inartistic




「成歩堂!絵のモデルになってくれよ」

休日。
突然家に押しかけるなりそんなことを言い出した矢張に、成歩堂は思い切り眉を顰めた。

「ええー?何でぼくがそんなこと…」
「何でって、薄情なヤツだなぁ。この前の事件でお前が橋を踏み壊したとき、俺の対応が早かったから助かったんだぞ!御剣に連絡したのも俺なんだぞ!」
「う、うん」

(まぁ、それはそうだけど…)

「で?モデルって言っても、どうすればいいんだよ」

矢張の言う事も尤もだったので、まずは内容だけでも聞いてみよう。
そう思って、成歩堂は渋々口を開いた。

「そうなぁ…。ま、ちょっと、服脱いでくれよ。二、三枚」
「……は?」

服を二、三枚も脱いだら裸同然になってしまうではないか。
成歩堂が呆れたように目を見開いていると、彼は立てた親指をぐい、とこちらに突きつけて来た。

「頼むぜ、成歩堂!」
「い、いやいや、何で脱がなくちゃいけないんだよ」
「お前、何言ってるんだよ、ゲージュツだぞ。ビジュツだぞ!アートなんだよ!」
「アートはいいけど、そう言うのは女の人がモデルだろ。お前だってそっちの方が楽しそうじゃないか」
「いいから、黙って脱げよ!成歩堂!」
「ううう…」

いきなりの理不尽な要求に、成歩堂は困り果てたように溜息を吐いた。
ここで折れたら後でどうなるか解からない。
取り敢えず説得を試みることにした。

「矢張」
「俺は矢張じゃねぇ!マシスだ!」
「…解かったよ、矢張」
「解かってないだろ!お前!」
「ま、まぁいいから。とにかく聞けよ。お前さ…エリス先生の弟子だろ?エリス先生と言えば、子供向けの本を描いてたんじゃなかったっけ」
「え、ああ…そうだけど」
「ヌードと言えど、お前のことだから下心満載なんだろ。そんなことでエリス先生に恥ずかしいと思わないのか」
「う……っ」

痛いところを突かれたのか、矢張はガン!とショックを受け、それから腕組みをして何事か考えだした。

「しゃあねぇなぁ、じゃあヌードは止めだ!テーマは愛で行くぜ、成歩堂!」
「愛ね…。で?ぼくは何をすれば良い訳?」

もう、殆ど投げ遣りだ。
どうせ又、とんでもないことを言うに決まっている。
案の定、彼はまだ無理な難題を突き付けて来た。

「決まってるだろ!この俺様に、愛の籠もった熱い眼差しを向けてくれよ」
「いや、ごめん。無理だよ」
「お前、薄情なヤツだなぁ」
「お前に言われたくないよ!」
「子供の頃、御剣が転校して落ち込んでいたお前のこと、よく慰めてやったのによ」
「あ、ああ、そうだっけな」

泣き落としのような矢張の言葉に、成歩堂の脳裏には遠い昔の光景が浮かび上がって来た。

『いつまで落ち込んでんだよ、成歩堂!しょうがないだろ、行っちゃったもんは』
『でも、ぼくたちに一言も言わずに…どうして』
『しょうがねぇな、俺が毎日送り迎えしてやるから!元気出せよ!』
『矢張…』

「ああ、あれか」
「お、思い出したみたいだな?」
「でもお前…寝坊して結局一度も迎えに何か来なくて、ぼくが毎日迎えに行ったんじゃないか」
「え……」
「それに、たまに早起きすると女の子と一緒に行っちゃうし」
「…え、そ、そうだったっけ」
「そうだよ」
「ま…そう言うこともあるわな」
「……」

成歩堂が物凄く訝しげな顔をすると、流石に焦ったのか、矢張はムキになって反論して来た。

「けど!お前だって遅刻しそうになった俺を置いて先に行ったりしただろ!他にも、テストで俺だけ0点だったり!」
「お前がテストで0点なのはお前が悪いよ」
「まぁ、つまり、お互い様ってことで」
「どこが!」
「と、言う訳で、やっぱり脱いでくれよ!成歩堂!」
「嫌だよ!」



END