雪ウサギ




「見て下さい!なるほどくん、雪ですよ!」

少し弾んだような春美の声が聞こえて、デスクに頬杖を突いていた成歩堂は、慌てて窓の方を見た。
外は物凄く寒いけれど、部屋の中はガンガンに暖房しているので暖かい。
何だか気持ちよくなってしまって、うっかり転寝をしていたところだった。

「うわ、本当だ」

窓の外を見ると、確かに春美の言う通り、雪が降っている。

「朝寒かったからなぁ」

立ち上がって窓に顔を寄せると、吐き出した吐息で白く曇った。
もうかなり前から降っていたのか、辺りは真っ白だ。

「寒そうだなぁ、外」

道行く人が肩を竦めて歩いているのに、自然とそんな感想が漏れる。
でも、高みの見物をしている暇はなかった。

「では、行きましょうか、なるほどくん」

突然、そんな言葉が掛かって振り向くと、いつの間に着込んだのか、防寒具でがっちり武装した春美が拳を握り締めて立っていた。
何と言うか、思い切り臨戦態勢だ。
物凄く嫌な予感が成歩堂の胸を掠める。

「え、ええと…一応聞くけど、どこに?」
「勿論、お外で雪かきですよ!わたくし、頑張ります!」

(や、やっぱり…)

嫌な予感は、不幸にも的中してしまったようだ。
どうしてこう、小さい子と言うのは雪が好きなんだろう。
もう、そんなに珍しいものでもないだろうに。

「ぼくはちょっと嫌だなぁ、寒いから」

無駄とは思いつつ、小さな抵抗を試みてみると、途端、頬にパァンと鋭い痛みが走った。

「いけません、そのようなことでは!殿方は、こう言うとき率先して動かなければ!」
「は、春美ちゃん、あのね…」

何とか上手いこと言って誤魔化そうとしたけれど、ぎろ、と睨まれてしまって、咄嗟に首を縦に振る。

「な、何でもない…。解かったよ」

このままこの子にぶたれ続けるのも、外で凍えそうになるのも、どっちもどっちだ。
成歩堂は仕方なく覚悟を決めて、コートを羽織った。



「わぁ、凄いです!」
「さ、寒い!!」

外に出た途端、春美は目を輝かせて、成歩堂は悲鳴を上げた。
本当に、物凄く寒い。
冷たい風が容赦なく吹いていて、急激に体温が奪われてしまう。
成歩堂は、すぐに帰りたい気持ちでいっぱいになってしまった。
でも、春美の方はと言えば、寒さなど全然感じていないのか、元気良くあちこちを歩き回ってはしゃいでいる。

「なるほどくん、足跡がつきます!」
「う、うん、そうだね」

相槌を打ちながらも、意識がうっかり遠退いてしまう。
これは、温かくなる為にも動くしかないかも知れない。
と言っても、流石にそんなに積もっている訳ではないし、第一肉体労働は苦手だ。
適当にやっていると、すぐに春美に怒られてしまった。

「いけません、なるほどくん!そんなへっぴり腰では、真宵さまに愛想をつかされてしまいますよ!」
「は、はい…」
「何と言ってもなるほどくんは、真宵さまのためでしたら、いつも火の中、水の中ですから」
「それなら、雪の中は勘弁して欲しいなぁ…」
「では、今度から雪の中も付け足しますね」
「う、うん…」

そんな会話を交わしながら、暫くは頑張って作業をしていた成歩堂だけど、数十分経つと流石に辛くなって来た。
手が冷たくて感覚がないし、体も一向に温まらなくて、さっきから歯の根が合わない。

(げ、限界だ!)

きっと、このままでは命に関わる。
何とか、春美の気持ちを逸す方法は…。
上手く回らない頭を必死で巡らせてみると、一つだけ案が浮かんだ。
すぐさま、春美に気付かれないようにそっと屈んで、両手で白い雪を掬い取る。
と言っても、こんなもので上手く行くとは思えない。
でも、今は藁にも縋る思いだ。
手の平に乗せた雪を、両手で握り締めて丸める。
暫くそうしていると、ようやく思う通りの形になって来た。

「ねぇ、春美ちゃん」

早速、まだ雪に夢中になっている春美に呼び掛ける。

「何でしょうか、なるほどくん」
「はい、これ」
「え……っ」

振り向いた彼女の目の前に、手の中のものをそっと差し出すと、春美は不思議そうな顔でそれを受け取った。

「あの、なるほどくん。これは一体…」
「ええと、一応うさぎのつもりなんだけど…見えないかな?」

そう言うと、春美はパッと目を輝かせた後、みるみるうっとりするような表情になった。

「いいえ…。解かりますとも!!とても素敵です。なるほどくんは、本当に何でもお出来になるのですね」
「いや、それほどでも…結構簡単だからね」
「わたくし、惚れ惚れしてしまいます」
「あ、ありがと…。でもそれ、雪だから放っておくと溶けちゃうよ」
「ま、まぁ…どうしたら良いのですか?」
「そうだね、事務所の冷凍庫にでも入れておけば大丈夫かな」
「そ、そうなのですか!では早速入れましょう!」

春美の言葉にホッと胸を撫で下ろす。
どうやら、上手くいったらしい…。

「じゃあ、雪かきはもう終わりで良いよね?」
「は、はい。もう十分です、なるほどくん」
「じゃあ、中に入ろうか」
「はい!」

何となく、誤魔化してしまったようで後ろめたい気がする…。
でも、まぁ、こんなに喜んでくれるなら、そんな気持ちも吹き飛んでしまうような…。
そうして、全開の笑顔を浮かべた春美と手を繋いで、成歩堂はようやく暖かい事務所の中へと戻ることが出来た。



END