Wait for Sleep2
それから、何だかんだと話をしながら、二人で王泥喜の家まで一緒に歩いた。
そして、数十分後。
何の因果か、自分の部屋で異様にリラックスしている成歩堂に、王泥喜は色々と落ち着きなく世話を焼いていた。
「あの、成歩堂さん、パジャマとか、きっとサイズ合わないので」
「平気だよ。このまま寝るから」
「じゃ、じゃあ、シャワー使って下さい!良かったら先に!」
「ありがとう、そうしようかな」
「それと、成歩堂さん。ここ毛布置きますので!」
「ああ、うん。ありがとう」
とは言っても。
そんなに広い部屋ではないから、布団は一枚しか引けない。自分はソファにでも、と思ったのだけど、成歩堂に引っ張られて二人で寝転がることになってしまった。
そして、そのまま何事もなく眠りに着くはずだったのに。
寝転がってから暫く経った後、王泥喜は遠慮勝ちにぎこちない声を上げた。
「あ、あの、成歩堂さん」
「何だい?」
そう返す成歩堂の声は、必要以上に近い。
軽く吐息が頬を掠めて、王泥喜はぎくりとした。
何と言うか、これは結構まずい。
「あの、ちょっと、何でそんなにくっついて来るんですか?」
「嫌なのかい?なら、やめるよ」
「い、いえいえ、嫌じゃないです!決して!」
そうじゃない。そうじゃなくて。
ただ、そんなに密着されると色々まずい。
ただでさえ、今日の自分は少し変なのだから。
憧れの人に急接近して、少し浮かれているのかも知れない。それだけだ。
でも。
「どうしてそんなにくっつくんですか」
「そうだね。寂しいからかな」
「そう、ですか」
寂しい?
さっきメールを送って来た彼女が帰って来ないからだろうか。
それで、こんな甘えてるみたいな態度なのか。うんと年上の人なのに…。そりゃ、いい大人だってそう言う風に思うこともあるだろう。
でも、成歩堂にここまでさせるなんて。彼の側にいる人、どんな人だろう。一番仲が良いと思っていたのは、牙琉霧人だ。
でも、その彼よりも側に。
(先生よりも……)
そう思うと、何だか胸の中の一部分がずきりと痛んだ。
でも、さっきの成歩堂の様子。一人で座り込んで、何だか捨てられた猫か何かみたいだった。
この人が単に変わってるのかも知れないけれど。
(もし、俺だったら…)
自分だったら、彼にあんなことは。あんなことは絶対にさせないのに。
そこまで思い巡らして、王泥喜はハッと我に返った。
(俺だったらって、何だ)
だいたい、成歩堂のことは弁護士時代のことくらいしか何も知らないのに。
彼だってそうだ。会ったときの間。
あれは明らかに名前を思い出しているような感じだった。彼にとっての自分は現時点ではそんなものでしかない。
(前にちゃんと、自己紹介したのにな)
そう思ったら何だかいた堪れなくなって、王泥喜はすぐ側にあった成歩堂の体に手を回して、ぐっと力を込めていた。
「……っ」
抱き締められた反動で、彼が小さく吐息を漏らして我に返る。
「あっ、俺、すみません!つ、つい」
「いいよ、別に」
「……え」
「大丈夫だよ。あったかいしね」
「な、成歩堂さん…」
そのまま、じっと気だるい眼差しで見詰められて、思わず息を飲む。
一度、大きく瞬きをした直後。
気が付いたら彼の顔がもっと側に顔寄せてられて、そっと唇が押し付けられていた。
(……え)
何だ、今のは。
(ま、まさか…)
間違いない。
今、キスされた。
触れたぬくもりはほんの一瞬だったけど、我に返ると王泥喜はおデコまで真っ赤になってしまった。
「な、成歩堂さん!」
「うん…?」
「うん?じゃなくて!な、何するんですか!」
「いや、何となく、して欲しそうだったから」
「して、欲しそうって」
「お休みのね」
「あ、ええ」
挨拶代わりってことか。
ドキドキして損した。
いや、元々ドキドキしているのだって、ただの勘違いかも知れない。くっつかれて暑いからそれで動悸が。
そんな滅茶苦茶な理由で自分を納得させようとした、直後。
「でも、出来れば、まだ寝ないで欲しいな」
「え?」
「さっきみたいに、もうちょっとしたいんだけど」
「……!!」
そんなことを言われて、どくんと鼓動が思い切り跳ねた。
(な、何を言うんだこの人は!)
