Which Is…?




「なぁ!成歩堂」
「ん?何だよ、矢張」

放課後。
成歩堂が帰り支度を始めていると、クラスメイトの矢張がこちらに元気良く走り寄って来た。
彼は急ブレーキを掛けるように成歩堂の目の前でぴたりと止まると、ぐい、と肩に腕を回した。

「ちょっと話があるんだよな、付き合わねぇ?」
「え、うん。いいよ」

仲良くなったばかりの友達の言葉に、成歩堂は嬉しそうにこくんと頷いた。
その反応に、矢張は満足そうに頷くと、女の子にするように成歩堂の手を取って、ぐいぐい引っ張って歩き出した。



「何だよ、こんなとこまで……」

到着したのは、校舎裏の、あまり人気がないような場所。
成歩堂が首を傾げると、矢張は照れたように頭を軽く掻いた。

「いや〜何て言うか俺、お前に告白しようと思ってよ」
「……?告白?」
「ああ、成歩堂、将来俺とケッコンしてくれ!」
「け、結婚?!」

あまりの要求に、成歩堂は思わずぽかんとしてしまった。
いくら親友の頼みでも、これはおいそれと首を縦に振る訳にはいかない。
成歩堂が黙り込んでいると、矢張は更に続けた。

「俺、お前のこと助けてやったんだからさ、当たり前だよな、成歩堂」
「矢張……」

彼の言ってることは、すぐに解かった。
数日前にクラスの中で起きた、事件。
矢張と、もう一人の彼がいなかったら、きっと自分は……。
でも。それとこれとは、別な気がする。
勢いで頷きそうになって、成歩堂はぶんぶんと首を横に振った。

「て言うかさ、矢張……。お前、確か昨日、クラスで一番可愛いアユミちゃんにラブレター渡す、とか言ってなかったか?」

言い終えると、矢張は急に両の拳を握り締めて喚いた。

「何だよ!成歩堂!人の傷を抉るようなこと言うなよな!」
「え……」
「何て言うか、あれだろ、傷口にサトウを塗りこむ」
「……塩、だよ、矢張。で、アユミちゃんのことはもういいのか?」

さりげなく突っ込む成歩堂にお構いなく、矢張は目にうるうると涙を溜め始めた。

「仕方ないだろ!あの子……わたしはレイジくんが好きなの、ごめんね、マサシくん……何て言いやがって!」

(ふられた、ってことか……)

成歩堂は、色恋とかそう言ったことには、まだ縁がない。
他人事のように思い巡らしていると、もう涙の収まったらしい矢張が、再び肩に腕を回して来た。

「ってことで、お互い仲良くしようぜ!ふられたもの同士」
「どこが!だいたいぼくは告白なんかしてないって」
「まぁ、いいから。じゃあお前、好きな子とかいるのかよ」
「うーん……?今のところは……」
「だろ!だったらいいじゃないか」

何が、だったら、なのか解からないが……。
それ以上に、もっと大きな問題があるだろう。

「て言うかさ、男同士で出来る訳ないだろ」
「……!」

成歩堂が言うと、矢張は初めてその事実に気付いたように、大きく息を飲んだ。
そして、少しだけ難しい顔になって、腕組みをしてうーんと唸った。

「そうだなぁ……。あ、御剣に聞いてみるか」

彼だったら、きっと何でも知ってるはず。
御剣の口から言って貰えば、矢張もこの変な要求を撤回せざるを得ないだろう。
成歩堂も同意して、二人は協力して御剣の姿を探した。



幸い、彼はまだ教室にいた。
成歩堂が事情を話すと、彼は思い切り嘲笑うように鼻で笑った。

「ふっ、何を聞いてくるのかと思えば、このシロートども」
「だよね、御剣!やっぱり結婚は男同士じゃ……」

その答えに、成歩堂は少しホッとして、笑顔を浮かべたのだけど。
次の瞬間、再び呆気に取られることになった。

「矢張と、きみが?笑わせるな。きみはこのぼくとするのだよ、成歩堂!」
「……え?」

それって、どう言う……。
成歩堂が御剣の言葉を理解する前に、横から猛烈な矢張の抗議が入った。

「ちょっと待て!俺が先に言ったんだぞ!早いもの勝ちだろ!」
「それを言うなら…そもそも成歩堂に始めに助けを出したのは、こちらだ」
「お、俺の一言があったから皆黙ったんだろうが!」

