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データを打ち終えて一息吐くと、月は小さく伸びをして椅子から立ち上がった。ずっとモニターを見詰めていると流石に疲れる。
しかも、頭の中で常に複数のことを考えているから、尚更だ。
それに。
「……」
ふと、頭の中に浮かんだ言葉に、月は眉根を寄せ、深い溜息を吐いた。何だか、最近妙に苛々している。
「月くん。少し休憩したら?コーヒーでもいれるよ」
背後から掛かった松田の声に、月は振り向いてゆっくりと首を振った。
「いえ、まだ大丈夫です」
「あまり無理しないでよ、月くんに何かあったら大変だからね」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
柔らかい笑顔を浮かべて言うと、松田は感心したように頷いた。
「本当にしっかりしてるよね、月くんは」
「そうですか?そんなことないと思いますけど」
「いや、本当にそうだよ。ぼくよりは確実にしっかりしてるよね」
「まぁ、確かに……以前に比べればそうかも知れませんね」
この苛立ちは、こう言うやり取りのせいだろうか。
いや、違う。こんなの、何でもない。松田と言うこの男は、自分のことを信じきっているし、それどころか疑ったこともないだろう。こう言う人間がいないと、やり辛い。そんなことは解かっている。
でも。
「前は結構子供っぽいところもあったもんね。Lと、竜崎と、殴り合いの喧嘩したり」
「……!」
思考を遮るように述べられた松田の言葉に、月はぴくりと眉を揺らした。
竜崎。
その名前に反応したのは、間違いない。
月が黙り込んでいると、彼は昔を思い出すように遠い目になって続けた。
「月くんがあんな風に感情的になるなんて、珍しいよね。今考えると、貴重だったんだな」
「……」
そう言えば。そんなこともあった。
記憶をなくしていたせいもあるかも知れないけれど。いや、ノートを手にする前だって、後にも先にも、もうあんな非生産的なことはあれっきりだ。
あんな、対等に話をして苛立ちを真っ直ぐぶつけることなど。
そんな相手など、もうここにはいないのだから。あの頃は、自分は確かに生き生きしていた。今とは、何だか違うような。
最近の苛立ちは、もしかしてそのせいなのか。
そこまで思い巡らしたところで、不意にこちらに視線を上げた松田がぎょっとしたように息を飲んだ。
「ら、月くん?どうしたんだい」
「え……?」
慌てたような彼の声に瞬きをした途端、ぽた、と両目から涙の粒が落ちて月の襟元に落ちた。自分でも驚いて、思わず小さく息を飲む。
「月くん?」
「……」
そのまま、堰を切ったように頬を伝う涙を、月は黙って受け止めた。
そして、少しの沈黙の後。
「らい、とくん……?」
困り果てたような松田の声に反応して顔を上げ、月は口元に笑みを浮かべた。
「何でもないですよ、松田さん」
「月くん、でも……」
「大丈夫です。何でもない」
「……」
穏やかな、でも強い口調で言い放つと、松田は何か言いたそうな顔をしながらも、黙って引き下がった。
頬に伝う涙を拭うこともせずに、月は無言のまま椅子に腰掛けて、モニターに視線を移した。
けれど、そこにある文字は涙で滲んで見えない。そうだとしても、文字を正確に打ち込むくらい、自分には何の問題もない。先ほどまで映っていた情報も、全て頭に入っている。けれど、月の指先はボードを叩くことを止め、停止したまま動かなかった。
これは、何だ、竜崎。
キラとしての記憶をなくしていた、あの頃の自分の中に残る思い出が痛みを感じているのか。お前を思って涙を流したのか。
それは、今の自分にも解からない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
竜崎、お前は。お前は、ぼくの……。
頭の中に浮かんだ言葉を最後まで呟く前に、今度こそ完全に打ち消して、月は乱暴に涙を拭った。
終