焦燥1




「何で出ないんだ、あの男は…!」

苛立たしげに呟いて、響也は携帯をポケットにしまい込んだ。

約束の時間から、もう優に三時間以上は過ぎている。

急な仕事が入ったせいなのだから仕方ないのだが…どうも気が逸る。
と言うのも、約束の相手、成歩堂龍一が先ほどから電話に出ないからだ。
流石に、もう今日会うのは無理だと察して帰ってくれているといいけれど。あの男はどうもぬけているようなところがあるから、気が気じゃない。
後であの気だるそうな笑みで嫌味ったらしい言葉を言われるのも苦手だ。
そう思って、仕事を終えるなり飛び出して、何度も電話しているのに。
全く、あんな古い携帯を未だに使っているからだ。
事務所に電話しても、誰も出ない。
暫く苛々した後、気を落ち着けてみると、まさか、と言う思いが響也の頭の中に浮かぶ。
まさか。まだ、待っているんじゃないだろうか。

ふと、窓の外を見やると、ぽつぽつと雨が降っている。
まだ秋の始めだとは言え、夜の気温はかなり低い。

「全く、あの男は…!」

溜息と共にそう吐き捨てると、響也はバイクのキーを握り締めて外へ飛び出した。



待ち合わせしていたのは、ひょうたん湖公園の中だ。もう辺りは真っ暗で、人通りも少ない。
せめて、響也の部屋にすれば良かったんだろうけど、今更そんなことを思ってみても遅かった。
バイクを勢い良く走らせて、公園の前に停めた後はひたすら走った。
そうして、目当ての場所に着いて、ぼーっとしたように座り込んでいる水色のニット帽を見つけた時には、安心したような、腹立たしいような…変な気持ちでいっぱいになった。

「成歩堂さん!!」

息を切らして走り寄ると、彼はゆっくりと顔を上げて、いつもと同じ笑顔を作った。

「ああ、遅かったね、牙琉検事」

そう言う彼のニットもパーカーも、降りしきる雨にさらされてすっかりびしょ濡れになっている。

「遅かった…じゃないだろう、あんた!一体何で!」
「……え?」
「何でこんな時間まで待っていたんだい?」
「ああ、そう言われてみると…もう真っ暗だね」
「言われてみるとって…」

気の抜けたような返答に、響也は軽い眩暈を覚えた。

「まったく…何であんたはそうなんだい!?」
「きみこそ、何を怒っているんだい」

本当に何がなんだか、と言う目に見詰められ、響也は思わず頭を抱えた。

「携帯にも電話したけど、出なかったじゃないか」
「ああ、何か今ちょっと調子悪くてね」
「それに、風邪でも引いたらどうするんだい」
「確かに、ちょっと寒気が」
「全く、言わんこっちゃない。もういいよ、ぼくこそ遅れて悪かったね」
「別に構わないよ、牙琉検事」
「とにかく、行こうか」

座り込んだままの成歩堂の腕を掴んで立ち上がらせると、そのまま引き摺るように歩き出す。

「牙琉検事、どこへ?」
「家に帰ってる暇もないからね、その辺に入るよ」
「え……でも」
「いいから、行くよ」

何か反論し掛けた成歩堂の声を遮って、響也はずんずんと足を進めた。



「とにかく、着替えなよ」
「ああ、うん…」

一番近くにあったホテルに入ると、彼を部屋に押し込んで、タオルと着替えを渡した。
ホテルに備え付けのバスローブのようなものだけど、この際仕方ない。

「ありがとう、牙琉検事」

響也の手からタオルと着替えを受け取ると、成歩堂はわざわざ耳元まで顔を寄せて、そう囁いた。
彼の体は流石に冷え切っていたけど、首筋に吐き出される息だけはやたらに温かくて、何だか少しだけ、ホッとした。



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