酔狂




花見客で溢れる公園の桜の木の下。
今晩はやたらと月明かりが綺麗で、ピンクの桜の花びらは銀色の光に照らされて、本当に美しく見える。
そんな中、矢張はひたすら酒を煽りながら、最悪な結末となった苦い恋の思い出を成歩堂にぶつけていた。
いや、思い出なんて言うには、まだ早い。
全然吹っ切れていないのだから。
がむしゃらに酒を飲み干しても、空っぽの缶が増えるだけで、ちっとも傷は癒されない。

「俺もう、女なんか、女なんか信じないからな!」
「解かったって、矢張」

喚く自分と、なだめる成歩堂。
そんな不毛な会話を延々と交わし続けて。
やがて一人二人と人は減り、気付いたら辺りには自分と成歩堂だけになっていた。

「あのさ、矢張……。そろそろぼくも帰るよ」

ずっと愚痴を聞き続けて流石に疲れが出てきたのか、そんなことを言い出した成歩堂に、矢張は必死で噛み付いた。

「成歩堂!!お前、自分が幸せだからって……そんな態度かよ!」
「いや、矢張……ぼくはそんな……」

今彼は、何ヶ月か前から付き合い出した彼女と、かなり上手く行っているらしい。
のろけたいのを我慢して、ひたすら自分の愚痴に付き合ってくれているのに、こんなことを言うのはなんだけど……。

「頼むよ、成歩堂ぉぉ。お前まで帰っちまったら俺……もう本当に立ち直れねぇよ……!!」

彼に逃げられてしまっては、それこそ惨めで仕方ない。
両目にうるうると涙を浮かべながら縋り付くと、成歩堂は困ったように顔を顰めて、それから観念したように頷いた。

「解かった、解かったから!今日はとことん付き合うから、もう泣くなよ!」
「ありがとな。いいやつよなァ……お前」
「……まぁ、とにかく元気出せよ、ぼくに出来ることがあったらするし」

何と言っても、ぼくだけ幸せなのは悪いから……。
彼女のことを思い出したのか、成歩堂は思い切り顔を緩めていたけど、台詞の後半は矢張の耳に届かなかった。
ただ、ホッとしたせいか、何となく気分が良くなって……。
不意に、持っていた酒の缶を置くと、矢張は成歩堂に真っ向から向き直った。

「成歩堂……。お前は、なんだかんだ言って、いつも優しいよな……」
「え……?」

成歩堂の目が大きく見開かれる。
よくよく考えると、彼はいつもさり気なく側にいてくれる。
それに、何だかんだ文句を言いながらも、いつも自分の要求には出来る範囲で応えてくれる。
本当に……改めて、何ていいヤツなんだろう。
そう思った途端、何故か胸の奥がきゅんとなって、矢張は頭を打ち振った。

(な、何だ、今のは……)

まるで、恋の始まりみたいではないか。
いくら彼が良いヤツだとしても、自分が好きなのはあくまで女の子であって……。
いやでも、成歩堂のことも好きは好きだ。
男には興味ないけれど、彼はちょっと特別と言うか……。
しかも、その素直そうで真っ直ぐな目とか、派手なセーターから覗いた首筋とか。
こうして見ていると……何だか変な気分になると言うか。
知らず、矢張はごくりと生唾を飲み込んだ。
既に相当の酒を呷っていた為、何かを判断したり制御する力がなくなっていたのかも知れない。
それ以前に、思い込むとどうしても周りが見えなくなってしまうのだが。

「もし……お前が女の子だったらなァ……」
「……?」

ぐいと顔を寄せて言うと、成歩堂の目はますます丸くなった。
驚きに見開かれた彼の顔は、本当に無防備極まりなくて、何だか更に気分が良くなった。

「矢張……?」

探るように発せられた声が自分を呼ぶのと同時に、矢張は腕を伸ばして、成歩堂の体をその場に押し倒した。

「……?!」

抵抗する力は全く感じられず、彼はその場にあっさりと横になった。
寧ろ、何をされているのか半分も理解していない、と言う感じだったが……。

「成歩堂……」

耳元で熱っぽく囁いてその上に圧し掛かると、流石に少しは状況を悟ったのか。
びくりと肩が揺れて、それから彼の腕が持ち上がって矢張を引き剥がそうともがき始めた。

「矢、矢張?!な、何やってんだよ!?」

切羽詰った声に、何だか優越感のようなものを感じる。
腕を押え付けて一瞬だけ抵抗を奪うと、矢張は彼の唇を思い切り塞いでみた。

「ん、んん……?!」

さっきよりも勢い良く成歩堂の体が揺れて、彼の唇からは意味を成さない言葉が漏れた。
本当に、心底驚いているのか。
息を飲んだまま動けないでいるのを良いことに、矢張は更にキスを深くした。
触れていただけの唇を割って、舌を忍ばせる。
歯列をなぞって、舌を絡めて、軽く吸い上げて。
濡れた音が聞こえ出すようになって、ようやく彼は四肢をばたつかせて暴れ始めた。

