Trial




矢張からの電話を受けた時は、本当に息が止まるかと思った。
あの男と言う男の言葉などは、常に話半分に聞いておくべき・・・などと言うことも、すっぽりと頭から抜けてしまって。
彼、成歩堂が入院している病院に辿り着くまで、はっきり言って生きた心地がしなかった。

「御剣……?」

病室にいた成歩堂は、御剣の姿を見て目を見開いた。
先ほどまで集中治療室にいたとかで、面会することが出来るのかも解からなかったが、話が出来る状況に胸を撫で下ろす。

「何で……お前?」
「うム、その、たまたま……」
「……何が、たまたまだよ」

心配で心配で仕方なかった、とは言えず、思い切り言葉を濁すと、すかさず成歩堂の突っ込みが入った。
だが、それもいつもより酷く弱々しい。
どうやら、無駄な会話をしている暇はないようだ。

「矢張から、電話を貰ったのだ」
「ああ、そうか……。あいつ……お前に連絡してくれたんだな。良かった」
「……とにかく、一体何があったか聞かせて貰おう」
「ああ」
「体調が思わしくないと言うのに、すまないが」
「いや、宜しく頼むよ、御剣」

すぅっと真剣な表情を浮かべて、成歩堂はぽつぽつと事件のことを話し始めた。
おまけに、大事なものだと言って、横の台に置いてあった何やら怪しい勾玉と、あろうことか弁護士バッジを持たされて……。
何事かと問い詰めると、縋るような目で見られて、それ以上追求することが出来なくなってしまった。
そんなこんなで……。
一通り話し終えると、二人の間には沈黙が広がった。
成歩堂の顔色は、まだ悪い。
正直、こんなに長く話していて大丈夫なのかも、解からない。
息が荒くて、呼吸をするのも苦しそうだ。
時折激しい咳もしている。

「何だよ、じっと見たりして……」
「その……きみが無事で、正直ホッとした」
「御剣……」
「顔が……深ミドリ色だが……」
「うん……」
「まだ、熱も高そうだが……」

言って、そっと手を伸ばして汗の浮いた額に触れようとした、その時。
バシっ!

「……?!」

急に狭い病室に小気味良い音が響いて、御剣は思い切り拒絶される羽目になってしまった。
あろうことか、成歩堂の手が伸びて、突然こちらの手を振り払ったのだ。
夢ではない証拠に、払われた手がヒリヒリと痛む。

「な……!?」

あまりのことに、何が起きたのか理解するのに数秒掛かってしまった。

(な、何だと言うのだ!?!)

「成歩堂?!なんだいきなり!!」
「今は……ぼくに触るな」
「な、何故だ……?!」

御剣は一瞬、ガツン!と鈍器のようなもので頭を思い切り殴られたような気持ちになった。
記憶違いでなければ・・確か自分たちは親友……以上の関係だった筈。
しかも今まで、どれだけ心配していたと思っているのか。
ショックを隠しきれず、成歩堂と同じような顔色になった御剣に、彼は流石に申し訳なさそうに口を開いた。

「だって……ぼくの風邪がうつって、お前まで風邪引いたりしたら……あやめさんのこと、誰が助けてやれるんだ?」
「……う、ム」
「言っただろ、頼むって」
「ぐ……」

それは、そうだが。
一年ぶりに会えて、しかもこんな状況で、触ることも出来ない?
彼の言うことは尤もだ……。だが……。

「成歩堂!!」
「な、何だ?でかい声出したりして」
「それはその……所謂キス……も、駄目と言うことか?」
「当たり前じゃないか!何言ってるんだよ!」
「ム……ぐ……!」

声を荒げた成歩堂はそのまま激しく咳き込み始めてしまった。

(それもそう……だが)

何て、理不尽な……。
いつでも触れられる距離にいるのに、触れられない。
もしかして、これは……。

(私の気持ちを試している……と?)

そう言うことか、成歩堂?!
唸ったまま黙り込み、御剣は眉間に皺を刻むと、物凄く難しい顔になってしまった。
そんな自分と反比例して、こちらを見上げた成歩堂の目が、ふと優しくなる。

「そんな顔するなよ」

そう言って、彼は少し困ったように笑った。

「……」

再会して、初めて浮かんだ彼の笑顔に気付いて、御剣はホッと安堵の息を漏らした。
とにかく、無事が解かったのだ。
今は、それで良しとするしか、ないようだ。
物凄く、不本意だが。

「解かった、今日のところは……引かざるをえまい」
「そんなに難しく言われると……困るような……」
「だが、その代わりに約束してくれないか」
「何を……?」
「これからは、あまり無茶はしないと」
「無茶ならいつでもしているよ」
「だが、程度問題……だ」

ギッと鋭い視線を向けて言うと、成歩堂は暫く考え込むような素振りを見せて、やがて笑顔を作って頷いた。

「解かった、御剣」
「……それで、安心だ」
「本当に……頼むよ、彼女と……真宵ちゃんを」
「……」
「お前にしか、頼めない。お前なら、きっと……」

言い終わらないうちにすぅっと語尾が途切れて、御剣の耳元には規則正しい寝息が聞え始めた。
改めて、久し振りに会った成歩堂の寝顔をじっと見下ろす。
頭からすっぽり大事そうに被っているずきんは、被告人に貰ったものらしい。

(……)

何と無く……ほんの少しだけ面白くない。
後で、問い詰める必要がありそうだ。
顔色も一向に良くならず、トレードマークのツンツン頭も、何だかくたびれているように見える。
こんなになってまで、どうして……。
でも、彼がこうするときには、いつも理由がある。
そっと髪の毛に触れようとした手を、寸でのところで止めて、そのままぎゅっと握り締めた。
無防備極まりない寝顔に安堵しつつも、彼に触れたいと言う衝動を、御剣は必死に堪えなければならなかった。

「回復したら……覚悟して貰おう」

色々と、な。
何しろ、一年分なのだから。
ぽそりと物騒な台詞を呟いて、彼から託されたものの意味を考えながら、御剣はそっと病室を後にした。

数日後。
その言葉通り、成歩堂は風邪が悪化しそうなほど……ちょっと酷い目に遭ったらしい……。