invade
静かな筈の午後のひと時。突然、家の扉を激しく叩く音がして、成歩堂は眉を顰めた。
一体誰だろう、こんな剣幕で。今は家に自分しかいない。セールスか何かだったら面倒だ。
そう思いながらも扉を開けると、目の前には見慣れた人物が立っていた。
「や、矢張?」
「悪い、成歩堂!!」
こちらの顔を見るなりそう言って、矢張政志はバッと両手を目の前で合わせた。
何だか、凄く嫌な予感がする。あまり係わりたくない。
「な、何だよ、何か用?」
でも、やたらと焦った彼の様子にそのまま叩き出すのも忍びなくて、一応用件を聞いてみると、彼はホッとしたような顔になった。
「ちょっと、匿ってくれ」
「……?何で?」
「いいから、頼むって!マキコのビンタをこれ以上食らいたくないんだよな、俺」
「ええっ?」
その女の子の名前は聞いたことがない。聞いたことないけれど、きっと矢張の彼女なんだろう。そして、大方、また喧嘩でもしたと言うところか。
でも、だからって、何で。
「逃げてても仕方ないだろ。怒らせたなら、ちゃんと謝ればいいじゃないか」
「いいから!入れろって、成歩堂!」
「あ、ちょっと、矢張!!」
遂には怒ったような口調で言って、入り口を遮る成歩堂を無理矢理押し退け、矢張は強引に室内に入って来た。
成歩堂にしてみれば、いい迷惑だ。のどかな休日。久し振りにゆっくり出来ると思っていたのに。どうして女の子のことで揉めている矢張を助けてあげないといけないのか。
女の子のことでって言うのが、羨ましい、なんて訳ではない。断じて。
「全く……、どうしてぼくがお前を匿ってあげなきゃいけないんだよ」
そうは思っても、不満は勝手に口を突いて出てしまい、成歩堂は溜息を吐いたけれど、矢張はさして堪えた様子もない。それどころか、逆に、静かにしろと怒られてしまった。
「それにしても、日曜の昼間に何の予定もないのか、寂しいよなぁ」
その上、そんなことまで言われて、流石にかちんと来る。
「ぼくはお前と違って、女の子と遊んでいる暇なんてないからね」
「ま、もてる男ってのは辛いよなぁ」
「……」
どうして、こんな会話をしていなくてはいけないのか。
もういい、彼がいくらビンタで顔を腫らそうが、知ったことじゃない。
改めて追い出してやろうと、成歩堂が決心を固めた、その時。
「マサシ!いるんでしょ!出て来なさい!!」
「……!」
扉の向こうから、聞き慣れない女の子の声が聞こえた。
どうしてここが解かったのだろう。
「お前、まさか後つけられたんじゃないのか?!」
「あーそうかもなぁ……愛の力ってヤツよなぁ」
「そんなこと言ってる場合かよ!」
このままでは、確実に修羅場突入だ。そんなものに巻き込まれるのはご免だ。と言うか、怖いし。
それに……。こんなところにまで乗り込んで来るなんて、女の子も必死なんだろう。
「声出すなよ、成歩堂」
「お前、まずいって、この状況」
「いいから!少しだけちょっと我慢しろって!」
「何でぼくが……むぐっ!」
文句を言おうとしたところで、突然こちらに向けて伸びて来た矢張の手に、がばりと口を塞がれてしまった。
「静かにしろって、成歩堂!」
「んんっ!?」
凄い力でそうされて、成歩堂は眉間に皺を刻んだ。
何だってこんなことに。本当に、いい迷惑だ。
「もう、知らないから」
そこで、呆れたような女の子の声が聞こえて、足音が遠ざかっていくのが解かった。
その音に安心したのか、成歩堂の口元を覆う矢張の手から力が抜けた。それを見計らったように、成歩堂は思い切り顔を逸らし、ここぞとばかりに声を上げた。
「あの!矢張なら、ここにいます!」
「……?!お、おい?!成歩堂?!」
「離せよ、矢張!こう言うことは、ちゃんとした方がいいって」
「お、俺を殺す気か、お前!」
「やっぱりいるの?マサシ!!」
「はいっ!今鍵を開けますから」
「……っ!成歩堂!!」
そこで、苛立たしげな呼び声と共に、ぐい、と顔を引っ張られた。
ドン、と言う音と共に壁に押し付けられ、衝撃に息を飲む。
同時に、唇に触れる生温かい感触に、成歩堂は目の前が真っ白になった。
「ん……っ?」
何を、と言おうとした唇からは、間抜けな声しか出ない。
何だ、これは、何が起こっているんだ。
必死に気を落ち着けようとしても、パニックになるばかりだ。
それに、いつの間にか背中に矢張の腕が回って、ぎゅっと力を込められている。
これって、所謂、抱き締められている、と言うものではないか。
矢張が、なんで?どうして、こんな?
そんなことを思い巡らしている間にも、キスはますます深くなる。
放心したままの成歩堂の唇を割って、ぬるりと濡れたものが侵入して来ても、拒む気力すらない。
その内、扉の向こうの気配はすっかりなくなっていた。
「ふぅー、やっと行ったか」
「………」
「悪いなぁ、成歩堂。助かったぜ!」
数十秒後。
暢気にしまりのない笑顔を浮かべ、びしっと親指を立ててみせる矢張に、成歩堂はようやく我に返ってぶるぶると震えた。
「お前……、よくも……」
「え、あ……?」
「は、初めて、だったのに」
「そうよなぁ、初めてよなぁ、……って、え……?本当かよ、成歩堂!」
素っ頓狂な声を上げる矢張に、成歩堂はついにぷちっと切れた。
「もういい!!出て行けよ、お前なんか!!」
「うわっ、ま、待てって!話せば解かるから!」
「解かる訳ないだろ!!」
「うわっ!!」
喚く矢張の襟首を引っ掴んで部屋からつまみ出すと、成歩堂は思い切り扉を閉めてがっちりと鍵を掛けた。
終