Triangle House




「ねぇ、オドロキさん!今度みぬきと一緒に遊園地に行きませんか?」

突然、成歩堂なんでも事務所に明るい声が聞こえて、王泥喜は顔を上げた。目の前には、にこにこと可愛らしい笑顔を浮かべたみぬきがいる。彼女は少しお姉さんぶったような感じで両手を腰に当てて、こちらを覗き込んでいた。女の子のこう言う仕草は、何と言うか、変な意味じゃなく純粋に可愛いと思う。そんなことを考えていたら、反応が遅れてしまった。

「ね、聞いてる?オドロキさん!」
「え、あ、ああ!勿論!」

返事を急かすように名前を呼ばれて、王泥喜は慌てて返答をした。

「遊園地に、だよね?聞いてるよ」
「お願いします!パパはアトラクションの半分に乗れないから…一緒に行っても楽しくないって言うか…。でも、オドロキさんだったら一緒に乗ってくれますよね?」

成歩堂も今目の前にいるのに、みぬきはきっぱりとそんなことを言いながら、王泥喜に向けて両手を合わせた。
ちら、と横目で様子を伺うけれど、成歩堂龍一の表情は、王泥喜からは見えない。深く被ったニット帽のせいだ。
王泥喜は少し考えた末、自分の財布と相談してみることにした。

「え…でもなぁ、今ちょっと俺、金ないし」
「ええ!そ、そこを何とか!連れて行ってくれませんか?」
「うーん…けど…」

まだ渋っていると、みぬきの笑顔はみるみる曇ってしまった。

「こ、こんなにお願いしてるのに…」
「わっ… !な、泣かないでくれよ、みぬきちゃん!」

焦って慰めの声を上げると、横の方からどろどろと不穏な空気が漂って来た。
ぎく、と身を強張らせると同時に、成歩堂がにこりと笑顔を浮かべながら凄む。

「オドロキくん」

(うっ…)

「は、はい!」
「あんまりみぬきを虐めないでくれるかな。何とか、ならないかい?」
「はい!だ、大丈夫です、成歩堂さん!何とかなります!」

彼に言われた途端、躊躇していた気持ちとか財布の中身が云々とか、そんなことは頭の中から吹き飛んで、咄嗟にこくりと頷いていた。
王泥喜の返事を聞いたみぬきが、喜ぶよりも早く頬を膨らませる。

「もう!オドロキさんはパパに甘いんだから!」
「そ、そう言う訳じゃないけど…」

どうも自分は、成歩堂に頼みごとをされるとはっきり嫌だと言えないようだ。もう二度と会わないと思っていたときだって、電話一本で呼び出されて行ってしまった。いつも瞼の裏にちらつく、あの、意味ありげな微笑みのせいだろうか。それに、何だかいつもふらふらしているので、放っておくのが心配なのかも知れない。これじゃあまるで、高校生の息子を持つホゴシャのような気分だ。
王泥喜がそんな感傷に浸っている間に、話題は他のことに切り替わっていた。
一先ず、一緒に行く約束を取り付けただけで、みぬきは満足したらしい。

「みぬき、そう言えば、例の新しいマジックは完成したのかい?」
「うん!勿論だよ、パパ!」
「……」

二人の会話に、王泥喜は顔を上げてみぬきの方を見やった。
例のマジックって、何だろう。

「みぬきちゃん、又新しいパンツ芸を?」
「だからっ、パンツ芸って言わないで下さい!」
「今は見せて貰えないのかな、みぬき」
「駄目だよ、これはスペシャル・パンツ・マジックなんだから」

(すぺしゃる…ぱんつ…)

あんまりなネーミングにくらりと眩暈を覚えながらも、王泥喜は好奇心が刺激されるのを感じた。みぬきのマジックは、確かに凄いから。

「でも…俺も凄い見たいな」
「え……?」

そう言った途端、みぬきがくるりとこちらを振り返って、ぎゅっと両の拳を握り締めた。

「そ、そうですか?そんなに見たいですか?」
「うん。見せてくれよ、みぬきちゃん」

こくんと頷いて告げると、彼女の顔がパァッと笑顔になる。

「ふふ、仕方ないですね!オドロキさんは!もうすっかりみぬきのファンなんだから」
「やれやれ、みぬきはオドロキくんに甘いなぁ…」
「だって、オドロキさんはみぬきがいないと全然駄目なんですもん」
「ああ、使えないマスコット…だしね」

(し、失礼だな、全く!)

「笑ってられないよ、パパだってそうなんだから」
「はは、みぬきには敵わないな」

暢気にそんなことを言って笑っている成歩堂に、王泥喜は何だか複雑な心境になった。

「じゃあ、ショーの準備始めます!少し待っていて下さいね」

みぬきはそんなことを言って、その辺に溢れかえっている小道具をあちこちいじりだした。
これは、暫く時間が掛かりそうだ。何しろ、スペシャルなパンツだし。
一息吐いて、お茶でも淹れようとしたオドロキは、お茶の葉が切れていることに気付いた。

「成歩堂さん、お茶、もうないんですか」
「ああ、あるだけだったかな」
「そっか、じゃあ、買って来ないと」
「え、ええ」

(こう言う場合、俺が買ってくるのかな、やっぱり)

そんなこちらの内心を見抜いたのか、成歩堂はにこりと笑って口を開いた。

「宜しく頼むよ、オドロキくん。ぼく、この前の入院費払ってお金ないし」
「はいはい、解かりましたよ」

全く。こんなんで、給料とかその他もろもろは大丈夫なんだろうか。不思議と、ここを出て行ってしまえとは、思わないけれど。
そんなことを思って溜息を吐いた途端。
突然、みぬきが思い出したように声を上げた。

「ああ!そう言えば、今日はガリューウエーブのCDが発売になるんですよ」
「CDって、ガリューウエーブは解散したはずじゃ」
「そうなんですけど、でも今までのベスト版が出るんです」
「へぇ、そうなんだ」

みぬきは、あれ以来すっかり牙琉検事のファンだ。楽しそうにはしゃぐ顔は、恋する女の子そのものって感じで凄く可愛いのだけど、何だか少し面白くないのは、何故だろう。
王泥喜が首を傾げている間に、みぬきは甘えるような声を出しながら成歩堂の側に歩み寄っていた。

「ねぇ、パパ。又お小遣い前借りしてもいい?」
「でもみぬき、もう大分前借してるのは、ちゃんと覚えてるよね?」
「うん。だから、あともう一ヶ月分どう?パパ」
「ああ、構わないよ。みぬきにお願いされると断れないなぁ」
「……?!」

成歩堂の返事に、王泥喜は思わず空いた口が塞がらなかった。
さっきは、お茶の葉っぱを買うお金もないとか言ったくせに。お茶の葉とCD、どう考えても、CDの方が、値が張るだろうに。
解かっていたことだけど…。

(成歩堂さんは、本当にみぬきちゃんには甘いよな…)

まぁ、何と言うか。
これで妙なバランスが保たれているような気もするけれど。

「あ、準備出来ました!パパもオドロキさんもいいですか?」
「待ってたよ、パンツ芸!」
「だ、か、ら!パンツ芸って言うな!」
「仕方ないよ、みぬき。オドロキくんは天然だから」
「あ、あなたに言われたくないですよ!」

何だかんだ、こんな他愛もないやり取りがとても楽しい。
一緒になって騒ぎながら、こんな三角関係なら悪くないと、王泥喜はそっと思った。