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「それにしても、ミサミサは本当に月くんが好きなんだね」
「どうしたんですか、突然」
「いや、何だか悪い気がするな、と思って。いくら作戦とは言え、月くんとタッキィのこと、こうやって黙ってるのは……」
 冗談交じりにそんなことを言うと、夜神月は何だか困ったように笑った。
 多分、こんなことを言った相手が相沢さんや、亡き夜神次長だったら、きっと本当に怒り出して叱咤されていたに違いない。Lだったら……と思うと、彼に至っては予想すらつかない。
 自分の他愛もない話に、こうしてちゃんとたまに相手をしてくれるのは、いつも彼、夜神月だけだった。
「松田さん」
 彼の唇がゆっくり開いて、ぼくの名前の形に動く。何故だか、この瞬間が堪らなく好きだ。
「ぼくだって辛いんですよ。ミサのこともそうですけど、高田さんの気持ちも利用していることになるし……。勿論、二人のことは好きですけど……」
 彼の言葉に、ぼくは焦って弁解するように声を上げた。
「ご、ごめん、月くん。そう言う意味で言ったんじゃなくて……きみは捜査の為なんだし……」
「ええ、解かってますよ」
 彼は笑顔で頷いて、それから一度口を噤んだ。
「……?月くん?」
 視線を注がれて、思わず静かな表情の彼を見返す。
 すると、少しの間の後、彼は何だか悪戯でもするときのような笑みを浮かべた。
「でも、ぼくは松田さんのことも好きですよ」
「……え?!あ、ああ」
 思わず、思い切りたじろいで変な返答をしてしまった。
「そ、そんなに率直に言われると、何か照れちゃうな」
「でも、本当のことですから」
 照れ隠しをするように手の平で後頭部をさすると、夜神月は相変わらずさらりと言い放った。
「あ、ああ、うん……」
 ぼくが更に照れたように頷くと、夜神月は顔を上げ、ふふ、と唇を歪ませて笑った。
「……!」
 今更ながら嵌められたというか、からかわれたことに気付いて、ぼくは腕組みをして怒った。
「あんまり、大人をからかわないでよ、月くん」
「すみません。松田さん、素直だから、つい……」
 彼は今度は無邪気に笑って、それから急に真顔になって、パソコンに向き直ってボードを叩き始めた。こうなると、ぼくはもうその背中を見詰めるしか出来ない。ぼくに出来るのは、いつも彼の後ろ姿を見ているだけだ。
 出会った頃よりは、大分逞しくなったような背中。線が細いことに変わりはないけれど、会ったときはまだ子供だったのに。
 今は、時折ドキっとするような表情を見せることがある。それは、普段の彼が真面目で素行が良くて優等生だからかも知れないけれど。たまに、その清らかさの中に、小悪魔みたいな一面を覗かせることがあった。
 そう言えば―と、ぼくはそこでLの言っていた推理を思い出した。
 キラは学生である可能性が極めて高い。それなら、夜神月がキラでなくとも、キラは彼と同じくらいの年格好なのかも知れない。
 勿論、月がそうである訳ない。あの小憎らしい、けれど可愛いような笑み。先ほども言ったけれど、例えるなら、せいぜい小悪魔だ。決してキラのような大量殺人犯の悪魔じゃない。
「月くん、お茶か何か淹れようか」
「ええ、お願いします」
 何だか急にじっとしていられなくなってそう言うと、彼はくるりと振り向いて、柔らかい笑顔を浮かべた。
 ざわざわと胸の中に巣食う不安。見て見ないふりをしているのに、この頃は……夜神月と顔を合わせる度、彼と会話をする度、胸の中でその不安は色濃くなる。
 いつも明るく、おどけたようなふりをしているのに、彼は真っ直ぐな透き通る目で、ぼくの精一杯の虚勢などとっくに見抜いているのかも知れない。
 焦って上手く行かない手で慌てて淹れたお茶は、何だか薄いのか濃いのか解からないような微妙な色をしていた。でも、彼は文句一つ言わずにカップをぼくの手から受け取って、一口飲む。
 そうして顔を上げると、彼は先ほどと同じような、あのハッとするような悪い笑みを浮かべてみせた。
「松田さん。やっぱりぼくは、松田さんが好きですよ」

 ぼくは、不安で堪らない。
 いつか、彼の中の小さな悪魔が、ぼくを誑し込んで出口の見えない迷路に引きずり込むんじゃないかと。
 ぼくには解かる。
 ぼくにだけ聞こえる、どくどくと早鐘のように煩い、この心臓がそう言っている。