やきもち




「牙琉、検事…」
「何だい、おデコくん?」
「あの人は、何かフェロモンでも振り撒いているんでしょうか」
「さぁね…」

ぎゅっと拳を握り締めて、王泥喜は隣に立つ響也へと呟きを漏らした。視線の先には、あの人こと、成歩堂龍一の姿がある。ただし、彼の周りはいつの間に出来たのか解からない人だかりで覆われていて、よく見えない。
成歩堂と二人で裁判所に来ていて、忘れ物をしたので先に出ていてくれと言ったのは、数分前のことだ。途中で歩いていた響也と合流して、外へ出て来たらこのありさまだった。しかも、周りを取り囲んでいるのは何だか知らないけど男ばっかり。

「弁護士の中には、まだあの男に憧れている連中もいるんだね」
「…………」

周りにいるのが普通の女の子たちだったら、取り囲まれているのは牙琉検事の方なのだろうけど。
ともかく、目前の光景を見詰めて、王泥喜は眉を寄せた。

「成歩堂さんですよね、昔、ファンでした」何て言う人もいれば。
「良かったらこれから食事でも」などと積極的なことを言う人もいる。
暫くの間わななきながら様子を伺っていた王泥喜だけど。

(あ……!)

やがて、その内の一人の腕が馴れ馴れしく彼の手を取り、ついにプチっと切れた。その怒りの矛先は、何故か成歩堂龍一本人へ。

「な…何なんですか、あの人は!あんなにへらへらして!」

弁護士だった成歩堂が凄いのは、憧れていた自分が一番良く知っているけれど、今の彼はもう、しがないピアノの弾けないピアニストなのに!
ぶるぶると拳を握り締めながら低い声で言うと、落ち着いた様子の響也の返事が聞こえた。

「そうかい、へらへらなんてしてるようには…」
「してますよ!どう見ても!」
「そ、そうかな…」
「お、おまけに、鼻の下まで伸ばしちゃって!!」
「そう言う感じには見えないけど…」
「あなたは黙っていて下さい!」
「わ、悪かったよ、おデコくん」

触らぬ神に祟りなし。ただならぬ王泥喜の様子に、響也は口を噤んで、にこっと引き攣った笑みを浮かべた。
それはそうと、もう我慢ならない。 こう言うときは、毅然とした対応をするべきだ。
王泥喜は未だ引き攣った笑顔を浮かべている響也を無視して、ズカズカと輪の中心にいる成歩堂へと足を進めた。

「成歩堂さん!」
「……!」

持ち前の大声で呼び掛けると、ようやくこちらに気付いた成歩堂は何だか嬉しそうな顔をした。

「やあ、遅かったね、オドロキくん」

野良猫が懐いたみたいな表情が自分だけに向けられるのに、少し怒りが収まったけれど。もう勢いは止まらない。
そのまま、王泥喜は続けざまに口を開いた。

「早く帰りますよ!みぬきちゃんだって待ってるんですから!」
「あ、ああ…うん…」

凄い剣幕の王泥喜に驚いたらしい成歩堂がこちらに足を進めようとしたところで。
ガシッ!

「……?!」

王泥喜は性急に腕を伸ばして、成歩堂の襟首をフードごと後ろから引っ掴むと、そのまま凄い速さで歩き出した。

「オ…ドロキ、くん…、ぐっ…っ?!」

当然、息の詰まった成歩堂がもごもごと呻いたけど、気にする素振りもなく、ずんずん歩く。

「ちょっと待った、オドロキくん…少し、苦しいんだけど…」
「もう少しですから!黙っていて下さい!」
「……」

遠慮がちに上げた抗議の言葉は凄い大音量で一喝されてしまい…。周りが呆気に取られて見守る中、まるで借りて来た猫のように無抵抗なまま…成歩堂は引き摺られるようにして行ってしまった。



数分後。

「オドロキくん?」
「……」
「きみ、何か怒ってるのかい」
「別に!怒ってなんかいませんよ!」
「……じゃあ、この格好は勘弁してくれないかな」
「駄目です!我慢して下さい!!」
「……」

そんなやり取りの後。
結局怒りの収まらなかった王泥喜に、成歩堂は事務所に着くまでそのままの格好で連れ回さる羽目になった。