Upheaval 2-2




そのまま圧し掛かるように体を寄せて、王泥喜は再び無我夢中で彼の唇を塞いだ。
勢い余って唇に軽い痛みが走ったけれど、そんなことを気にしている場合じゃない。
さっきまで感じていた緊張よりも、興奮の方が勝っている。
頭の奥が熱くて、生温かい成歩堂の感触以外は何も感じない。
感覚が麻痺しているみたいだ。
手首を掴んでいた手を離しても、成歩堂は逃げようとしなかった。
この期に及んでまだ、王泥喜のことなんていつでも跳ね除けられると思っているのか、それとも、本当に……続けて良いんだろうか。
恐る恐る胸元に手を伸ばすと、衣服の上からそこをゆっくりとなぞった。

「……んっ」

小さな声が上がって、王泥喜の下で成歩堂の体がぴく、と身じろぐ。
初めて見せた動揺らしい動揺に、鼓動が跳ね上がるのを感じた。
夢中で衣服を掻き分けて、直に肌に触れる。
脇腹をなぞって下へと手を伸ばして、躊躇いもなくそこにも触れてみると、またびくりと体が揺れた。
その反応に煽られつつも、これ以上踏み込んでいいものか、と言う戸惑いもある。
この辺で、止めておけ。
頭のどこかでそんな声も聞こえる。
確かに、こんなことするつもりだった訳じゃない。
ただ、余裕たっぷりのあの顔を、打ち崩してやりたいと思っていただけだ。
でも。

「……っ」

ふと、小さく漏れた声に反応して目を向けると、彼が眉間に皺を刻んで、刺激に耐えるように目を瞑っているのが見えた。

(成歩堂さん……)

急に、どく、と胸の奥で心臓の音が大きく鳴った。
間違えてなんかない。
そうだ、この顔が見たかったんだ、きっと。
もっとこんな彼を見れば、全部落ち着くに違いない。
そんなことを思いながら、王泥喜はもう一度顔を寄せて彼の唇を塞ぐと、乱れた衣服の中心、その奥へと手を伸ばした。

「ん、……っ!」

成歩堂が喉の奥で呻き声を上げる。
流石の彼でも驚いたのか、今まで大人しくしていた両手が持ち上がって、抗うような素振りを見せた。
でも、ここまで来ておいて、逃がしたりするはずない。
彼の動きを封じるように、王泥喜はぐっと指先を更に奥まで潜り込ませた。

「く、……うっ」

その途端、いつもよりずっと無防備に見える喉元が、ひく、と引き攣って、ますますきつく眉根が寄せられる。
だいたい、あれだけ挑発しておいて、今頃になって抵抗しようだなんて、そんなの認められる訳ない。
彼が一体何を考えているのかは、全然解からないけれど。
押し返そうとする手を掴んでぎゅっとソファに押し付けると、王泥喜は慎重に行為を進めていった。
何度も慣らすように指先を動かしていると、やがてはその抵抗も収まって、彼は王泥喜の体の下で大人しくなった。
諦めたんだろうか。よく解からないけれど、もう何でもいい。
とにかく、もっと。
両足を押し広げて中に侵入すると、彼は掠れた声を上げて、きつく王泥喜の衣服を握り締めて来た。
小刻みに震える指先と喉元に、もっと優しくしてあげたいと思う奇妙な愛しさと、もっと滅茶苦茶にしてしまいたいと言う乱暴な征服欲が同時に浮かび上がる。
でも、彼を突き上げる度に、ずっと王泥喜を悩ませていた妙な焦燥は少しずつ治まっていった。
柔らかい彼の中を何度も繰り返し行き来して、気付いたらそのまま弾けてしまって。
限界を迎えると、王泥喜は糸が切れたようにぐったりと成歩堂の上に圧し掛かった。
部屋の中には二人の荒い吐息だけが煩いほど聞えているのに、何故だか耳に心地良かった。

