、不意に微かな声が聞こえて来た。
「…うー…ん」
「……!!」
(……ん?)
寝惚けたような、女の人の声。
それはいいのだけど…。
何だ、今の。春美の…じゃないような。
何とも色っぽい、お姉さんのような…。
思わず、ごく、と生唾を飲み込んだ後、王泥喜はドアをそっと開けて、中の様子を伺ってみた。
ドアの隙間から目を凝らすと、いつも思い思いに眠っているベッドやソファが見える。
続いて、ぴたりと身を寄せ合っている男女が二人、視界に飛び込んで来た。
しかも、女の人の方が、成歩堂の上に乗っかるような形になっている。
更には…。
一人は成歩堂だけど、もう一人はどう見てもあの子じゃない…。
申し訳程度に掛けられた毛布から、白い足が剥き出しになっていて、ドキっとする。
細くて折れそうな春美のものとは、明らかに違う。
(な、何だこれ…?!)
何故、成歩堂が他の女の人とこんなことになっているのか。
しかも、春美の姿はどこにもない。
今日は泊まるって、あんなにはっきり言っていたのに。
用事があって帰ったんだろうか。
だからって、早速別の誰かを連れ込むなんて!
しかも、こんなに密着して、一晩を一緒に過ごすなんて。
そんなの、許せるわけない!!
「な、何をやってるんですか!!あなたたちは!!」
「―――?!!」
我慢できずに部屋の中へ飛び込んで、王泥喜は思い切り大きな怒鳴り声を上げた。
途端、二人が弾かれたようにソファから飛び起きる。
彼女が起き上がった弾みで、掛かっていた毛布が床にゆっくりと落ちた。
代わりに現れたのは、和服から今にも零れ落ちそうな胸。
思わず状況も忘れて見惚れてしまいそうなほど、綺麗で色っぽい女の人だ。
「……え?あれ、千尋さん…?」
成歩堂は顔を上げると、目の前の王泥喜と、未だに体に圧し掛かったまま佇む美人を幾度か見比べた。
今、千尋さん、て言った。
そりゃ、見れば春美じゃないって一発で解かってたけど…。
彼女は、あんなに嬉しそうにしていたのに。
どうして、こんな…。
「成歩堂さん、あなたは…あなたって人は…」
「……?」
惚けたような目をこちらに向ける成歩堂に、びしっと人差し指を突き付ける。
もう片方の手は、怒りの為にぶるぶると震えていた。
もう、訳が解からないくらい興奮してしまって、どうしようもない。
「春美ちゃんと言うものがありながら、こんな、こんなことを!!」
「オドロキく…」
「見損ないました!!最低です!!」
「……!!!」
勢いのまま、くらえ!と叫ぶと、王泥喜は思い切り成歩堂の右頬に渾身のパンチを叩き込んだ。
そして、わぁぁぁ…!!と叫びながら、そのまま事務所を飛び出して行った。
その後……。
「まぁ。何て言うか、随分元気の良い子ね」
「あの…千尋さん、昨日の夜、戻った筈じゃ…」
「さぁ、わたしにもよく解からないんだけど…。きっと、はみちゃんがまた呼んじゃったのね」
「…そう、ですか」
「それより、なるほどくん」
「はい…」
「いつの間に、はみちゃんとそんな仲になってたの?」
「……。解かっているくせに。止めて下さいよ、そう言うこと言うの…」
「ふふ、ごめんなさい」
「あの、それより…いい加減、退いて下さい」
「ああ、そうね。でも…誤解であの子に殴られちゃうなんて、損だと思わない?いっそ、誤解じゃなく、事実にするとか…どう?」
「……!!」
「冗談よ、なるほどくん。そんなに赤くならないで」
「……」
二人の間で暢気にそんな会話が交わされていることも。
一体どんな経緯で千尋がここにいるのかも、当然、王泥喜の知るところではなかった。
END