「な、何するんだよ!お前!」
「いいから!黙ってさせろよな!とことん付き合うって言っただろ?」
「そ、それは……」

勿論、付き合うと言っても、こんなことまで許す、と言う意味ではないと、解かっている。
でも、そんなことはもうどうでも良かった。
まだ何か言おうとしている煩い唇を、矢張は再び自分の唇で塞いだ。

「んっ、ん……!」

恋人がいるくせに、まだキスには慣れていないのか。
それとも、自分のが激しいのだろうか。
成歩堂は苦しそうな声を上げて、頭を左右に振った。

「はぁ、は……後で、ちいちゃんに、消毒してもら……っ」

自分の下で、彼は息を切らしながらしきりにそんなことを呟いていたが、矢張を本気で跳ね退ける気はないらしい。
それを良いことに、何度も顔を寄せてキスをした。
噛み付くように啄んだ唇は柔らかくて、もっと深く強く味わいたいと言う欲求を生み出す。
それに従って思うようにキスを続けていたけれど、すぐにまた物足りなくなってしまった。
キスだけじゃ、足りない。
今度はその言葉だけが頭の中を支配し出す。
酒のせいなのか何なのか、理由は解からないけれど、もう止まる事は出来そうもなかった。

「……っ!?」

本能的な欲求に煽られるまま、矢張は腕を伸ばして、彼のセーターを捲り上げて、肌の上を直接なぞった。

「待て、矢張!流石にこれは……っ」

当然、焦りを生んだ声が上がって、彼は半ば本気の抵抗を始める。
彼の肌は滑らかで、固い骨の浮き上がった部分は手触りが良くて、掌に心地良かった。
ここで止められてなるものか。
矢張も本気になって、彼の腕をきつく押え付けた。

「頼むよ、成歩堂。何か……今すぐやらないと、どうにかなりそうなんだって」
「し、知るかよ!そんなこと言われて、はいそうですか、何て言うヤツがいるか!」
「いいから、ちょっとだけ、な……?」
「……?!ちょっとって!待……っ」

もがく成歩堂に覆い被さって、動きを封じる。
じたばた暴れる足を左右に割って、体を割り入れると、抵抗は大分小さくなった。
ぐっと、下肢を押し付けるように身を寄せると、彼の目が信じられないと言ったように大きく見開かれる。

「や、矢張……お前、本気なのか?!」
「当たり前だろ、成歩堂!」

言いながら、彼の下衣に手を掛ける。
呆然としている成歩堂は、殆ど抵抗しなかった。

「……な、何で……」

ただ、喉の奥から引き攣った声が漏れて、それが酷く耳に心地良くて。
剥き出しになって目の前に晒された両腿に、どくどくと鼓動が早くなった。
何でだろう。それは、自分でも解からない。
とにかく、今は彼を抱くことに夢中になってしまって、それ以外のことは本当にどうでも良くなっていた。
疑問に答える代わりに、矢張はもう一度そっと顔を寄せてキスをした。



「……つ、あ!」
「成歩堂……っ」

彼の名前を呼びながら、足の間に潜り込ませた指先を奥へと進める。
当然、彼もこんなことは初めてなのだろう。
指が入るか入らないか。
少しも綻んでいない場所を広げていくのは、至難の業だった。

「……く、止め、矢張……っ」

指先が中へ沈められる度に、彼はしきりにそんな言葉を口にする。
少しだけ後ろめたい気持ちが頭を擡げたけれど、余裕のない掠れた声は、それ以上に矢張の欲求を煽るだけだった。
最初よりも確実に奥へと侵入して行く指先に、徐々に興奮が増す。

「う……っ!」

中を広げるように指を動かすと、彼の肢体がびくりと引き攣って喉が鳴った。
まだ、痛みしか与えていないことは解かっているけれど。
それを必死で堪える彼の顔は、薄明かりに照らされてやたらと扇情的に見える。
早く、この中に侵入して滅茶苦茶にしてしまいたい。
まだ十分ではないことは解かっていたけれど、矢張は早急に指先を引き抜くと、自身の衣服も緩めた。

「矢張……!ちょっと、待て……!」

成歩堂はハッとして、両目を大きく見開いた。

「無理だ!!まだ、絶対無理だって……!」

怯えたように逃げる腰を掴まえて、彼を自分の下に改めて組み敷く。

「もう、駄目だ。我慢出来ねぇよ、成歩堂……」
「……っ、で、でも、絶対無理だ!」
「まだ解かんないだろ!やる前から言うなよ!」
「や、やってからじゃ……遅いだろ!」

本当に恐怖を感じているのか、彼の顔は今まで以上に切羽詰って見えた。
青褪めた顔が銀色の光に映えて、背筋をぞくりとさせたけど、こうまでして強行するのは、流石にちょっと憚られる。
なけなしの理性が働いて、矢張は一度彼の腰を離した。
代わりに、指先を唾液で濡らして、そっと再び奥へと伸ばす。

「……んっ!」

ぐちゅ、と濡れた音が辺りに聞こえて、成歩堂は羞恥を刺激されたのか、ぎゅっと目を瞑った。
とにかく、今より痛くなければいい。
そう思って、矢張は空いた手で内股を撫で、それから彼の中心にも触れた。