こんな密着した状態で、そんなことを言うなんてどうかしている。
でも、相手は成歩堂と言ったって、れっきとした男なのに。それなのに。
まずい…。
誘うような言葉に反応してどくどくと鼓動が早まって、気付いたらもう一度そっと顔を寄せ、先ほどよりも強く唇を塞いでいた。
一度目みたいに不意打ちじゃない。もう一度、自分の意志で触れると、もうそれだけで頭の奥が麻痺したみたいにじわりと痺れてしまった。
すぐに、それだけじゃ物足りなくなって、恐る恐る手を伸ばしてみると、すぐ側に彼の温もりがある。夢中になって、衣服の上から彼の胸元をなぞると、ぴく、と反応するように肢体が蠢いた。
成歩堂の胸板も、大きく呼吸をするときみたいに荒く上下している。彼も、緊張しているんだろうか。いや、それはない。だったら、彼も、少なからず高揚しているんだろうか。
思い切って衣服の中に手の平を忍ばせても、彼は逃げない。ゆっくりとなぞった肌の上は滑らかで、結構筋肉がついているのが解かった。
自分がこんなことをするなんて、思ってもみなかった。心臓がドキドキして煩いのに、不思議と落ち着いているような、変な気分だ。
唇をそっとずらして首筋に軽く吸い付くと、肌がさっと粟立つのが解かった。
でも。これ以上は、ちょっと、流石にどうしようもない。
もっと触れたいし、もっとこの先にあることだってしてしまいたいけれど。でも、流石に理性に歯止めが掛かる。
だいたい、抵抗はしないけれど、ここまでしていいなんて言っていないし。本当は、嫌なのかも知れない。
そんなことを思いながらゆっくりと衣服の中から手を引き抜くと。途端、その手が彼の指先に捉えられた。
「大丈夫だよ、続けても」
「……っ!!」
耳元に聞こえた信じられない台詞に、頭の中がカッと熱くなった。
王泥喜は一度ごくりと喉元を上下させて、それから起き上がって彼の上に圧し掛かった。ぐっと手首を掴んで押さえ付けると、体重を掛けるように身を寄せる。
「お、俺だって…男なんですよ。途中では、止められないですからね」
「…うん、いいよ」
彼の返事を完全に聞き終える前に、王泥喜はもう一度顔を寄せ、一層強く彼の唇を塞いだ。
そのまま、強行してしまったなんて、今でも信じられない。
彼の体温も引っ切り無しに聞こえる息遣いも、たまに上がる甘ったるいような声も、全部すぐ間近のことなのに。どこか遠くで起きている出来事みたいに、実感がない。これが夢じゃないと確かめるために、王泥喜は必死になって成歩堂の体を掻き抱いた。
どう言うつもりなんだろうとか、思わなかった訳じゃないけれど、敢えてあまり考えないようにした。成歩堂が受け入れてくれているし、はっきり言って、行為は決して円滑に行った訳じゃない。自分が慣れていないからと言うのもあるかも知れないけど、結構彼にも辛い思いをさせてしまった。と言うことは、頻繁にしているなんてことでもないだろう。当然だ、成歩堂がそんなことするはずない。
(じゃあ、先生とだって…)
何だかよく解からないけれど、彼は王泥喜が良かったのだ。そう思うだけで、何だか他のことは考えられなくなってしまった。
そうして、長くて大変だった行為が終ると、二人ともぐったりとして柔らかい布団の上に体を投げ出していた。
(う……)
見慣れた天井を見ていると段々落ち着いて、正気に戻って来る。我に返ると、蒼白になると同時にとんでもないことをしてしまったような気になって来る。
でも、成歩堂は枕に顔を埋めて、何だか眠そうな気だるい声で囁いた。
「じゃあ、お休み。大丈夫くん」
「えっ、え…!ええ…」
必要以上に上ずった声が出てしまった。あたふたする王泥喜に、彼は最後まで気の抜けたような、でもしっかりとした口調で続けた。
「助かったよ、今日は何だかどうしても一人でいたくなかったから」
「……え?」
それって、どう言う…。
何だか、単純に彼女がどうこう言う問題じゃないような口ぶりだった。
「あの…成歩堂さ…」
「じゃあね、お休み」
尋ねようとした声は遮られて、結局そのまま何も言えなくなって、王泥喜も布団に潜り込んだ。
側にある成歩堂の体温は、少しだけ自分より低い気がする。
でも、誰かとこんな風にくっついて眠るなんて本当に久し振りだ。
そう思うと妙にほっとした。疲れていたせいもあるけれど、王泥喜もやがて眠気に引き摺られるようにうとうととし始めた。
後で、その日が彼が裁判で失脚した日だと気付いたけれど、そのときは解かるはずもない。でも、考えてみたらあのとき以来だったんだと思う。
今でも弁護士だった彼は尊敬しているし、凄いと思っている。でも、あのふらふらと頼りないのに、つかみ所がなくて苛々するのに放っておけない。
そう言う彼のことが、弁護士だったときの彼よりも、気になって仕方ない。
でも、彼女がいるんだし。でも、何であんなことになったんだろう。何でもいい。
今度会ったら、ちゃんと聞きたい。そう思っていたのに。まさかその後、法廷で彼の弁護をすることになるなんて、本当に驚きと言うか、思ってもみないことだった。
終