小さな秘密




賑やかな音楽と、華やかなショーと、スリル満点のアトラクション。
それに、食欲を刺激するレストランと、楽しいショッピングが出来そうな沢山のお店。

「わぁ、これが遊園地と言うものなのですね!真宵さま、なるほどくん」

春美は落ち着きなくあちこちを見回しながら、興奮気味に声を上げた。
今日は、少し遠出して、成歩堂と真宵と一緒に、遊園地なるものに来ている。

「ジェットコースターとか、観覧車以外だったら何でも乗っていいよ、春美ちゃん」
「又そんなこと言って、情けないなぁ、なるほどくんは!」

二人がそんな会話を交わすのを見守りながら、春美は胸を躍らせた。
でも。
すぐに、おちおち楽しんでばかりもいられないことに気付いてしまった。

「なるほどくん!今、あの女のかたの方ばかり見ていましたね?!真宵さまと言うものがありながら!」
「う、いや…あの…」
「わたくし、許しません!」

パァン!!
言い訳しようとする成歩堂の頬を、春美は思い切り引っ叩いた。

「は、はみちゃん…落ち着いて。ね…?」

真宵がなだめてくれて、何とか気を取り直すことが出来たけど…。
本当に、困ったものだ。
成歩堂は、可愛い女の子が現れると、何だかすぐにふらふらと目移りしてしまうようだ。

(なるほどくんも…とても素敵な殿方なのは解かっていますけど…)

だけど…。
真宵より素晴らしい女の子はいないと言うのに…。
ともかく、この二人を更におアツイ仲にしてあげたい。
遊園地で楽しむより先に、そちらを何とかしたい。
特に、こんなに人がいっぱいでは、油断も隙もないに違いない。
この二人の仲が皆の公認になって、人々の噂になれば、他の女の子だって成歩堂にちょっかいをかけようなんて思わないだろう。
いつでも自分が目を光らせている訳にも行かないのだし。
どうしたらいいだろう…。
少し考えて、春美はふと、あることを思いついた。
恋人の証である口付け…。
それを、この人々で溢れる遊園地の中でして貰う…と言うのはどうだろう。

(それも、とびきりお熱いのを…!)

お嫁入り前の女性がそんなことをするのは、少しはしたないかも知れないけど。
相手が心に決めたただ一人の人なら、話は別と言うもの。
だからと言って、今まで見る限り奥手な二人が、はいそうですかとしてくれるとは思えない。
だったら、事故を装って…。

(真宵様を突き飛ばして差し上げて、なるほどくんと引き合わせるのです…!)

それしか、ない。
そうと決まれば、善は急げだ。
二人が向かい合ったタイミングを見て、春美は即、行動に出ることにした。

「ごめんなさい、真宵様っ」

そう叫んで、ドンっ!と言う音と共に腿の辺りを押し…春美は、真宵と成歩堂を引き合わせることに成功した筈…だったのだが。
その時。

「あ、トノサマンの着ぐるみだ!!」

不意に真宵がそう言って目を輝かせ、あろうことか方向転換をして、その場からいなくなってしまった。

「……!!」

その為に、思い切り突き出した両手には何の手応えもなく、春美は勢い余って前方に倒れ込んでしまった。

「は、春美ちゃん!危ないっ」
「……!!」

目を丸くした成歩堂が、咄嗟に春美を受け止めようとしゃがみ込む。
そうして、成歩堂がめいっぱいに広げた腕の中に無事飛び込むことが出来たのだけど…。

(た、助かりました…)

「もごもごもご…」

(……???)

ありがとうございます、なるほどくん。
そう言おうとして、何故だか、声が出ないことに気付いた。
慌てて、ぱちっと目を開けて見ると、目の前には、ぼやけるほどにドアップな成歩堂の顔。

「んんっ…!?」

それに、この…。

(口元にある、柔らかくて温かい感触は…)

もしかして、もしかして。
成歩堂、の…。

(……!!!)

