焦燥2
それから、数十分後。
熱いシャワーを浴びて体を温めた後、成歩堂はベッドの上に寝転んでぼーっとしていた。
響也は、今シャワーを浴びに行っていていない。
急なこととは言え、こうやって部屋も取ってくれて、何だかんだ世話みたいなこともしてくれる。
それに、この部屋。ベッドはちゃんと二つある。
牙琉響也と言う男は、本当にこう言うときでも気が効くと言うか紳士と言うか。
きっと…今晩だって何もする気はないんだろう。
成歩堂は天井を見上げたまま、一度目を閉じた。
瞼の裏に一番に浮かぶのは、今は響也の顔だけだ。
このままでいいのか。
ふと、そんな思いが浮かんで、成歩堂はふぅっと緊張を解くように吐息を吐き出した。
そして、更に数十分後。
シャワーを浴び終えた響也が、ゆっくりとベッドに腰を下ろすのを見計らって、成歩堂は行動を起こすことにした。
「これは…どう言うつもりなのかな、成歩堂龍一」
したたかにベッドに押し倒して、彼の肢体の上にマウントポジションでもとるように座り込むと、響也は眉根を寄せ、それから静かに問いただして来た。
こう言うときに取り乱さないのは、流石に慣れているんだろう。自分が彼くらいの年の頃は、考えられない反応だ。
そんなことを思いながら、成歩堂は笑顔を作って、ぐっと体重を乗せるように彼に身を寄せた。
「牙琉検事。ぼくはさ、きみとずっと何もないままでいるつもりはないんだけど」
「……?」
「だから、今晩は絶好の機会かな、と思って…」
すぐに言いたいことの意味を悟ったのか、響也は少し驚いたような顔になったけれど、すぐに彼独特の、どこかすかしたような笑みを浮かべた。
「それで、こんな真似に出たって訳かい」
「うん、でも、ここからどうしていいか解からないんだよね、男相手に」
正直に言って、その挙句に開き直ると、響也はやれやれと言った風に肩を竦めた。
「随分いきなりだね」
「うん、焦ってるのかも知れない」
「あんたが?」
「そうだよ、牙琉検事」
「………本気で言ってるのかい」
「勿論だよ、牙琉検事」
響也にして見れば、微塵もそんな風には見えないだろう…、気だるい眼差しと笑みを添えて頷くと、彼は暫くの間無言になった。
でも、それはほんの少しだけだ。
「じゃあ、取り敢えずさ…」
すぐに、ふっ、と揶揄するような笑みを浮かべた後、響也は成歩堂の腕を強く引いた。
弾みでバランスを崩し、倒れ込むように状態に身を寄せる。側に寄った成歩堂の頬を捉えて、彼は指先でゆっくりとそこを撫でた。
その動きに誘われるまま、距離は尚も縮まって、そっと唇が重なった。
合わせた胸板の奥で、彼の鼓動も少しずつ早くなって行くのが解かって、どうやら…相手もその気になったらしいことが解かった。
何度かキスを交わして、呼吸が上がって来ると、響也の手は頬からずれ、そっと足の方へ伸ばされた。
肌の上を辿りながら移動する指先に、その部分が刺激されたように薄っすら粟立つ。
引き攣った声が漏れないように唇を噛み締めていると、やがて腿を伝った指先が後ろへと潜り込んで来た。
「……っ」
流石に、ギターを弾いているだけあって器用そうな指先。
いつの間に潤されたのか解からないけれど、それがぬめりを帯びて、無遠慮な仕草で侵入して来た。
予想外の違和感と痛みを堪えて、どのくらい中で蠢くものに身を預けてか。
「いつ、う…、あ?!」
突然痺れるような感覚が走って、成歩堂は引き攣った声を上げた。
びくりと腰が跳ね、咄嗟に逃れようとするのを響也の腕に捕まえられる。
何が起きたのか解からないまま、ふぅっ、と自然に漏れた吐息をやり過ごして、成歩堂は目下の彼に視線を向けた。
「何、するんだい、いきなり」
自分でも、今更な抗議だ。
でも、今まで体験したこともない感覚に、戸惑いを隠せない。背筋に痺れが走り、肌の表面がざわりと粟立ち、勝手に呼吸が上がってしまう。
けれど、当然と言えば当然、響也は小さく肩を竦めただけだった。
「何って…あんたねぇ…。まぁいいや。ここでいいのか…」