「……っ!」

びく、と腰が跳ね上がる。
そのまま何度か擦り上げていくと、成歩堂からは徐々に荒い吐息が漏れ出した。
同時に、後孔の締め付けも僅かに緩む。

「は……、ぁ、あ……」

丁寧に中を探りながら、時折爪を立てるように奥へと進めると、成歩堂は聞いたこともないような掠れた声を出して、矢張の指を徐々に飲み込んで行った。
何となく、先ほどよりも、痛みは薄れているように見えるけれど。
眉根はきつく寄せられているし、握り締められた拳も小さく震えていて、まだ辛そうだ。
女の子と同じようにすることに効果があるのかは解からなかったけれど。
中心から一端手を離すと、無造作に捲り上げられたままのセーターをぐいと鎖骨の辺りまで押し上げ、胸元も手のひらで弄った。
続いて、そっと顔を寄せて突起の辺りに軽く触れる。
最初は何の反応も示していなかった成歩堂だけど、突起を舌先で突付くと、僅かに反応を返して喉元をくい、と逸らした。

「……っ」

効果は、思っていた以上にあったらしい。

「や、矢張……、嫌だ……っ」

成歩堂は手を上げて矢張を押し返そうとしたけれど、既にそこに力は込められていなかった。
堪らないようにもがいて逃げようとする上体を押さえ付けて、そこに優しく歯を立てると、一層甘い声が上がった。
勿論、直接刺激を送り込むことも忘れない。
自分が与える快楽に、彼のものが少しずつ形を変えて行くのに、何だか異様に興奮を覚えて。
彼の良い反応を引き出すことに、躍起になった。

「んん、……んぅ……っ」

何度かそれを繰り返していると、内壁が縮こまって、彼はびくびくと内股を引き攣らせながら熱いものを吐き出した。

「う、はぁ……は……っ」

まだ起きていることが受け入れられないのか。
真っ赤な顔をして、肩で大きく息をしながら、信じられないように目を見開いたまま放心している成歩堂に、矢張の中で何かがぶつりと切れた。
もう、誰が何と言っても止める気はない。
再度強引に腰を抱えると、足を胸元に着くまで持ち上げる。

「く……っ」

苦しそうに呻いた成歩堂の顔が視界の隅に映ったけど、それにはお構いなく。
矢張は無我夢中で彼の中に身を進めた。



それから、どの位経ったんだろう。
何だか頭が朦朧とする。指の先までだるい。体が重い。
起きるのが億劫で仕方ない。

「う、今何時だよ……?」

矢張は小さく呻きながら、そっと体を起こした。
そして。

「……あれ?!」

目の前の光景に、一瞬目を疑ってしまった。
何だか、少し肌寒いとは思っていたのだが……。
ここは、どう見ても自分の家ではない。

「はっ!俺、一体何を……?!」

何故、外で寝ていたりしたのか。

(ん、待てよ……)

そう言えば、飲みに来ていたような……。
どん底まで落ち込んでいたはずなのに、何だか気持ちが軽やかだ。
とびきりいい夢を見たような気がする。
暢気にそんなことを考えて、ふと、途中で成歩堂を呼び出したことを思い出した。

(あ、あれ……?)

「成歩堂……?」

彼は自分を置いて先に帰ってしまったと言うのか。
憮然としながら辺りを見回した矢張は、憮然に続いて呆然としてしまった。
すぐ隣には、何だか乱れた格好をした成歩堂が、すやすやと気持ち良さそうに眠っていた。
一瞬で、頭の中が真っ白になる。

「ま、まずい、覚えてないけど、いや、覚えてるぞ……」

矢張はぶつぶつ呟いて、必死に記憶を手繰り寄せた。
確か、成歩堂の顔を見ていたら妙な気分になって、そして……。

(あ…………!!!)

そこで、一気に記憶が蘇って来た。

「や、やばいだろ、俺……」

いくら酔っていたとは言え、まさか、親友にこんなことを……。
でも、何と言うか、くせになりそうなほど良かった気がする。
それはそれで色々とまずいかも知れないが。
取り敢えず、矢張は彼を起こさないようにそーっと立ち上がった。
セーターから覗いているお腹だけでも、ちゃんとしまってあげれば良かったのだけど、正直そんな余裕はなかった。
彼が起きたら、一体どんな対応をして良いか解からなかったから。
でも、自分と彼の仲だ。

「ま、その内何とかなるだろ……」

無責任な呟きを漏らして、矢張は足音を立てずに歩き出した。
でも、彼には改めて、きちんとお礼をしよう。
それから……。

「また何かあったら、慰めてくれよな、成歩堂」

代わりに、彼に何かあったときも、慰めてやるし、体で。
それで五分五分ってものだ。
訳の解からない理屈で自分を納得させると、矢張は足取りも軽く帰路に着いた。
後日このせいで、成歩堂は酷い風邪を引いてしまうことになるのだけど、それは矢張の知るところではなかった。