「きゃあぁぁぁ!!!」

気付くと同時に、春美は渾身の力を込めて成歩堂を突き飛ばした。

「は、春美ちゃん!」
「はみちゃん!なるほどくん!」
「ま、真宵さま…なるほどくん…わたくし…わたくし…」

慌てたように走り寄って来る真宵と、まだ驚いたような顔をしてる成歩堂を交互に見比べて。
春美はパニックになってしまった。

「は、春美ちゃん…だ、大丈夫?落ち着いて…」
「はみちゃん!大丈夫?」
「う……」

二人が声を掛けた途端。

「うわぁぁぁん!!」

春美は弾かれたように、大声で泣き出してしまった。

「春美ちゃん!!」
「はみちゃん!!」

大好きな二人の呼び声が聞えたけど、聞き入れる間も無く、思い切りその場から走り去った。



それから、どの位経っただろう。
遊園地の中を無茶苦茶に走り回って、もう何処が何処だか解からなくなってしまった。
泣き疲れて、歩き疲れて、辿り着いたアトラクションの隅で小さく蹲る。
二人は…自分を探してくれているだろうか。
でも、見付けて貰っても、どんな顔をしていいか解からない。
このまま、帰ってしまおう。
そして、もう二度と二人に会わないことにしよう。

「真宵さま…なるほどくん…」

それはとても寂しいことだけど、もう、どうしようもない。
覚悟を決めて、よろよろと立ち上がったところで、背後から声が掛かった。

「良かった!ここにいたんだね、春美ちゃん」
「な、なるほどくん!」

振り向くと、こちらに走り寄って来る成歩堂の姿があった。
きっと、必死で探していてくれたんだろう。
額には汗が浮き上がっているし、呼吸も乱れて大きく肩で息をしている。

「真宵ちゃんも凄く心配しているよ。さ、帰ろう」

差し出された手に飛び付きたい衝動に駆られたけど、ぐっと堪えて、春美は頭を振った。

「…そんな筈、ありません。真宵さまの愛しい方に、なんてことを…。わたくし、悪い子です。そんなわたくしのこと何か、真宵様が心配なさる筈は…」
「は、春美ちゃん…」
「もう…真宵さまに合わせる顔がありません!!」

わぁっと泣き崩れると、成歩堂は困り果てたような顔をした後、よしよしとぎこちない仕草で頭を撫でてくれた。

「大丈夫だよ、春美ちゃん。真宵ちゃんだって、あれは事故だって解かってるから」
「……」
「それに…真宵ちゃんは、春美ちゃんのことを、それ位で怒ったりしないよ」
「なるほどくん…」
「だから、そんなに気にしなくても大丈夫だから。ね…?」
「…はい。申し訳、ありませんでした…」

優しく諭されて、春美は小さくこくんと頷いた。
真宵が怒っていない。
そんなことは、本当は…ちゃんと解かっていたのかも知れない。
でも…。

「違うのです…なるほどくん」

本当に小さく、消え入りそうな声で、春美はそっと呟いた。

「それだけではないのです…わたくしは…」

わざと、成歩堂に聞こえないように。

「ん…?何?」
「いえ…。何でも、ありません…」
「…じゃあ、行こうか、春美ちゃん」
「はい、なるほどくん」

頷いて、差し出された成歩堂の手を春美は躊躇いがちに握り締めた。



何とか歩き出したものの、力なく俯いたままの春美を、成歩堂がしきりに気遣ってくれる。
でも、今はそれが逆に申し訳なかった。
さっきの、あれ…。
ほんの少しの間だけだったし、頭が真っ白になってしまったから、よく思い出せないけど。

(あれが、口付け、と言うもの…なのですね)

思い巡らした途端、頬がカァッと高潮して、慌てて首を振る。

(なるほどくん…)

彼のことはとても頼りにしているし、勿論、大好きには違いない。
成歩堂と言えば、真宵の思い人。
真宵と恋仲の殿方。
だから、春美にとっても大事な人。
だけど…。
あの一瞬だけ、その枠を越えて…一人の殿方として、ほんの少しだけドキドキしてしまった、だなんて。

(言えません、わたくし…)

成歩堂に手を引かれたまま、俯いて歩きながら、空いた片方の手を小さな胸にそっと当てて。
春美は、この気持ちだけは一生この胸の奥に閉じ込めておかなくては、と思った。



END