成歩堂が唖然としている間にも、二人のやり取りは続く。
御剣はおおよそ子供っぽくない、自信満々な笑みを浮かべて、ハッと矢張の台詞を笑い飛ばした。

「やれやれ。そこまで言うなら聞くが…。矢張、お前は成歩堂を幸せにするだけのケイザイリョクの当てが、あるとでも言うのか」
「け、けいざいりょく…」
「そうだ、将来においての明確な生活設計、及びに早い時期での社会的地位の確立……」
「そ、そんなこと、どうでもいいだろ!!決めるのは成歩堂だ!」
「え……?」

急に矛先を向けられて、成歩堂は思わず後ずさりしてしまった。
こちらに向き直った二人が、ずい、とその距離を詰めるように足を進める。
そして、二人揃ってがしっと成歩堂の肩を掴んだ。

「それもそうだ、成歩堂。このぼくと、この果てしなくいい加減で頼りにならない男と、どっちを取るのだ」
「な、何だよ!その言い方!俺だってやるときはやるんだ!十円までなら賭けてもいいぜ」
「ふっ、お前に相応しい、安い賭けだな」

御剣は再び鼻で笑い飛ばし、それから成歩堂の肩を掴む手にぎゅっと力を込めた。

「さぁ、成歩堂!」
「どうなんだよ!成歩堂!」
「ううう……」

理不尽な理由で二人に詰め寄られ、成歩堂は萎縮したように俯いた。
でも、ここは答えないと、いつまでも解放してくれそうもない。
だからと言って、迂闊に答えると、それこそどうなるか。
成歩堂が黙り込んでいると、二人はまた何だかんだと争いを始めた。

「矢張、その手を離せ」
「何だよ!お前こそ!」

ぎゃあぎゃあ喚いているうちに興奮しだしたのか、矢張が成歩堂の腕を引っ張り出した。
当然、御剣も反対側から引っ張る。

「ちょっ、ちょっと、止めろよ、二人とも!」
「何だよ!離せ御剣!」
「何を言うか!そっちこそ、さっさと離せ!」
「い、痛いって、止めろよ!」

成歩堂の声など聞いちゃいない二人は、お互いに牽制しつつ睨み合って、腕はぐいぐい引っ張られて。
ついに、成歩堂の頭の中で何かがぶちっと切れた。

「いい加減にしろよ、二人とも!もう止めないと、嫌いになるからな!」

大声で言い放った、途端。
二人は驚いたように肩を揺らして、ぴたりと動きを止めた。

「……?」

まさかこんなに効果があると思っていなかったので、言った本人の成歩堂が一番驚いてしまったのだが。
矢張と御剣はすぐに成歩堂の服から手を離し、叱られた子供のように俯いた。

「ごめん、成歩堂!何て言うか、もうしないぜ!多分…」
「成歩堂……。こうして矢張も謝っているので、許してやって欲しい」
「何言ってんだよ、お前も謝れよな!御剣!」
「ム……すまない、成歩堂」

今度は揃って頭を下げられ、成歩堂は何だか可笑しくなって来た。

「もういいよ、別に」

言うと、二人はホッとしたようにパッと顔を上げた。



結局、その日は訳も解からないこの問題に、決着も何もつかなかったのだが……。

「だいたい、どっちなんて、選べないよ。ぼくは二人共好きだからね」
「そ、そうか!」
「ム、それはそれで……」

成歩堂のその言葉で、二人は何だか満足したようにうんうん頷いていたので、今はそれで良いらしかった。
この小さな争いに決着が着くのは、きっとまだまだ、先の話。