「え…っ」
更にはそんなことを言いながら、先ほど痺れを感じた場所をもっと深く探り出す。
「あ…、んっ、ちょっ…と、待っ…」
「駄目だよ、あんたが言い出したんだから」
「んっ、く…」
そりゃ、そうだ。
でも、こんな風になるものなのか。
指先が中を探る度、信じ難い快楽が生まれて勝手に声が上がってしまう。
正直、痛みへの覚悟はしていた。
でも、こんな…。
思考が纏まる前に、響也の指先が蠢いて全てを押し流してしまう。
そのまま、どのくらい時間が流れたのか。
ゆっくりと指先が出て行って、成歩堂はようやく体の緊張を解いた。
「はっ、はっ、…ぁ」
足も腕も気を抜けば震え出してしまいそうで、油断ならない。
まだ限界を迎えた訳じゃないけれど、散々翻弄されて、すっかり体は力をなくし、呼吸は乱れて頬も首筋も高潮している。
そんな中、少し息を弾ませた、響也の声が耳に届いた。
「何とか、大丈夫そうだね、成歩堂さん」
「……?」
彼の言っている意味は頭には届かなかった。
ただ、声に反応して顔を上げただけ。
「腰、少し上げてよ、解かる?」
「……っ」
促すように腰を抱えられ、言われるままに二の足に力を入れた途端。
「……っっ!!」
下から一気に突き上げられて、声にならない悲鳴が上がった。
頭の天辺にまで突き抜けるような痛みが走り、喉の奥で呼吸と共につかえた声が、吐き気に似た感覚を訴えて来る。
体はこれ以上ないほど強張って、不自然な力がぐっと加わる。
「う、…あっ」
「いっ…、ちょ、ちょっと、少し力を…」
成歩堂の下で、響也も痛みを感じたのか、焦ったような声が上がった。
でも、もはや自分ではどうしようもない。
「ひ、…ァ」
「っ、な、成歩堂さん!」
響也が尚も狼狽したような声を上げた。
逃げるように腰を引かれたことに驚いて反射的に身を捩ったせいで、更に繋がりが深くなる。
このままじゃ、まずい。
ふ、とゆっくり息を吐くと、体の緊張は少しだけ解け、幾分楽になったけれど、まともに抱き合える状況じゃない。
お互い、余裕がなさ過ぎる。
これは、一度ちゃんとし切り直さないと。
頭のどこかでそんなことを考えて、成歩堂はゆっくりとぎこちなく動いてみた。
「っ、あんた…?」
響也の驚いたような声。
「あっ、…うっ!」
それに、快楽と同時に痛みも走り、思わずぎゅっと眉根を寄せる。
響也のぐっと息を飲む音も、こちらにまで聞こえる。
まずいとか、ちょっと待てとか、そんな声が聞こえたけれど、聞き入れる余裕もない。
全く、何て余裕のない行為だ。
そんな風に頭のどこかで自虐すると同時に、視界が一瞬真っ白に弾けた。
気付くと、中が温かいもので浸り、響也も限界を迎えたことが解かった。
「全く、焦り過ぎだよ」
「仕方ない…じゃないか、きみのせい、だよ」
まだお互い息を切らした状態で、途切れ途切れに告げる。
中途半端に引き出されたまま限界を迎えた欲求は、まだ体内に燻ったままだ。
「こんな状況で、よくそんなことが言えるよ」
やれやれ、と言ったように響也は吐息を吐き、そしてゆっくりと成歩堂の肌の上を手の平で撫でだした。
「…ぅ、く」
じっくりと、敏感になっている場所まで探られ小さく声が漏れると、彼は何だか満足そうに笑みを浮かべた。
「じゃあ、今のはなしってことで」
「……もう勘弁して欲しいな」
「駄目だよ、成歩堂龍一」
「………」
そんな、挑戦的な目で見ないで欲しい。
逃げ出したいのに、出来なくなる。
いつもこう言う目をしてゲームに臨む客を相手にして来た。
でも、その中のどんな客より、負かせてやりたいと思わせるような目だ。
若いってことかな。
そんなことを考えて、成歩堂は一度大きく息を吐き出して、それからいつものように気だるい目で彼を見下ろした。
「解かったよ。次はぼくも本気でいくから」
「お手柔らかにね、元弁護士さん」
腰が掴まれ、ぐるりと視界が反転し、背中に柔らかいベッドの感触がする。
改めて圧し掛かる重さと温かさを確認すると、成歩堂はそっと目を瞑った。
終