デイドリーム3
それからまた、幾つか軽いアトラクションに乗ったりしていると、いつの間にか夕方近くになっていた。
入園した時よりもどんどん人が増えて来て、何だか身動きし辛い。
「随分人増えたね」
「ええ、そうね…」
歩いているだけで行き違う人にぶつかってしまうし、間に他の人が入ってしまって一緒に歩くのも難しい。
段々と激しく人ごみに揉まれて、はぐれてしまいそうになって、成歩堂と狩魔冥はどちらからともなく手を繋いだ。
正確に言えば、繋いだと言うよりも、ただ握っただけみたいな…。
色気とか甘酸っぱい感情なんかなかったのだけど、少しだけ、照れ臭いような気持ちに襲われてしまって。
成歩堂はそれ以上、隣に立つ少女を見ることが出来なかった。
彼女もそれは一緒だったのか。
手を繋いでからこっち、狩魔冥は何も言わなくなって、二人の間には沈黙が広がった。
―ないのよ、そう言うこと、したことが。
出掛ける前に言っていた台詞が頭を過ぎる。
きっと…想像でしかないけれど、手を繋いだりしたのも初めてなのかも知れない。
裁判ではあんなに百戦錬磨で堂々としていて、毅然とした態度を崩さないのに。
何だか、意外な一面を見てしまったような気がする…。
本当は、普通の女の子とそんなに変わりないのかも知れない。
いや、普通よりももっと恋愛の苦手な、そんな女の子。
なのに、お見合いなんて、大丈夫なんだろうか。
あんなに青い顔をして震えていたのに。
そんなことを考えている間に、ずっと握り締めていた手が、汗ばんで少し滑る。
それでも、何故か二人とも手を離そうとは思わなかった。
そのまま更に時間が過ぎて、遊園地には閉園を知らせる音楽が鳴り始めていた。
辺りはもう大分日が傾いている。
相変わらず、会話はないまま。
でも、このままここでこうしている訳にもいかない。
「狩魔冥」
長い沈黙を破って、ようやく成歩堂は彼女の名前を呼んだ。
「…何かしら」
やっぱりお互いに目を合わせることなく、彼女が返事をする。
これから言おうとしている言葉は、実は物凄く言い辛い。
でも、言わずにはいられないと言うか…。
「あのさ…」
そこで一旦間を置いて、成歩堂は無意識のうちに握ったままの手にきゅっと力を込めた。
「断りなよ、見合いなんて」
「……え?」
意外そうな狩魔冥の声。それもそうだろう。
始めは、こんなこと言うつもりなんか全くなかったのだから。
でも、予行練習をこの自分に頼んでまで、慣れていないデートやら見合いやらをする必要なんか、ないんじゃないか。
何となく、そう思ったから。
「いや、その…嫌なら、無理にすることなんか、ないんじゃないかと思って…」
誤魔化すように語尾を濁すと、狩魔冥が短く息を飲んだのが気配で解かった。
さっきよりもずっと居心地の悪い空気が広がる。
(や、やっぱり、言うんじゃなかったかな…)
早くも後悔し始めたその時、ひゅんと鞭が空を切る音が聞こえて、肩の辺りに痛みが走った。
「うわっ!痛っ…!な、何だよ!」
痛みを堪えながら弾みで顔を上げると、隣にいたと言うのに、久し振りに見る狩魔冥の顔があった。
きつい視線が成歩堂を捕える。
でも、彼女の顔は少しだけ笑っているように見えた。
「それこそ、余計なお世話ね。あなたには、関係ないわ」
「…はは、そうだね」
彼女らしい返答に、成歩堂の顔も綻ぶ。
自分であんなことを言っておいて、何だか、妙にホッとしてしまった。
それから又少しの間無言になって、二人は顔を見合わせた。
「じゃあ…帰ろうか」
「ええ、そうね」
頷き合って、遊園地の出口に向かって歩き出す。
「今日は、ありがとう。少しだけど、楽しかった」
「うん」
そう言って別れるまで手を繋いだままだったので、離れた後は何だか妙に頼りないような、寂しいような気持ちになった。
その後、彼女は無事アメリカに帰って行った。
でも。
それからいつまで経っても、彼女が結婚したとか、婚約したとか言う話は聞かなかったから。
きっと、見合いは断ったんだろう。
そう思うと、何故かとてもホッとしたのだけど。
成歩堂は何だか妙にすっきりしない気持ちだった。
胸の中がもやもやする。
何だか、狩魔冥と過ごした一日が夢みたいで、白昼夢でもみていたような。
あのきつい感じの美少女と、のんびりと遊園地に行ったり、あろうことか手を繋いだり。
凡そ現実からかけ離れているようで、何だかしっくり来ない。
デスクに向かっていても集中できずに、気が抜けたようにぼんやりとしていた。
そんな思いを抱えたまま、数ヶ月過ごして。
ある日、事務所のチャイムがなって、成歩堂はゆっくりと客を出迎えに立ち上がった。
扉を開けると、見覚えのある少女がいかにも堂々とした様子で立っていた。
「……!」
息を飲む成歩堂を前に、彼女は手にした鞭を大きく振り上げると、声を張り上げた。
「あなたに話があるの。ちょっと付き合って貰うわよ、成歩堂龍一!!」
その声に、自然と顔が綻ぶような気がしながら。
成歩堂は彼女の側へと足を進めながら、ゆっくりと口を開いた。
「今度は何だい?狩魔冥」
END