それから。
呼吸を整えて、気持ちが落ち着いて来ると、王泥喜は急に込み上げて来た不安に悶々としていた。

(ええと……)

ここまでするつもりじゃなかったとか、そう言うことはさておき。
さっきの、成歩堂の様子。
とにかく、彼の中は本当にきつくて、王泥喜の侵入を拒むみたいに閉ざされていたし。
額に今も浮き上がっている汗は絶対に苦痛の為だと思う。
そうだ、まるで……。いや、そんなこと。
あんなに余裕たっぷりだったんだから、そんな筈…。
そう思いながらも疑惑は消えない。
王泥喜は意を決して口を開いた。

「あ、あの……」
「うん……?」

答える成歩堂の声はいつもみたいに気だるげだけど、決してそれだけじゃないはず。
何と言うか、本当にぐったりしているような……。

「だ、大丈夫ですか?その、体……は」

恐る恐る尋ねると、成歩堂はゆっくりと頷いた。

「うん、大丈夫だよ、全然」

煽ったのは、ぼくだしね。
その言葉にホッとしたものの、後に続いた独り言のような声に、ぎょっとした。

「ちょっと……予定と違って、びっくりしたけど」

(……え)

「ど、どう言うことですか?」
「いや、何でもないよ、気にしないでくれ」
「え、は、はい……」

そうは言われても、気にならない訳がない。
でも、何となく今ので解かったような気がする。
早まる鼓動を押え付けて、あちこちに散った気を纏めて、王泥喜は暫しの間考え込んだ。
そして。

(……あ)

一つだけ思い当たる節があった。
もしかして……。いや、まさか。
でも、これしか考えられない。
彼は、逆、のつもりでいたとか。
本当に夢中だったから、そんなこと考えもしなかった。
だから、少し抵抗したんだろうか……。
と言うことは、結構無茶苦茶してしまったから、本当に大変だったのかも知れない。
そう思うと、ついさっきまで彼に何とかして目に物見せてやると思っていたことなんてどこへやら。
何だか急に胸の奥が熱くなって、きゅん、となってしまった。
こうなったら、やってしまったことは認めて、責めを負うしかない。
何を思ったのか、王泥喜はそんな結論に達して、ぎゅっと拳を握り締めると、デスクの上をバンと叩いた。

「大丈夫です!!あの、俺、責任取りますから、一生!!」
「……」

意表を突かれた成歩堂が、呆気に取られて王泥喜を見返す。
そして、その数秒後。
彼は今まで聞いたこともないような声で、弾かれたように笑いだした。

「え……?」

(な、何だ…?)

何が起きたのか解からない王泥喜を他所に、涙まで浮かべて笑っている。

「オドロキくん、き、きみは最高だよ、本当に」

そんなことを言いながら、今にも窒息しそうだ。
暫くの間は、逆に呆気に取られていた王泥喜だったけど。
少し経つと、我に返って真っ赤になってしまった。

「な、な、何なんですか!笑うことないじゃないですか!」
「いや、だって、きみさ……」
「も、もういいですよ!成歩堂さんなんて!」

成歩堂なんて、このまま笑い過ぎでどうにかなってしまえばいい!
王泥喜は凄い勢いで身繕いをすると、脱兎の如く事務所を飛び出した。



「全く!!何なんだよ、あの人は!!」

一回叩いただけじゃ収まらなくて、近くの塀を拳でバンバンと叩いてみる。
悔しいやら恥ずかしいやらで、本当にどうにかなりそうだ。
前と同じ状況だけど、その数倍は悔しい。
彼が弾かれたように笑い出すまでの数秒だけは、本当に責任取ったって良いって思っていたのに。
あんなこと、もう二度と言わない。
今度こそ、謝られたって絶対に許さない。
でも、きっと。
そんな決意も、あの訳の解からない男にはすぐに打ち崩されてしまうに、違いない。
そう思うと、とてつもなく悔しいけれど、何だかそれで良いような気もした。